無能と罵られ追放された第二王女ですが、持つスキルが【絶対解体】だったので、魔獣の素材で大儲けしていたら、いつの間にか王国一の商会主になっていました。国が傾いたから助けてくれと言われても知りません。
旅する書斎(☆ほしい)
第1話
玉座の間には、冷たい空気が満ちていた。
父である国王陛下が、私をゴミでも見るかのような目で見下ろしている。その隣では、王妃様と、私の姉である第一王女殿下が、嘲笑を浮かべていた。
「ソフィアよ。本日をもって、貴様を王家から追放する」
国王陛下の言葉は、何の感情も含まない、ただの事実の宣告だった。
私は黙って、その言葉を受け入れる。もう、何も感じなかった。驚きもない。悲しみもない。ずっと前から、こうなることは分かっていたから。
「ええ、陛下。謹んでお受けいたします」
私の返事に、王妃様が扇で口元を隠しながら、嫌味たっぷりに言った。
「まあ、ようやく身の程を弁えましたのね。役立たずの第二王女。あなたのスキル【絶対解体】など、王家の恥でしかありませんわ」
姉のクリスティーナ殿下も、勝ち誇ったように胸を張る。
「そうよ!私の【フレイム・ランス】みたいに、敵を焼き尽くす華々しい魔法こそ王家に相応しいの!あなたはただの肉屋よ、肉屋!」
【絶対解体】。
それが、私が授かった唯一のスキル。生き物でも物でも、その構造を完璧に理解し、綺麗に分解できるだけの、地味なスキルだ。戦闘には何の役にも立たない。この国では、スキルの優劣がその人間の価値を決める。だから、私はずっと「無能」と呼ばれ続けてきた。
私の隣に立つ、婚約者だったはずのアルフレッド公爵子息が、吐き捨てるように言った。
「ソフィア、君のような女が婚約者だったとは、我が家の汚点だ。これからは、クリスティーナ様こそが私の隣に立つに相応しいお方だ」
彼はそう言うと、姉の腰に馴れ馴れしく手を回す。姉は嬉しそうに、彼に寄り添った。ああ、そうですか。ずっと前から、二人が恋仲であることくらい、知っていましたよ。
「ソフィア。王都から即刻立ち去るがよい。二度と、我らの前にその姿を現すな」
「はい、陛下」
私は静かに頭を下げ、踵を返した。
もう、この場所に未練はない。私を家族として見てくれない人たちに、執着する気持ちもなかった。ただ、解放されるのだという、不思議な安堵感だけがあった。
着の身着のまま王宮を追い出された私は、あてもなく歩き続けた。
幸い、母が残してくれたささやかな装飾品をいくつか隠し持っていた。これを元手に、どこか遠くの街で、静かに暮らそう。私のスキルでも、何か仕事が見つかるかもしれない。
数日かけて、隣の領地にある冒険者の街「ロックランド」にたどり着いた。
活気のある街だ。屈強な冒険者たちが行き交い、市場には様々な品物が並んでいる。私はここで生きていくことを決めた。まずは、仕事を探さなければ。街の中心にある、冒険者ギルドの大きな扉を、私は思い切って押した。
カラン、とドアベルが鳴る。
中に入ると、むっとするような熱気と、酒の匂い、そして男たちの汗の匂いがした。ギルドの中は、多くの冒険者でごった返していた。皆が物珍しそうに、場違いな私に視線を向ける。
私は構わず、まっすぐに受付カウンターへと向かった。
「あの、すみません。仕事を探しているのですが」
カウンターの向こうに座っていたのは、栗色の髪をした、快活そうな女性だった。
「はい、こんにちは!冒険者登録ですか?」
「いえ、私は冒険者ではありません。何か、私にできる仕事があればと思いまして」
「うーん、そうですね。何かスキルはお持ちですか?この街では、スキルがあると仕事が見つかりやすいですよ」
受付嬢の言葉に、私は少しだけ躊躇する。
このスキルを話して、また馬鹿にされるのではないか。そんな不安が胸をよぎった。でも、ここで隠していても仕方がない。
「はい。【絶対解体】というスキルを持っています」
「【絶対解体】?ええと、それはどういう……」
受付嬢が困ったように首を傾げた、その時だった。
「おい、リーナ!ジャイアントボアの解体依頼、まだ解体士が見つからねえのか!」
カウンターの奥から、熊のような大男が顔を出した。
その巨体と、顔にある大きな傷跡に、私は少しだけ身を竦ませる。
受付嬢のリーナさんは、その男に慌てて答えた。
「ご、ごめんなさい、マスター!ベテランの解体士さんたちは、みんなワイバーンの解体で手が離せなくて……」
「ちっ、仕方ねえ。俺がやるか。だが、俺がやると素材がいくつかダメになっちまうんだよな」
ギルドマスターと呼ばれたその男は、頭をガシガシと掻いた。
その会話を聞いて、私は思わず口を開いていた。
「あの!もしよろしければ、私がやらせていただけませんか?」
その場にいた全員の視線が、一斉に私に突き刺さる。
ギルドマスターは、眉間に深い皺を寄せて、私を上から下まで睨めつけた。
「嬢ちゃん、あんたが?ジャイアントボアを見たことはあるのか?あれは普通の猪じゃねえ。皮も硬いし、牙の根元には傷つけずに取り出すのが難しい魔石もあるんだぞ」
「はい。存じております」
私の落ち着いた返事に、ギルドマスターは意外そうな顔をした。
周りの冒険者たちからは、クスクスと笑い声が聞こえる。
「おいおい、どこのお姫様だよ」
「あんな細い腕で、ナイフも握れねえだろ」
リーナさんが、心配そうに声をかけてくれた。
「あの、無理しなくてもいいんですよ?ジャイントボアの解体は、本当に大変ですから」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です」
私はまっすぐにギルドマスターを見つめた。
ここで実力を見せるしかない。言葉で説明するよりも、ずっと確実だ。
ギルドマスターは、しばらく私の目を見ていたが、やがてニヤリと口の端を上げた。
「面白い。そこまで言うなら、やらせてやる。だが、もし素材を一つでも無駄にしたら、どうなるか分かってるな?」
「はい。その時は、弁償いたします」
「ふん、その細い体でどうやって弁償するんだか。まあいい。ついてこい」
ギルドマスターに案内されて、私はギルドの裏手にある解体作業場へと向かった。
そこには、小さな家ほどもある巨大な猪、ジャイアントボアが横たわっていた。その巨体から発せられる魔力の残滓が、肌をピリピリとさせる。
「どうだ、嬢ちゃん。今からでもやめるなら……」
「いいえ。やらせていただきます」
私は、作業台に並べられた解体用のナイフには目もくれず、ジャイアントボアの前に立った。そして、汚れるのも構わずに、その硬い毛皮にそっと素手を触れさせた。
スキル、【絶対解体】を発動する。
私の脳内に、ジャイアントボアの体の構造が、完璧な設計図として流れ込んでくる。
皮の厚さ、脂肪の層、筋肉の付き方、骨格の配置、内臓の位置、神経の走り、血管の経路。そして、牙の根元に埋まっている魔石の正確な形と大きさまで。全てが、手に取るように分かる。
「おい、どうした?素手で触って、猪と会話でもしてるのか?」
ギルドマスターが、呆れたように言う。周りの冒気者たちも、遠巻きに見て、嘲笑を浮かべていた。
私は何も答えず、集中した。
そして、指先に意識を込める。
まずは、皮からだ。背筋に沿って、指をすっと滑らせる。
すると、まるでそこに縫い目があったかのように、分厚い皮が綺麗に左右に分かれていった。ナイフなど使っていない。ただ、指でなぞっただけだ。
「なっ……!?」
ギルドマスターの息を呑む音が聞こえた。
周りの冒険者たちの笑い声が、ぴたりと止む。
私は作業を続けた。
皮を剥ぎ、脂肪を取り除く。次に、赤身の肉を部位ごとに切り分けていく。ロース、ヒレ、バラ、モモ。その全てを、筋一本傷つけることなく、完璧なブロック肉として分離させていく。
内臓もそうだ。レバー、ハツ、タン。どれも新鮮なまま、丁寧に取り出していく。
最後に、頭部に手を当てる。
一番の難所、牙の根元にある魔石だ。普通なら、牙ごと頭蓋骨を叩き割り、周りの肉ごと抉り出すしかない。そうすれば、魔石は傷つき、肉は使い物にならなくなる。
でも、私には分かる。
頭蓋骨の、ほんの僅かな隙間が。魔石を傷つけずに取り出せる、唯一のルートが。
私はその隙間に指を差し込み、軽く捻った。
コロン、と乾いた音がして、私の手のひらに、拳ほどの大きさの、赤黒い魔石が収まった。傷一つない、完璧な状態の魔石だ。
巨大だったジャイアントボアは、あっという間に、部位ごとに分けられた完璧な素材の山となっていた。
骨の一本一本まで、綺麗に分けられている。作業時間は、わずか5分ほどだった。
作業場は、水を打ったように静まり返っていた。
誰もが、目の前で起こったことが信じられない、という顔をしている。
やがて、ギルドマスターが、震える声で呟いた。
「うそだろ……。ジャイアントボアの解体が、たったの5分だと?しかも、素手で……?傷一つない、完璧な解体だ……」
リーナさんも、口に手を当てて、目を丸くしている。
「すごい……。こんなの、見たことありません……」
私は、自分の服が汚れていることに気づき、軽く手で払った。
そして、ギルドマスターに向き直って、尋ねた。
「あの。これで、よろしかったでしょうか?」
ギルドマスターは、しばらく呆然と素材の山を眺めていたが、やがて、その顔を興奮で赤く染めて、私の肩を力強く掴んだ。
「よろしかったでしょうか、じゃねえ!嬢ちゃん、あんた、名前はなんてえんだ!」
「ソフィア、と申します」
「ソフィアか!いいか、よく聞け!あんた、うちのギルドで働け!いや、働いてください!給料は、あんたの言い値で構わねえ!」
ギルドマスターの大きな声が、作業場に響き渡った。
周りの冒険者たちは、先程までの嘲笑が嘘のように、尊敬と畏怖の眼差しで私を見ていた。
こうして、私の解体士としての人生が、この街で始まることになった。
王宮では「役立たず」と蔑まれたこのスキルが、まさかこんな形で役に立つなんて。
私は、ほんの少しだけ、未来に希望が持てるような気がした。
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