悪役令嬢に転生したけど、シナリオ通りに断罪された方が幸せなのでは?~王子様もヒロインも興味ないので、辺境でスローライフ始めます~
☆ほしい
第1話
気が付いた時、私は乙女ゲームの悪役令嬢イザベラになっていた。
公爵家に生まれ、王太子であるエドワード様の婚約者という立場。誰もが羨むような輝かしい経歴だ。
しかし、その未来は決まっている。
平民出身のヒロインに嫉妬し、陰湿ないじめを繰り返した結果、卒業パーティーで婚約を破棄される。そして、国外追放という名の断罪イベントが待っているのだ。
普通なら絶望するところだろう。でも、私は違った。
前世で過労死した社畜OLの記憶を持つ私にとって、これ以上ないハッピーエンドだった。
貴族の生活は息が詰まる。毎日続くマナー講習。意味の分からない派閥争い。うんざりだ。
それなら、シナリオ通りに追放されて辺境でのんびり暮らす方がよっぽど良い。
私の目標はただ一つ。穏やかなスローライフを手に入れること。
そのために、私は完璧な悪役令嬢を演じなければならない。
これは、私の理想の未来を掴むための「仕事」なのだ。
王立学園の中庭は、今日も穏やかな日差しに包まれている。
噴水の周りには、色とりどりの花が咲き誇っていた。
優雅にお茶を楽しむ令嬢たちの輪から少し離れた場所で、私はその時を待っていた。
ゲームのシナリオによれば、今日ここでヒロインと初めて会うはずだ。
特待生であるヒロイン、レティシアは、貴族ばかりの学園で浮いた存在。
そんな彼女に、悪役令嬢である私が絡むところから物語は始まる。
「まあ、見てくださいませ。あの方…」
「特待生のレティシア様ですわ。平民なのに、エドワード殿下と同じクラスなんて」
周囲の令嬢たちのひそひそ話が聞こえてくる。良い傾向だ。
彼女たちが、私の悪役ムーブの証人になってくれる。
私はすっと立ち上がり、レティシアの方へ向かって歩き出した。
純朴そうな茶色の髪に、少し気の弱そうなたれ目。
まさに、守ってあげたくなるタイプのヒロインだ。
よし、計画通り。まずは教科書をばらまかせるのが定石だ。
私は彼女のすぐそばを通り過ぎる瞬間、わざとらしく肩をぶつけた。
「きゃっ!」
可愛らしい悲鳴と共に、彼女の腕から数冊の本が滑り落ちる。
計画通り。私は心の中でガッツポーズをした。
さあ、ここからが悪役令嬢の見せ場だ。
私は冷たく彼女を見下ろし、口を開いた。
「あなた、前を見て歩いていたらどうですの?平民の方は、作法というものを知らないのかしら」
完璧な台詞だ。これで周囲の生徒たちも、私がレティシアに敵意を持っていると認識しただろう。
彼女はきっと、目に涙を浮かべて私をにらむはずだ。
そうすれば、王子様が颯爽と現れて「彼女に謝れ」と…
「まあ!ごめんなさい!私がぼーっとしていたせいですわ!」
レティシアは慌てて本を拾いながら、深々と頭を下げた。
あれ?何か反応が違う。
「あなたの美しいドレスを汚してしまったら大変ですもの。本当に申し訳ありません」
「え、ええ…」
予想外の反応に、少し戸惑ってしまう。
いや、まだだ。ここから挽回する。
私はさらに声を低くして、威圧するように言った。
「分かっているのなら結構ですわ。あなたのような方が、この学園にいること自体が間違いなのですから」
「早くその場を離れなさい。わたくしの視界に入るだけで不愉快ですわ」
これでどうだ。ここまで言われれば、さすがに傷つくだろう。
しかし、レティシアはぱあっと顔を輝かせた。
「まあ、なんてお優しい方なのでしょう!」
「…は?」
思わず、素っ頓狂な声が出た。
優しい?私が?どこをどう解釈すればそうなるんだ。
「私がここにいたら、他の皆様にご迷惑がかかるということですよね?だから、わざと厳しい言葉で教えてくださったのですね!」
違う。そうじゃない。
私はただ、純粋にあなたをいじめたかっただけだ。
「なんて不器用な優しさなのでしょう!ありがとうございます、イザベラ様!」
レティシアは満面の笑みで、再び深くお辞儀をした。
周りで見ていた令嬢たちも、なぜか感心したように頷いている。
「さすがイザベラ様だわ…」
「平民にも分かるように、厳しくも愛のあるご指導をなさるなんて」
「私たちも見習わなければ…」
どうしてこうなった。私の計画は、開始5分で頓挫してしまった。
頭がくらくらする。これがヒロインの天然パワーなのか。
悪意を善意に変換する、恐るべき能力だ。
私が呆然と立ち尽くしていると、レティシアが拾い上げた本を胸に抱きしめて言った。
「イザベラ様、本当にありがとうございます!私、この学園で頑張ります!」
「ですから、どうか見守っていてください!」
そう言って、彼女は元気よく去っていった。
残されたのは、私と、なぜか私を尊敬のまなざしで見つめる取り巻き令嬢たちだけだ。
最悪のスタートだ。これでは断罪イベントどころか、聖女か何かと勘違いされかねない。
「どうしたんだ、騒がしいな」
その声に、私ははっと我に返った。
聞き覚えのある、涼やかで落ち着いた声。
ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、この国の王太子、エドワード様だった。
きらきらと輝く金色の髪。空を映したような青い瞳。
ゲームのスチルから抜け出してきたような、完璧な美貌だ。
彼は私の婚約者であり、そして、私を断罪する張本人でもある。
エドワード様は、私と周りの令嬢たちを交互に見て、少し眉をひそめた。
「イザベラ、何かあったのか?」
彼の視線が私に注がれる。
よし、まだチャンスはある。
王子様の前でヒロインをかばえば、私の評判はさらに上がってしまう。
ここは、徹底的にヒロインを貶めるしかない。
そうすれば、彼も私に愛想を尽かすはずだ。
私はわざとらしくため息をつき、扇で口元を隠した。
「大したことではございませんわ、エドワード殿下。ただ、少し…」
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