第3話 元窓際族のおっさん、魔物相手に無双する
「……来るぞ」
「わかってる」
俺は足元の地鳴りに耳を澄ませながら隣に立つレイナに声をかけた。
風が湿り、森の匂いが色を変える。
やがて、草むらを掻き分けて姿を現したのは黒鉄の体毛を持つ巨大な獣だった。
――――ファングウルフ。
上級種に分類される魔獣で2本の前脚には鋭い鉤爪があり、全身を覆う硬質化した毛皮と真紅の瞳を持つ。
知能も高く、集団で狩りを行う習性があるかなり厄介な相手だ。
その1体が咆哮を上げた瞬間、周囲の木々の影から次々と仲間たちが姿を現す。
全部で、10体以上――――!
「ふふっ、いいじゃない。たくさんいるわね」
レイナが不敵に笑った。
紅いポニーテールが風に踊り、戦いの熱が彼女を中心に膨れ上がる。
「あたしが囮になるから背後に回って数を減らしてくれる?」
「いや、連携で行こう。こいつらは連携も知能も高い。単独行動は危険すぎる」
「……了解よ、フランツさん。じゃあ、あたしが斬るから焼け跡はあなたに任せるわ!」
次の瞬間、レイナが地を蹴った。
その跳躍は人間離れしており、宙に浮いた彼女の手から鮮烈な光が迸る。
「燃えなさい!」
火炎の槍が放たれ、先頭を走る魔物の胸元を貫いた。
爆発音とともに肉の焼ける匂いが広がる。
レイナは間髪入れずに地上へと降下し、そのまま抜いた剣で残った2体を斬り伏せた。
「……おおっ。成長したな」
思わず口にしてしまう。
「強くなったんだな……」
この歳になってこんなに華麗な動きを見たのは初めてかもしれない。
彼女の剣はただ力強いだけじゃない。
流れるような軌道でまるで舞っているようだった。
それでいて炎の魔術の扱いも一級品。
若干17歳とは思えない。
――――いや、17だからこその吸収力と集中力なのか。
その間にも彼女は火の魔法を幾重にも重ねていく。
「もっと燃えなさい!」
足元から燃え上がる火柱に包まれた魔物たちが断末魔の叫びをあげて崩れ落ちた。
「っはぁ……はぁ……!」
彼女は汗を光らせながら、鋭く息を吐く。
その姿はまるで戦場に舞い降りた女神のようだった。
……やはりただ者じゃないな。
俺は背後に回り込もうとしていた魔物を察知し、即座に対応に移る。
「厄介な相手だが慎重にやれば大したことはない」
「――――グッ、グウウウウ……」
足元の地面をせり上げて槍のように突き刺し、その上から巨岩を叩き落とす。
2体のファングウルフが一瞬にして沈黙した。
俺の土魔術は派手さに欠ける。だが、確実で静かだ。
誰かが目立つ戦いをしているなら、俺はその『影』になる。
かつて俺が戦闘から事務に回ったのは俺の力量が足りなかったからじゃない。
周囲の連中が突撃馬鹿ばかりで俺が前に出ると組織のバランスが崩れる――――それが前ギルドマスターの判断だった。
「だからって……なぜ俺が何年も窓際で書類整理しなきゃならなかったんだか。俺は前線の方が向いているのに……」
ボヤきながらも俺は魔物の動きを読み、進行方向を塞ぐように土壁を展開する。
「よっし。こいつで一網打尽だ」
崩れた土壁の影から群れの中央に潜んでいた1体が突進してきた。
速い。筋肉の付き方も普通じゃない。
おそらくこの群れの『リーダー格』だ。
――――いいだろう、相手になってやる。
俺は剣を構え、土の結界で周囲の空間を閉じる。
「来い!」
咆哮とともに跳びかかってくるリーダー狼。
その動きはさっきまでの下位個体とは比較にならないほど鋭い。
――――だが。
「まだまだ対処可能な範囲内だ」
剣を振り上げ、わずかな隙間を突いてあご下に切り上げを叩き込む。
硬い毛皮を断ち切るには急所を狙うしかない。
刃が骨に届いたのを確認し、そのまま跳ねるように横に抜ける。
背後に着地した俺の目の前でリーダー格が首をぐらりと傾け、倒れ込んだ。
「ふうっ……次から次へと大変だな」
息を吐く暇もない。
すぐに次の個体が襲い掛かってきた――――と思ったその瞬間、炎の渦がヤツを包んだ。
「任せなさい!」
レイナだ。
彼女は俺の横に並ぶとにやりと笑って言った。
「……すごいわ、フランツさん。やっぱり本当に強いわね」
「そうでもないよ」
「謙遜しないでよ――――その立ち回りは騎士団でも十分に通用する。なにかもが完璧すぎるわ!」
肩で息をしながら目を輝かせて俺を見てくるレイナ。
こんなふうに誰かに称賛されるのは何年ぶりだろうか。
「お前こそ……あんな戦い方ができるとはな。剣と魔術の両立なんて、並じゃないぞ」
「ふふっ、照れるじゃない。でも、あなたがいたからここまで安定して戦えたのよ」
「俺を持ちあげすぎだ――――」
そんなことを言い合っていたとき――――。
「――――くっ」
レイナが一瞬、足を止めた。
足場の悪い場所でバランスを崩したその瞬間、魔物の1体が死角から飛びかかってきた。
「危ない!」
俺はすかさず飛び出す。
咄嗟に土壁を展開し、岩の盾で魔物の爪を受け止めた。
その隙を逃さず、俺の剣が魔物の喉元を裂いた。
血飛沫が上がり、魔物は絶命する。
俺はレイナの前に立ち、盾のように広げた腕を下ろした。
「油断するなと昔教えただろ……無事か?」
「フランツ、さん……」
レイナは目を大きく開いて、俺を見上げていた。
その表情に恐怖と安堵、そして感情の揺れが滲んでいた。
「……あ、あたし。今……」
「死にかけてた。けど、お前は無事だ。俺がいる限り、死なせない」
「……っ!」
レイナの目に涙が浮かんだ。
そして、顔を真っ赤にしながら、小さく……でもはっきりと呟く。
「ありがとう……本当にありがとう。フランツさん……」
――――その姿は戦いの女神ではなくただの17歳の少女だった。
「惚れるなよ?」
「なっ……! そ、そんなこと言うなんてもうっ……!」
彼女は拳で俺の胸を軽く叩く。
それでもその仕草はどこか嬉しそうで頬は耳まで真っ赤だった。
「なによ……ほんと、かっこよすぎるんだから……!」
俺は苦笑しながら、剣を鞘に収める。
……こんな関係も悪くないのかもしれんな。
そんなことを思っていた。
そのときだった。
「遅れて申し訳ありません。レイナさま!」
森の奥から金属の音とともに馬蹄の音が響く。
騎士団の旗が見えた。援軍だ。
「遅いのよ。もう片付けてしまったわ。最近まるで戦闘していないからなまっているんじゃない?」
レイナが怒鳴ると部下たちは苦笑しながら馬を降りた。
「いやー、鍛錬を頑張ったのは騎士団に入るときだけだったっすからねー」
誰かがぽつりと呟いた。
「今の発言誰? 今すぐ首都10周の訓練メニューをプレゼントするから名乗り上げなさい」
「そんなー、レイナさま厳しいですよー」
俺は空を見上げた。
葉の隙間から陽が差し込む。
「フランツさん。この国の中心都市に行くわよ!」
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