第2話

【 スキル『自動反撃(フルカウンター)』が発現しました 】


雨に打たれながら、俺、カイン・アシュフォードは泥水に浮かぶその青白い文字を、ただ呆然と見つめていた。


「……スキル、発現?」


幻覚だ。 そうに決まっている。 家も、地位も、名誉も、婚約者も、親友も……あまりにも多くのものを一度に失った。 そのショックで、熱でも出して、頭がおかしくなったに違いない。


第一、スキルというのは、誰もが十五歳の洗礼の儀で授かるものだ。俺が授かったのは、ありふれた『剣術心得』。それだけだ。今さら、こんな土壇場で新しいスキルに目覚めるなど、聞いたことがない。


「……寒い」


理屈をこねるよりも先に、凍える体が現実を訴えてくる。 雨はみぞれ混じりになり、体温を容赦なく奪っていく。 俺は、震える足でなんとか立ち上がった。


「……行くしか、ないか」


国王が言っていた。俺の追放先は、王都から最も遠い「辺境の村」。 幸い、追放とはいえ最低限の荷物(着替えとわずかな銅貨)は持たされている。野垂れ死ぬには、まだ早い。


復讐? ざまぁ? そんなものは、どうでもいい。 今はただ、暖かい寝床と、温かいスープが欲しい。 俺の人生の目標は、今この瞬間、「明日の朝、凍死体で発見されないこと」に決定した。


(中略)


王都の門を叩き出されてから、三日が経過した。 街道をひたすら歩き続ける。 騎士団にいた頃は、馬での移動が当たり前だった。この惨めな徒歩の旅は、俺が「何者でもなくなった」という事実を、一歩進むごとに足の裏に叩き込んでくるようだった。


「……腹が、減った」


銅貨はまだある。 だが、街道沿いの宿場町は、俺のような「追放者」の風体の男には冷たかった。宿は断られ、食料を買い求めようにも、足元を見られて法外な値段を吹っかけられる。 結局、乾ききった黒パンをかじることしかできなかった。


そして、こういう「弱った獲物」の匂いを嗅ぎつける連中というのは、どこにでもいるものだ。


「ヒャハ!こいつはいいカモだ」 「ずいぶんやつれてるじゃねえか、元騎士サマよぉ」


森を抜ける街道に、三人の男が姿を現した。 ……盗賊だ。 使い古された剣と、錆びた短剣。その目には、獲物を見つけた獣の光が宿っている。


「……俺は追放された身だ。金も、価値のあるものも何もない。見逃してくれ」 「ウソつけ!その腰の袋、パンパンじゃねえか!」 「それは俺の着替えだ!」 「着替えだって?じゃあ、その服を脱いでもらおうか!その服も金になる!」


ダメだ。話が通じない。 こいつらは、俺から奪うことにしか興味がない。 明確な、混じりっけなしの「悪意」と「害意」が、じりじりと俺に突きつけられる。


俺は、騎士団で鍛えた癖で、腰に手をやった。 ……サーベルは、もうない。 丸腰だ。 相手は三人。こっちは疲労困憊。


「……面倒なことになった」


俺が呟いた、その時だった。 あの、青白いウィンドウが、再び目の前に浮かび上がった。


【 悪意を検知。『自動反撃(フルカウンター)』が発動します 】


「は?」


「死ねや、オラァ!」 一番ガタイのいい男が、雄叫びを上げて剣を振りかぶってきた。


終わった。 俺は、そう思った。 冤罪で追放された挙句、盗賊に殺される。なんとも締まらない人生だ。 俺は、固く目をつぶった。


―――しかし、衝撃は来なかった。


「ぐわぁっ!?」 「なっ!?おい、どうしたマヌケ!」


目を開けると、信jられない光景が広がっていた。 俺に斬りかかってきた男は、俺の三歩手前で、盛大にすっ転んでいた。 どうやら、自分が振り上げた剣の勢いに足がもつれ、近くの木の根に足を取られたらしい。 頭を強かに打ち付け、白目を剥いて気絶している。


「……は?」


「てめえ、何しやがった!」 仲間がやられたのを見て、残りの二人が逆上した。 一人は短剣を構えて突進し、もう一人は少し離れたところから弓を構えた。


まずい、二人がかりか。 そう思った、次の瞬間。


「うおっ!?」 短剣の男が、突如として足を止めた。 いや、止められた。 弓を構えていた男が、なぜか「うっかり」手を滑らせ、矢を放ってしまったのだ。 そして、その矢は、見事に、突進していた短剣男の尻に突き刺さった。


「ぎゃああああ!いってえ!おい、何しやがる!」 「わ、悪ぃ!手が滑った!」


尻を押さえて転げ回る仲間を前に、弓の男が狼狽している。 ……何だ、この茶番は。


「くそっ、こうなったら、お前だけでも!」 弓の男は、パニックになったのか、新たな矢を番(つが)え、今度こそ俺に向けて狙いを定めた。 明確な「殺意」が、俺に向けられる。


【 悪意(殺意)を検知。『自動反撃(フルカウンター)』が作動します 】


「死ね!」


ヒュ、と矢が放たれる。 だが、その矢が俺に届くことはなかった。 どこからともなく、一羽の鷹が空から急降下してきた。 鷹は、獲物(ネズミか何か)と勘違いしたのか、見事に矢をクチバシでキャッチした。


「「「…………」」」


俺も、尻に矢が刺さった男も、弓の男も、全員が固まった。 鷹は、きょとんとした顔で矢をくわえたまま、やがて「これ食えねえ」とでも言うように、矢を上空で離した。 放物線を描いて落ちてくる矢。


「あ」


弓の男が、間抜けな声を上げた。 矢は、くるくると回転しながら、重力に従ってまっすぐ落ち、そして―――。


プスリ。


弓の男、自身の、足の甲に突き刺さった。


「ぎゃあああああああああ!」


三人の盗賊は、こうして、一人は頭を打って気絶、一人は尻に矢、一人は足の甲に矢が刺さり、全員が戦闘不能となった。 俺は、指一本、触れていない。 ただ、そこに立っていただけだ。


「……自動、反撃……」


俺は、ゴクリと唾を飲んだ。 こいつは、とんでもないスキルを手に入れてしまったらしい。 俺に向けられた「悪意」や「害意」を、そのまま相手に跳ね返す。 それも、非常に「間が悪い」というか「うっかり」した事故(・・)という形で。


「…………面倒くせぇ」


俺は、痛みでのたうち回る盗賊たちに背を向け、再び歩き出した。 もし、このスキルが本当なら。 俺が静かに暮らすためには、ただ一つ。


「誰からも、悪意を向けられないように生きる」


それしか、ない。 復讐なんて、もってのほかだ。 そんなことをすれば、相手から「悪意」を向けられ、この面倒なスキルが勝手に発動してしまう。 俺は、目立たず、静かに、石ころのように生きていく。 そう固く決意し、俺は追放先の「辺境の村」へと、ようやくたどり着いたのだった。


村は、想像していたよりも……いや、想像通りに寂れていた。 石造りの粗末な家が数軒。痩せた土地。 村人たちの目も、どこか覇気がない。


「ひとまず、追放の命令書をここの代官に渡さないと……」


俺は、村で一番まともな(・・)建物である、役場兼代官屋敷の扉を叩いた。 出てきたのは、やけに腹の出た、脂ぎった中年の男だった。 バッジからして、ここの責任者、悪代官(・・)……いや、代官様だろう。


「ああん?なんだ、お前は。見ねえ顔だな」 「……王都から、命令書を持ってきました。カイン・アシュフォードと申します」


俺が「追放者」だと分かると、男の目が、品定めをするように、ねっとりと俺を上下に見た。 そして、ゲスな笑みを浮かべる。


「ほう……『元』騎士様か。こんなゴミ溜めに、ちょうどいい『おもちゃ』が来たもんだ」


その瞬間。 俺の目の前に、あの青白いウィンドウが、チカチカと点滅を始めた。


【 悪意を検知 】【 悪意を検知 】【 悪意を検知 】

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