第12話 ご機嫌取り

「私、お先に失礼します」


 真希はすっと席を立つ。

 畳敷きの間から下りて上履きを履き、格子戸を開け、部室を出て行った。


「真希ちゃんに悪いことしたって、高良君からも謝っておいてくれる?」

「いいんですよ。挫折したのは事実なんだし。図星さされてヘソ曲げただけですよ」


 ただ、俺からしてもあんな言い方はないだろうと思う。

 挫折をいちばん気にしているのは本人なのになと、真希の方の肩を持つ。だけどそれは言わずに黙っていた。俺が真希をかばえば、冴子先輩を批判することになる。

 これ以上二人の関係がぎくしゃくしないようにするには、どっちの肩も持たない方が賢明だ。

 

 冴子先輩の後は一年生がトリオでキャンディーズの『年下の男の子』を披露した。

 俺は何事もなかったように手拍子で応える。

 そして、そろそろ昼休みも終了だ。舞台用に敷かれた緋毛氈ひもうせんを巻いて片付け、音響に使っていたスマホを持ち主に返す。


「昼休みに部室でこんなに騒いで大丈夫なんですか?」


 今更だが冴子先輩に訊ねると、休み時間なんだから自由にしたらいいと顧問から許可されていると言う。だから堂々としているのか。


「高良君はまた来てくれる?」

「そうですね」


 返答は曖昧にして誤魔化した。真希がもう来るなという可能性の方が高いからだ。


 放課後、柔道着から制服に着替えた俺は茶道部に真希を迎えに行く。

 部活には出てないのではないか、すねて先に帰ってしまっていないか心配したが、真希は俺を待っていた。


「お先に失礼致します」


 真希は冴子先輩に告げると、俺の肘を掴んで引く。一刻も早く早く部室を去りたいとでもいうように。


「冴子先輩、お先に失礼します」

「お疲れ様」


 俺に対しての冴子先輩はいたって平静だ。


「まだヘソ曲げてんのかよ」

「だって、あんな言い方しなくてもいいいじゃない」

「それはそうだけどさ」

「高良だってそう思うでしょう?」

「まあね」

「はっきりしないわね」

「怒るなよ。俺だって先輩のあれはちょっとって思ったよ」


 俺が肩を持つと真希の機嫌が一気に回復する。わかりやすい奴だ。まあ、そこが真希の良さでもあるのだが。


「自分だって股関節痛めるようなことして挫折してんじゃん」

「もう、そのぐらいにしておけよ」

「腹が立ってしょうがないの!」

「バレエも社交ダンスも過酷な競技なんだから、お互いそれぞれの理由で辞めざるを得なかったって思えばいいだろう?」

「そうよ、お互い様なのよ」

「そうそう」


 校門を出てバス停まで行く。部活を終えて帰宅する学生達が長い列を作っている。

 俺は真希の機嫌が収まったことで、ひと安心する。


 

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