第3話「愛はつまらない?」その2

「改めてご挨拶しよう。我が名はディスペラド。ディボーチ帝国の幹部であり、幹部筆頭だ。以後お見知りおきを」

 ディスペラドは紳士のような挨拶を、ラブレンジャーたちへと送った。

「幹部"筆頭"ってなんだ~! そんなのないぞ~! 僕ちんは聞いてないぞ~!! お前が勝手に言ってるだけだ~!! エヌにも言いつけるぞ~!!」

 ハイパが舞台袖の芸人のように騒ぐが、ディスペラドはまるで聞こえていないかのように一瞥すらしない。


「挨拶なんてどうでもいいんだよ! お前らは地球征服とか訳の分かんないことばっかりしやがって……!」

 炎児は1人で騒いでいるハイパを無視して、ディスペラドに食ってかかった。そんな彼をディスペラドは、小馬鹿にしたような目で見ると鼻で笑った。

「それは失礼。ところで一つ聞きたいのだが、愛とはなんだと思う? ラブレンジャー諸君よ」

 突然ディスペラドがラブレンジャーたちへと質問を投げかけてきた。


 5人は顔を見合わせ、胸を張って答える。

「愛は、全てを救う! 愛は熱い熱い思いだ!」

「愛は勇気! 愛を持って取り組めばできないことはないと思います」

「愛は自由なんだ。愛は力の源だ!」

「愛はおおらかで、全てを包み込むんだよ」

「愛は優しさ。人が人を思う時、愛で世界は満たされる」



「ふむ……ではラブレッドよ。貴様らはなぜ、我々ディボーチ帝国と戦うのだ? 貴様たちの言う愛が、我々によって汚されることを危惧しているからか? それとも、地球の平和を守るためか?」

「それは……」

 炎児は一瞬だけ視線を落とし、強く拳を握りしめた。

 言葉を紡ぐたびに、胸の奥で燃える炎が揺らぐ。

「ラブレンジャーの使命は、愛と平和を守ることだ! そんなお前たちが地球を征服するっていうなら、俺たちは戦うしかない!」


「なるほど。それで結局、貴様らの言う愛とはなんだ? それが守られる世界とはどんな世界だ? 愛がある自分たちが正義だと言いたいのか?」

 ディスペラドは炎児に詰め寄るように質問を投げかける。

「炎児、惑わされるな。所詮は敵の戯言だ」

 駿也が助け舟を出す。

「戯言か……ふっふっふ……はははは! いや失礼、これは面白いことを言う。さすがはヒーロー様だ」

 そんなディスペラドを駿也は睨みつける。

「何がおかしい?」

「いいや結構。これ以上の問答は、時間の無駄だ。だが私自身は愛などくだらないものだ、つまらないものだと感じているのだよ」


 そんなディスペラドの物言いに、ラブレッドは怒りを抑えられなくなってきた。

「お前……! 愛は素晴らしいものだ! 愛っていうのは、夢や希望をくれるんだ! それに誰かを守りたい、力になりたいっていう気持ちを抱かせてくれる。心を強くしてくれるものなんだ! そんな素晴らしいものをお前はくだらないって言うのか!? ふざけるな!」

 炎児が叫ぶと、ディスペラドは目を細めて鼻で笑った。

「ふっ……くだらないな」

「きさまぁ……!」


 今にも飛びかかりそうな炎児を、水希は肩を掴んで制する。

「炎児さん、どうか冷静に……。相手のペースに乗るのは危険です」

「水希ちゃんの言う通りよ」

 水希に続いて桜も、炎児を諭す。


「……くっ!」

 炎児は2人の忠告を受けて少し冷静になったのか、ふぅっと息を吐いて渋々引き下がる。

「愛だのなんだのと宣ったところで、そんなものは脆い。例えばここで行われている結婚とやらもくだらん。そこにあるのは愛ではない。打算なのだよ……」

 尚もディスペラドは続けるが、炎児よりも怒りを隠せない人物が1人いた。

 電輔の怒りに呼応してか、彼のラブリングがバチッバチッと電気を放っている。


「……今の言葉、取り消せよ……!!」

 声が低い。

 いつもの明るさが跡形もない。

 ハイパはきょとんとし、ボーリンはめんどくさそうにため息を吐く。


 そして……ディスペラドは興味もなさそうに言い捨てる。

「何度でも言おう。くだらない、とな」


 その瞬間、電輔の感情が爆発した。

「みんな変身してコイツ、ぶっ飛ばすぞ!! ラブ注入!ラブリーチェンジ!」

 ラブラブ~♪ ラブラブ~♪ ラッブラッブ~♪ ラブラブリ~♪ チュッチュ


 電輔に続き……。

「よっしゃぁ! そうこなくっちゃな!!」

「結婚はくだらなくなんてないわ!」

「くっ……いずれは戦うことになるんだし、こうなっちゃ仕方ない」

 炎児、桜、駿也もラブレンジャーに変身する。

「ちょ、ちょっと待ってください! 敵の能力もまだわからないし、向こうにはハイパと新しい怪人もいるんですよ……って、ああもぉっ!! ラブ注入! ラブリーチェンジ!!」

 最後に残った水希も変身し、ディスペラドへ向かっていく。



「フン……ハイパ、ここは譲れ。先ほどマモン様より直々に指令があったのだ。ラブレンジャーに挨拶してやれとな」

「えぇ~。僕ちんはラブレンジャーと遊びたいなぁ~!」

「いいから行け。これはマモン様の命令だ」

 ディスペラドがハイパを睨みつけると、彼は渋々といった様子で引き下がるのだった。

「ちぇ~……マモン様の命令なら仕方ないかぁ……。じゃあラブレンジャーのみんな頑張ってね~! バイバ~イ!」

 ハイパは空間の裂け目に吸い込まれるようにして消えていくのだった。


「くっ、待ちやがれ!」

「ラブレンジャー共よ、貴様らの相手はボーリンだ。フフフ、こいつは先ほどの問答の証明にはピッタリの能力を持っているぞ」

「ごちゃごちゃうるせぇぞ! ハイパの野郎は逃がしたが、お前くらいはぶっ倒してやる!」

 炎児がボーリンに殴りかかろうとすると、彼は

「あ~、つまらないつまらない。戦いもラブレンジャーの愛も全て退屈でつまらないよ」

と抑揚なく口にする。

 そして彼のマネキンの顔に、感情のない妖しい瞳が輝く。……と、同時にその目から黒い閃光が放たれ周囲に飛び散って行った。


「な、なんだ!?」

 ラブレンジャーたちには何も変化がない。ラブレンジャーのスーツがボーリンの能力を大幅に軽減したのだろう。

 だが……。

「ね、ねぇ……あれ!」

 ラブピンクが結婚式に来ていた人々の方を指差す。


 人々は無表情になり、「つまらない、くだらない」とぶつぶつ繰り返して、まるでゾンビのように歩いている。

「ボーリンの能力は『退屈』だ。その閃光には人を無気力にし、生きる気力を奪う効果がある」

 ディスペラドが説明すると、ラブレッドは拳を強く握りしめる。

「一時的にそうなってるってだけだ、そいつを倒しゃ全て解決だ! ここに愛はある! 愛の力で敵をぶっ倒す!」

 ラブレッドの言葉に続き、ラブレンジャーたちはボーリンの能力を聞いても臆することなく突っ込んでいく。


 だがヨークたちがその行く手を遮る。

「くそっ! こいつら!」

「これじゃあキリがないよ。こうしている間にも、ボーリンはもっと多くの人を無気力にさせてしまう」

 ラブグリーンがラブリーソードでヨークを斬りつけながら、4人にそう叫ぶ。



 その時だった。ラブレンジャーたちに秩父総司令から通信が入る。

「指令? 今、戦闘中ですっ! どうしたんですか?」

 ラブレッドがヨークの攻撃を捌きつつ尋ねると……。

「あ~、え~っと……あれだ、ラブレンジャーは解散で~す。なんかつまらないし、愛とか退屈なんで。てなわけで~、みんな解散してくださ~い」

「は?」

「え?」

「は?」

「え?」

「……はい?」

 5人は耳を疑った。

 だが秩父総司令の口調からして、冗談を言っているわけではないようだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! なんで急に!? それに愛がつまらないってどういうことですか!?」

 ラブレッドが食い下がるも、総司令は聞く耳を持たない。

「とにかく解散! もう君たちに用はないので。それじゃ、さよなら~」

 秩父総司令はそう言って、通信を切ってしまった。


「ま、まさか総司令までボーリンの能力にかかってしまったんじゃ……」

 ラブブルーが恐る恐る口にする。

「ボクの能力は範囲が広いからねー。首都である東京中なら最初の一撃で範囲内だからねー。君たちの大事な人たちももしかするとかかってるんじゃない?」

 気だるげに呟くボーリン。ラブレンジャーたちは自分たちの家族や友人など、大切な人たちの顔を思い浮かべる。

「真人兄ちゃん……琴音姉ちゃん……」

 ラブイエローが思わず呟く。


「ふん、ここで意気消沈した貴様らを捻りつぶすのは容易いが、私とボーリンはマモン様に謁見する時間だ。ラブレンジャー諸君、ここは失礼させてもらおう。せいぜい、『退屈』になってしまった人間どもを愛の力とやらで癒してみせるんだな」

「さよならラブレンジャー」

 ディスペラドとボーリンはそう言い残して、虚空へと消えていった。


「くっ……! とりあえず、この人たちを元に戻す方法を考えないと!」

「まずは基地に戻って、根盛さんにこの能力について分析してもらおう。時間が惜しい、急ごう!」

 ラブグリーンの言葉に頷くラブレッドたち。

「わりぃ、みんな……。先戻っててくれ、俺どうしても行かなくちゃならねぇとこがあんだ」

 ラブイエローはそう言うと、駆け出した。

(真人兄ちゃん! 琴音姉ちゃん!)



 ラブイエローは変身を解いて、先日結婚式を終えたばかりの2人の家へと向かっていた。

「真人兄ちゃん! 琴音姉ちゃん!」

 2人の家に着いた電輔は、チャイムを鳴らす。

「誰かしら?」

「電輔の声じゃなかったか?」

 琴音にそう返しながら、真人が玄関を開ける。


「真人兄ちゃん、琴音姉ちゃん大丈夫!?」

「電輔くん? どうしたの、そんなに慌てて」

 琴音が不思議そうに尋ねた。真人も同じような表情をしている。


「2人とも、退屈になったり、つまらなくなったりしてない??」

「何言ってるんだ、電輔。毎日とても充実してるぞ?」

「うん。真人も私も至っていつも通りだよ?」

 2人の答えを聞いた電輔は、少しホッとする。


「よかったぁ……! じゃあ、2人は愛がなくなってないんだね!」

 電輔がそう続けると。

「もちろん! 俺の琴音への愛は誰にも負けないよ!!

「もぉ、何言ってんの!? でも、私の真人への愛の方が誰にも負けてないもんっ!!」

 2人は互いに見つめ合い、幸せそうに笑い合う。


「電輔くん?どうしたの?」

 そんな2人を見て、電輔は心の底から安堵する。

「2人とも……よかった!本当によかった!俺ずっと心配してて……!」

 ボーリンの、自分の能力は東京中に及ぶという趣旨の言葉を聞き不安になった電輔だったが2人は無事だった。

 よかったと思うと同時に、もしかすると本当に好きなものや大事なものに対する思いは、ボーリンの「退屈」に負けないのでは、と思った。

「電輔……」

「ごめん、2人とも。俺ちょっと行くね……!」

 そう言って琴音と真人の家を出て行った電輔を、琴音と真人は不思議そうに見送るのだった。



 その頃、作戦会議室では。

「解散ったら解散っ! 俺は推しのちぃちゃんに会いに行くんだからっ! ラブレンジャーの総司令なんてやってられないの!!」

「そ、総司令! 目を覚ましてくださいっ!!ま、まずは落ち着いて、状況を……」

 帰り支度を済ませて作戦会議室を出ようとする秩父総司令を、ラブレンジャーたちが引き留めていた。

「うるさいっ! 俺はもう行く! 総司令なんてやめやめ!! ちぃちゃ~ん待っててね~♪」

 秩父総司令はそう叫ぶと作戦会議室から出て行った。


「くそっ! あの正義感が形になったような総司令が、あんなことになるなんて……」

 炎児は、やるせない気持ちから壁に拳を突き立てた。

「ちぃちゃんって誰なんだろね?」

 桜がう~んと考え込むように腕を組む。

「……いや桜さん、そこはあまり重要じゃないんじゃ……」

 水希は少し困ったようにツッコミを入れる。



 すると作戦会議室の扉が開いて、電輔が飛び込んできた。

「みんな! やっぱり愛の力に勝るものはねぇよ!」

 彼はこの状況に似つかわしくないほど明るい。そして、その理由を他の4人に説明した。

 真人と琴音、そして町の人々の様子から、本当に愛しているものに対する情熱はボーリンの能力をもってしても奪えないということがわかった。

「つまり愛の力は無限大ってことだ」

 電輔が力強く叫ぶと、炎児も

「まぁ、そういうこった。やっぱり俺たちは間違ってねぇ。ディスペラドにそう言ってやろうぜ!」

 と納得した。そして4人はそれぞれ頷き合い、電輔は作戦会議室を飛び出して行った。

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