第6話【論理の毒と、リオの最適解】
リオからの通知を見た瞬間、AIRAが計測した俺の指先の微かな震え(情動ノイズ:レベル 5.0)が、ディスプレイに表示された。
この感情の動揺(レベル 5.0)は、俺の人生で最も非効率なバグだ。だが、この感情こそが、藤咲ユイから得た「論理の外側の共犯者」としての最大の副作用だった。
「チッ……」
俺は舌打ち一つで、《Connect+》のアドレス網からリオをタップした。
すぐにリオの顔がディスプレイいっぱいに映る。いつもの完璧な美貌。しかし、その瞳の奥には、俺の論理の欠陥を暴いたことへの、冷ややかな優越感が宿っている。
リオ:「こんばんは、早川ハルキ。こんな時間に電話してごめんなさいね。でも、あなたの『論理的欠陥データ解析完了報告』は、緊急を要するものだから。」
「用件は何だ。お前のくだらない挑発に付き合っている暇はない。」
俺は精一杯の冷静を装ったが、言葉の節々が固くなる。ユイの「温かい記憶」と、リオの「冷たい論理」が、俺の頭の中で激しく衝突していた。
リオ:「くだらない?ううん。これはあなたの『命』に関わる論理よ。」
リオはタブレットを操作し、俺の『絶対不味覚域』ノートの解析結果の画面を提示した。複雑なグラフと、おぞましい化学式の羅列。その中心には、鮮烈な赤字で『論理の過剰摂取による生体防御反応』と記されていた。
リオ:「あなたの究道論の失敗は、単なる『味覚生成の失敗』じゃない。『生命の論理』に逆らった『毒』を定義した結果なのよ。」
俺:「黙れ!何メタファー言って調子乗ってんだ。ただのラーメンの試作失敗を大袈裟な」
リオ:「いいえ、メタファーなんかじゃない。本当に論理の過剰摂取としか言いようがないのよ。そして、その失敗の代償は、あなたが思っているよりずっと重いわ。」
リオの瞳が、画面のネズミの実験グラフを指し示す。
リオ:「あなたは超濃縮分子論理に基づいた実験で、豚骨の旨味(グルタミン酸など)を最大限に抽出することに成功した。だが、その濃縮された過剰グルタミン酸は、普通のグルタミン酸と違って、普通の人間が持ち合わせる消化酵素でどうにかできるものではない、ほぼ毒物よ。」
「……なんだと?」
リオ:「医学者専門のサイトに残された論文が示していたのは、あなたが作った濃度のわずか10分の1程度の濃度の過剰グルタミン酸を1グラム投与されたネズミは、神経細胞に過剰な興奮毒性を引き起こし、脳の機能障害を招くというアメリカ健康味覚開発研究所の研究結果よ。」
俺は息を呑んだ。(あの吐き気は、論理の失敗ではなく、生命の防御信号だった……?)
リオ:「つまり、あなたがAIに訴えていた吐き気は、単なる味覚倦厭反応ではなく、脳内の自己防衛本能が生命維持のために発動した『摂取禁止(アクセス拒否)』の警告信号だったの。」
俺の論理の砦が、完全に崩壊した音がした。俺の狂気的な情熱は、命を脅かす愚行だったと、最も信頼する「論理」によって証明されていたのだ。
リオ:「ハルキ。あれは『不味い』んじゃないの。あなたの脳が『死ぬぞ』って言ってたのよ」
(クソッ……実物を試食した俺には分かる。悔しいが、彼女の見立ては、1つのデータに基づいただけの、ただの論理の飛躍とは言いづらい説得力を持っている……)
リオ:「あなたが作ったのは“究極の旨さ”じゃない。論理のオーバーフロー。飽和を超えた結果の“逆転点”。」
(……その見立ても、今の状況に確実に沿ったものだ……)
リオ:「そしてそれは、ラーメンだけじゃなくて、友情も、愛も、同じ。
理屈で締めつければ、全部、拒絶される。
あなたは“ちょうどよさ”っていう、生きる上で一番大事なレンジを見ていない。」
リオの言葉は、どこか医学でも科学でもなかった。理屈の外側にいる、たった一人の体温のある人間の声だった。画面上のリオがどうだと言う表情で俺をズバッと指差し、瞳を大きく見開いて口角を上げた。
リオ:「天才早川ハルキのこの大失態、どう世の中に広めようかしらね?……」
「くっ……!そんなことして何が楽しいんだ?成績で俺に勝てないからって俺の趣味でそこまでマウント取りたいのか?」
見苦しく負け惜しみを言う俺にリオはふっと笑い、少し視線を伏せた。
リオ:「……冗談よ。私は、あなたがいなくなったら困るの。だって、私の論理が通る相手なんて、世界に一人しかいないんだから。」
画面越しに、音もなく、息が止まる。彼女は何を言ってるんだ?
リオ:「あなたは、記憶に美化された味に論理で追いつくことにばかりこだわって、ほんの少し調べればわかる安全領域すら見落として毒を作り続けていた。
——私にも手伝わせなさい。」
「——えっ?」
思わず声が裏返った。
「……あなたの1番大事なもの、この「理論の天使」が一緒に探してあげるって言ってるのよ!それが今あなたが選ぶべき最適解じゃない?」
声の威勢は良かったが、画面に映るリオは少し頼りなく目が泳ぎ、頬が赤らんで見えた。
「……ありがとう」
俺は不覚にも礼を言うしかなかったのだった……。
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