第10話 また今度

「真希。風呂も入っていけよ」

「えっ? いいの?」

「いつもそうしてたじゃん」

「ありがとう。じゃあ急いでお風呂セット持って来る。高良やおばさん、待たせちゃうけどごめんね」

「謝らなくてもいいから」


 俺は本当なら真希が社交ダンスを始める前のルーティーンに戻りたい。けれども、深夜にまで及ぶ真希の練習時間を鑑みれば、ゴソゴソうちの風呂に入りに来るわけにはいかないとでも、思ってしまっているのだろう。離れの風呂を使うことが、真希の新しいルーティーンになっていた。

 シャンプーとリンスとボディシャンプー、洗顔料とタオルとバスタオルをセットにした鞄を持って真希が戻って来る。


「お風呂、お先にいただきます」

「はい、どうぞ。ゆっくり浸かって疲れを取れよ」


 俺は自分の食事に戻った。

 こんな日は今日だけだ。明日からはまた真希のいない味気ないうちになる。


 水色と白のストライプのワンピース、可愛かったな。清純派の真希にぴったりだった。真希のメイクも初めて見たぞ。全体にベージュトーンで陰影を作っただけの控え目メイクが真希本来の美貌を全面に出していた。真希はダンスをしているせいもあるのか、自分をどう演出したら見栄えがするのかがよくわかっている。


「お風呂ありがとう」


 風呂場から真希が出て来た。俺はまだ夕飯を食べ終わったところだったが、早風呂の真希は髪にタオルを巻きつけた濡れ髪だ。


「ちゃんと乾かさないと風邪ひくぞ。寝こんだりしたらそれこそ練習に差し障るだろ」

「いいの。おばさんの後片付けを手伝ってから乾かすから」


 そういえばダンスコンクールに出場することを決める前まではそうしていたっけ。

 俺はそんなことまで既に忘れかけていた。だけど真希はちゃんと覚えていた。

 

「じゃあね。今日は一日ありがとう。本当に楽しかったし嬉しかった。久しぶりにおばさんのご飯も食べれたし」


 食器の後片付けもし終えると、本当に幸せそうな笑顔になる。


「また誘ってくれる?」

「えっ? それは、まぁ……、その、真希さえ良かったらいつだって」


 唐突に問い分けられて喉が詰まったようになる。


「本当に?」

「もちろん」

「やったね。ありがとう、約束だよ?」

「うん」

「じゃあ、私、もう行くね。お休みなさい」

「あっ、ほら。デカいペンギンのぬいぐるみ」

 

 俺が手渡すと、真希ははにかむようにうつむいた。


「ありがとう。大事にする」

「今日はもう早めに布団に入って、ゆっくり休めよ」

「うん」


 真希はタオルを髪にまきつけたまま玄関から離れに向かった。

 玄関の戸がバタンと閉じられても、俺はすぐには動けなかった。

 楽しかったデートはお終い。

 だけど俺には次がある。



 


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