Legend of Arcadia ~ レジェンド オブ アルカディア

海月まひ

#1 神秘と奇跡の楽園 アルカディア

 人類の最終到達点――アルカディア。

 魔法とことわりが交差し、空も地も心のままに形を変える、神秘と奇跡の楽園。


 大気中の「マナ」を糸のように束ね、空に咲いた花に永遠の光を灯し、物体に記憶を刻み込む。

 重力の軸すらねじ曲げる空中浮遊庭園、意思に応じて自律変形する建造物の数々。


 光、重力、四季さえ人工的に再構成されていた。

 争いは過去の記憶に追いやられ、誰もが平和を当然のように享受していた。



 それが当たり前の日々だった。

 何も疑わず、全ての民が明日も同じように陽が昇ると、信じていた――



* ――――――



 小鳥の鳴き声が響き渡る爽やかな朝。

 亜麻色に光る花でできたアーチをくぐり、宙に浮いている庭園を見据えていた。


「パルテコネクション」


 右手を差し出し、一言呟くと、目の前に庭園へと続く半透明の板がどこからともなく出現した。


 アルカディアでは、言葉こそが力であり、世界を動かす鍵だった。

 水を注ぎたければ水の言葉を。灯りを灯すなら光の言葉を。

 魔力と、意志と、正しい言葉さえあれば、あらゆる事が叶えられる。


 目の前に現れた半透明の板もそう。この都市では、先人たちが組み込んだ魔法術式のおかげで、使う側の魔力量など問題にならない。


 空を走る列車も、浮かぶ書物も、暮らしのすべてが魔法という「言葉」によって形作られていた。




 そんな不思議な都市で生まれ育った俺は、今日、十六歳になる。


 魔法技士として認められるための試験の朝――

 鼓動が次第に速くなるのを実感する。


 後ろから聞こえた声。


「……アルト」


 振り返ると、幼馴染のカノンが微笑んでいた。


 太陽の光を受けて、銀色の髪がふわりと揺れる。腰まで届くその髪の一部には、丁寧に編み込まれた束があり、風に乗ってそっと踊るようだった。


「大丈夫。きっと、うまくいく」


 彼女はゆっくりと手を握ってくれた。


「カノン、ありがとう。行ってくる」


 彼女の手にもう一方の手を覆うように被せる。


 生まれてからこれまで、この日のために魔力操作の訓練を続けてきた。その地道な積み重ねを応援するように、俺の肩に陽が差し込んでいた。



* ――――――



 浮遊庭園の内部には、俺の他に4人が立っていた。誰も会話せず、断崖絶壁の遠い先にあるマナでできた大樹を見つめている。


 この重い空気をさらに凍り付かせるように、遠くからカツカツと音が鳴り響く。


「全員揃っているな。では推薦状を確認する。」


 細身で背が高く、高級そうな服をまとった試験官の男性が5人から書類を回収し、目を通す。


 見れば、他の数人も推薦状を手にしていた。どうやら、試験を受けるのは俺一人というわけではないらしい。


「これより、魔法技士認定試験――“飛翔制御射撃”を開始する」


 飛翔制御射撃とは――


 空を飛びながらターゲットに魔法ショットを打ち込むことだ。

 主に町の防衛訓練に採用されているが、実際にこれが役立ったことは無い。


 それでも、争いを排除し、平和を享受するために防衛力というものは欠かせないものだ。それを人々は理解しているので、これ自体に文句を言う声はほとんどない。


「ネオンスクリーン!!」


 静寂の中、試験官の言葉と共に、何もない空間から標的マトが次々と出現した。

 どれも高度や距離、大きさ、そして動きまでもが異なるマト。

 それぞれに命中させるには、精密な飛行制御と魔法ショットの正確な制御が求められる。


「合格の条件は15個のマトのうち、10個を制限時間内に魔法ショットのみで破壊できた者とする。なお、不正行為が発覚した際は即失格とする。」


 次の瞬間、隣にいた男が急に宙に浮かび上がった。


「こら、気持ちはわかるが説明より先にアルカギアを起動させるな」


 試験官に注意された男はしぶしぶ着地する。


 アルカギアとは、アルカディアで用いられる魔法道具の総称だ。

 それらを駆使して空を飛び、魔法でマトを撃ち抜く。それが今回の試験だ。試運転したい気持ちはわからなくはない。


 試験官に言われるがまま、試験を受ける順番を決められた。どうやら俺は前から2番目らしい。


「一人目はロンドだ。位置につけ」




 魔法の合図と共に試験が始まった。ロンドは足に取り付けたアルカギアからガスを噴射し、宙に浮かび上がる。

 背中には風を操るアルカギアを装着しており、風圧を操って空中を滑るように移動しながら、右手に持っている背丈の三分の二ほどの長さをした杖からショットを連射していく。


 上手い。的確なショットで次々とマトを壊している。こいつは合格するだろうと確信した次の瞬間。

 ガスの出力を誤り、バランスを崩して落下した。試験が始まって20秒ほどの出来事だった。

 一瞬の油断が命取りになる。俺は無意識に拳を握っていた。




 落下したロンドは、すぐに浮遊担架型アルカギアに乗せられ、試験官の手によってふよふよと浮遊しながら試験官の目の前へと運ばれていった。


「大丈夫だ。生命反応に異常はない」


 試験官の手元で光る小型球体が淡く明滅している。それをロンドの胸元へかざすと、彼の呼吸が目に見えて安定した。


 アルカディアの医療技術は、肉体の修復すらも魔法とアルカギアによって制御されている。砕けた骨を接合し、神経を編み直すことで再編成する。自然治癒より、魔法やアルカギア頼ってしまった方が早い。

 それが、この都市の常識だった。




「……では、次」


 試験官が俺の名を呼ぶ。

 気を引き締めて、俺は大樹の見える崖の前へ出た。




 昨夜、幼馴染のカノンがそっとかけてくれた言葉を思い出す。


「練習通りにやれば絶対できるよ」


 優しく笑うその顔が、胸の奥に静かに灯っている。

 一番近くで応援してくれた彼女に、「合格したよ」と言いたい。




 魔法の合図が空を裂いた瞬間、場の空気が緊張に染まった。

 崖を飛び降り、足のアルカギアを使い宙に浮く。


「いつもやってることだ。ガスと風を同時に噴射するとバランスを崩しやすいから、ガスだけで全身を安定させてから風を起動させる」


 俺は落ち着いて、一つずつ順番にタスクをクリアしていく。




 身体の重心にブレがなくなった。ここで時間を使うことは想定済だ。

 風圧に耐える姿勢を整え、視線をマトに移す。距離、大きさ、動きを一瞬で読み取る。

 覚悟を決め、背中のアルカギアを起動して風を送り込んだ。


「オーラショット」


 魔力と術式が反応し、次々と標的が砕け散る。練習通りに、ひとつ、またひとつと光弾を放ち、マトを撃ち抜いていく。


 残るはあと一つ。それは――大樹の裏側、視認性の悪い位置に設置された低所のマトだった。


「……くっ」


 出力を落とし、ゆっくりと高度を下げていく。

 その瞬間、足元のバランスが崩れた。


「しまっ……!」


 重力に逆らえず、視界がひっくり返る。

 意識とは無関係に身体が地面へと真っ逆さまに――


 事の重大性をすぐに察知した俺は身体を丸め、背中を下にして風の出力を最大にした。 


 ふわりと浮き上がるも、姿勢は乱れたまま。

 警告音が鳴り響く。タイムリミットが迫っている。

 姿勢を戻す? いや、間に合わない。


 不合格か?


 いや、ここまで来たのに諦めてたまるか。


 全身が空を引き裂くように落ちたまま、マトとの距離を計算する。


「落下する身体の中心に、全神経を集める。オーラショット――スタンバイ。」


 この姿勢のまま撃つしかない。これでダメだったら仕方ない。

 落下速度を計算し、好機を待つ。


「まだだ」


 試験会場がざわめいている。崖下へとまっすぐ落ちる俺が、なぜか構えを崩さない。

 そして、ショットを打つ位置とマトの位置が重なったその時――


「ここだ!」


 光弾が宙を駆け抜け、マトを打ち砕いた。

 同時に、タイムリミットのベルが鳴る。


 間に合ったか――?


 体勢を立て直し、浮力の調整に集中する。

 再度静止しようとするまでにかかった時間は、二十秒ほど。


 息が詰まるような試験だった。




 崖上に戻ると、そこには試験官が待っていた。


「アルト君。魔法技士の試験は――合格とする」


 俺は感情がこみ上げるのをこらえながら、合格証を受け取った。



* ――――――



 試験が終わり、庭園を後にすると、遠くで幼馴染のカノンが手を振っているのが見えた。

 光を受けて銀色の髪がふわりと揺れ、彼女の姿だけが切り取られたかのように目に焼きつく。


 俺が合格するのを信じて、ずっとここで待ってくれていたのか?


「試験、どうだった?」


 俺は自慢げに合格したことを伝えると、カノンはまるで自分のことのように喜んでくれた。

 それが嬉しくて、照れくさかった。


「ねえ、一緒についてきてほしい場所があるんだけど、いいかな」


 カノンが俺の手をとった。もちろん答えは決まっている。




 手を引っ張られ、ついてきたところは、住んで丁度十六年になる俺でも知らなかった秘境だった。

 青く澄んだ空が、俺を祝福してくれているみたいだ。


 カノンは頬を赤らめながら、もじもじとこちらを見つめている。

 編み込みの入った銀の髪が揺れるたび、きらきらと光を反射して――まるで宝石のようだった。


「アルト、今日誕生日だったよね。おめでとう。そして、合格おめでとう」


 祝福の言葉と同時に、紙袋にピンク色のリボンが巻かれたものを手渡された。


「誕生日と合格祝いに、プレゼント。私の手作りだから、気に入ると嬉しいな」


 プレゼントを開けると、中にはさっきまで見上げていた空をそのまま結晶にしたような、透明な青のペンダントが入っていた。それには、銀色をした小さなチェーンがつけられていて、ネックレスのように首にぶら下げられるようになっている。


「ありがとう、カノン。一生大切にする」


 カノンが俺だけのために作ってくれたプレゼントだ。だが、それが何かを繋ぐものなんだと、そのときはまだ知らなかった。


「実は……ペンダントは、おそろいにしてみたの」


 そう言って、胸元に光る同じものを恥ずかしそうに見せる。

 それにつられて、なんだか俺まで恥ずかしい気持ちになった。


「試験で使ってくれた杖、ずっと大事にしてくれているでしょ。それ、私が小さいころ初めて作ったアルカギアだったから。とても嬉しい」


 そういえばこの杖も、ペンダントと同じでカノンがくれたものだっけ。


「今あげたペンダント……。ちょっと特別な仕掛けを入れてあるの」


「へぇ、どんな仕掛け?」


「……内緒。でも、絶対手放しちゃダメだからね」


「お、おう?」


 俺は首をかしげたが、カノンはそれ以上何も言わなかった。


 吹き抜ける風、ひと時の沈黙。それがとても心地いい。

 太陽の光に照らされた彼女の横顔を見ながら、この瞬間が永遠に続けばいいと思った。


「……ねえ、アルト」


 ぽつりぽつりと、彼女が声を震わせながら呟き、俯く。


 頬は赤く染まり、瞳は潤んで揺れていた。


「私、この関係が崩れるのが怖くて、ずっと言えなかったんだけど」


 最後の言葉を紡いだとき、彼女は俺の方をまっすぐに見た。


「私……アルトのことが――」




 そのとき、大地が悲鳴を上げた。


 轟音と共に地面が揺れる。

 都市が軋み、崩れ、そして――


 海でできた大きな大きな城壁が見える。


 城壁は、空間をも引き裂くような速度でこちらへ迫っていき


 俺たちは、逃げる間もなく都市とともに城壁に飲み込まれた。




 都市、アルカディア、文明、平穏。その全てが、大地と水の暴力に引きちぎられた。


(カノン!!)


 必死にカノンがいた方向に手を伸ばす。

 しかし、そこには何もない。


 泡と瓦礫に埋め尽くされた視界の奥に、カノンが小さく映っている。


「カノン――ッ!」


 叫ぼうとした声は泡となり、彼女に届くことは叶わなかった。


 必死にもがき、カノンの手を掴もうとする。


 ――届かない。


 これから先、ずっとカノンと共に過ごしていたい。それ以外はもう何も望まない。

 そんな簡単なことすら叶わないのか。


 もがけばもがくほど全身が張り裂けそうなほどに痛い。苦しい。


 意識が遠のいてゆく。


 俺はその日、世界から断絶された。




 そして、人類が辿り着いた最終到達点――アルカディアは、神話となった。

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