窓際族のおっさんが実は世界最強 ~追放したのはお前なんだから今さら戻ってこいと言われてももう遅い~

芽春誌乃

第1話 ギルドを裏から支えていた窓際族のおっさん、追放される

「お前をギルドから追放する! 2度とこの街に顔を出すなクソが!」


 そう怒鳴りつけてきたのは俺の同期にして現ギルドマスターであるライネル・ドラグナーだ。


 ヤツは能力は微妙だが口先だけは達者で上司からよく気に入られていた。



 だから出世は相当早く、この国第2の都市であるアグナムのギルドマスターに抜擢されたのだ。




 ――――俺に対して追放を突きつけたのはその直後のことであった。




「……は?」



 一瞬、意味がわからなかった。



「聞こえなかったのか? お前はもう――――45歳だぞ。話くらい1回で聞き取れよ、この役立たずが!」


 会議室の空気が凍りついた。


 俺の名前はフランツ・エアハルト、45歳独身だ。

 ギルドの万年係長でいわゆる『窓際族』だと呼ばれている。


 手取りは月14万。

 趣味は特にない。交際経験も……当然ない。




 ――――ただ、土魔術の扱いだけは誰にも負けない自信がある。




 達人クラスだと言われたこともあるが土魔術は地味だ。

 派手な火や雷、水の魔術に比べてあまりにも地味すぎる。

 ――――だから評価されないのだ。




 いや、それでもいいさ。

 縁の下の力持ちとしてこのギルドを30年近く支えてきた自負がある。

 それだけでもこれまで頑張ってきた意味がある――――はず。




 なのに――追放だと⁉




「ふざけんな……ライネル。お前どういうつもりだ。ギルドを支えてきたのは俺だぞ」

「は? 自惚れるなよ窓際族が。お前なんざゴミを片付けるだけの掃除屋だ。ゴミがゴミを片付けるとか面白すぎだぜ」



 ゲラゲラと笑っているがなにも面白くない。



「俺はギルドを変革する。若くて優秀なヤツを登用し古い体制を一掃する! しょぼい裏方の事務仕事とかそいつらにやらせればいい。代わりはいくらでもいるんだよ!」

「だったらまずお前が辞めろよ。お前も45歳だろ」

「俺はギルドマスターだ! 選ばれた人間なんだよ!」


 こいつは昔からプライドだけは高かった。

 同期で入った当初、俺が事務や戦後処理などの泥仕事を自ら引き受けたのもこいつのような前線志向のヤツが戦闘に集中できるようにと思ってのことだった。


 だが気づけば、戦果はすべてこいつの功績とされ、俺の仕事は『雑務』として見下されるようになっていた。




 ――――それでも、俺は我慢してきた。




 ギルドのためだったから。



「議論の余地はない。お前は今日限りでギルドを去れ。異議があるなら首都ギルドに正式な異議申し立てを出せばいいが――――まぁ、却下されるだろうな」


 周りを見渡しても誰1人俺を庇う者はいない。

 ギルドの受付嬢たちは申し訳なさそうに下を向いている。


 若手の冒険者たちは興味なさそうにタブレット型の魔導端末をいじっている。

 おっさん1人がクビになることなんてどうでもいいのだろう。




 ――――俺は1人きりだった。なんだよこの仕打ちは……。




 ――――いや、1人だけ。目線を合わせてくれた子がいた。


「フランツさん……っ」


 マリー・ロッシュ。

 銀髪の可憐な少女で若者の間でも人気の高い受付嬢の1人だ。

 水の魔術を扱い、癒し系で礼儀正しい。

 彼女は俺にずっと丁寧に接してくれていた。


「マリー、もういいんだ。ありがとな」

「ですが……フランツさんはずっと頑張っておられました。わたしが一人前の受付嬢になれたのもフランツさんが丁寧に教えてくれたおかげです。フランツさんがすごいこと……わたし知っていますから」

「ありがとな。マリー、その言葉だけで十分だ」


 俺は小さく笑ってギルドをあとにした。



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 荷物をまとめるのにそれほど時間はかからなかった。

 俺の仕事部屋はまるで倉庫のようだったからだ。


 木製の小さなロッカーと安い折りたたみベッド。

 机の上には擦り切れた革の手帳と使い古しの万年筆。

 埃をかぶった魔術書の束ももう読むことはないだろう。


「ふっ……我ながら、寂しいもんだな」


 笑ってみたが心が乾いた音を立てた。

 あまりにも切なかった。



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 ギルドの廊下を歩き、エントランスに出るとマリーが待っていた。


「……フランツさん」

「マリー……まだいたのか?」

「……はい。やっぱりお見送りしたくて……」


 夕日が差し込む中、銀髪が光を反射して彼女の瞳が濡れて見えた。


「いいのか? お前、あんなクソギルドに残って」

「わたしは……わたしにできることをやります。フランツさんに教えてもらったから……雑用の意味、支えることの大切さを」

「……そうか。偉いな」



 頭を撫でると彼女は目を伏せてうなずいた。



「また、どこかで会いましょう。必ず――――」


 俺はうなずくとギルドの門を最後に一瞥してから背を向けた。

 あの建物にはもう戻らない。

 戻る理由も、居場所も、ないのだ。



 ________________________________________



 ギルドを離れ、街の通りを歩いた。


 国内第2の都市アグナムは活気にあふれている。

 市場では農作物や魔導具が並び、冒険者たちは情報を交換し、酒場では笑い声が響く。



 ――なのに、俺だけが世界から取り残された気分だった。



 昔の俺ならギルドの名札ひとつでこの街の誰とでも話ができた。

 だが今の俺はただの『無職のおっさん』だ。


「はぁ……」


 手元の財布を開く。するとそこには銀貨が数枚とくしゃくしゃになった紙幣があるだけだった。


「ギルドの口座は……凍結されていそうだな」


 あいつならやりかねない。


「とりあえず、宿探しだな……」


 通りを外れて小さな路地にある安宿の看板を見つけた。

『一泊銀貨三枚 食事別』と書いてある。



 ――――ここなら、しばらくは泊まれる。



 部屋に入り、ベッドに腰を下ろすとようやく気が抜けた。

 緊張がほぐれ、疲れがどっと来る。

 さすがの俺もやはり心身ともに疲弊していたのだろう。


「……はは。情けねえな、俺」


 俺はなんのために働いてきたんだろうな……。

 天井を見上げながら、独り言のように呟いた。


 ギルドでの30年間。無遅刻無欠勤で真面目に働き、決して手を抜かず、後輩の面倒を見て、危険な現場にも行った。土魔術でのサポートや罠の解除、地形の構築――誰も見ていなかったが俺なりに全力でやってきた。




 ――――その結果が追放だ。




「クソ、こんな仕打ちありかよ……」



 そんな人生の終わり方があっていいのか?

 いや、終わってなんかいない。終わらせるわけにはいかない。


 俺は立ち上がり、窓の外を見る。

 夕暮れの空に紅い光が差していた。



 ――――その時だった。



 コンコン、とわりと大き目なノックの音が響く。


「……誰だ?」


 警戒しつつ、扉に近づく。

 こんな安宿に知り合いが来るとは思えない。



 だが、次の瞬間――――懐かしい声が耳に届いた。



「久しぶりね。フランツさん。さっき宿に入っていくのを見たから声かけちゃった」


 その声だけで。記憶が一気に蘇った。

 まさか――いや、そんなはずは……。


 急いで扉を開けると、そこに立っていたのは――紅いポニーテールに青い瞳を持つ美しい少女だった。


「レイナ……か?」

「ふふっ。もしかしてあたしのこと忘れてた?」



 柔らかく笑う彼女に胸の奥が熱くなった。



「忘れるわけ、ないだろ……。お前、本当にきれいになったな」

「そ、そんなこと急に言わないでよ……っ。からかってるの?」

「いや、本気で言ってるよ」


 思わず頬が緩む。

 どれだけ疲れていても、どれだけ絶望していても。

 彼女の笑顔は――俺にとっては希望だった。


 ギルドでは毎日のように顔を合わせ、彼女の訓練を手伝い、進路を相談されたこともある。正義感が強く、負けず嫌いで――――でも人の痛みに敏感な子だった。


 今のレイナはその面影を残しつつも、騎士団の制服をまとい、確かな誇りと力を身にまとっていた。


「……なあ、レイナ」

「どうしたの?」

「こうして来てくれて、本当に……ありがとな」


 心からそう思ったよ。

 人生が終わりかけたその瞬間、彼女が来てくれた。



 そうだ。俺は1人なんかじゃない。

 まだまだやり直しはできる。


「な、なによ……照れるじゃない」




 俺はもう一度、この世界を生きていける気がした。



(この追放はチャンスかもしれない……)



 ――――俺はここから人生を再スタートさせる。



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 お読みいただきありがとうございました!



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