第37話 その前にお前は常識というのを知ろ byアルス


 放課後、世界はため息を吐きながら帰り道を歩いていた。


「はぁ……どうして弓彦君は私のチョコを貰ってくれないんだろう……」


「あ、世界さん。今帰りですか?」


 世界が呟きながら歩いていると、袋を持ったムーンが声をかけてきた。袋の中身が気になった世界は、ムーンに尋ねた。


「あら、ムーンちゃん。それは何?」


「バレンタインのチョコです。お姉様に渡すため買ってきました」


「いいわね……そのチョコなら普通に貰ってくれそうで……」


「何か悩みがあるんですか?」


「ええ。あなたに言っても分からない友うけど」


「言ってみてください。私は賢者です。勇者と同じく人々を助けるのが仕事です」


 その後、二人は近くの公園のベンチで座り、話をしていた。


「弓彦君が私の作ったチョコを貰ってくれないの。思いを込めて作ったのに……」


「チョコに何を入れたんですか?」


「えーっと……(ピーーー!)と(ピーーー!)、それと(ピーーー!)も入れたわ」


「そんなもの入れたら食べられなくなりますよ」


「そうかしら?」


「そうですよ。もし仮に……仮ですよ。あの男があなたに変な物が入ったチョコを差し出したら嫌ですよね?」


「弓彦君の愛だと思って受け入れるわ!」


「他の男だったら?」


「口の中に押し込んで、富士山の火口へ突き落してやる‼」


「あの男も同じ気持ちですよ」


 この言葉を聞き、世界はショックを受けていた。


「そんな……私はその変質者と一緒の行為をしていたの……」


「はい。まぁそれ以外にもおかしいと行動はしていますが……」


 ムーンはため息を吐き、世界にこう言った。


「もう一度チョコを作りますか?」


「ええ」




 その後、世界は弓彦の家に行き、ムーンとアルスとキッチンにいた。


「何であんたもいるのよ?」


「お前が変なことをしないか見張ってやる」


「私はマジよ! マジで本当のチョコを作るから‼」


 アルスは世界の目を見て、本気であることを確かめた。


「どうやら本気で作るようだな。まぁ貴様とはいろいろとあるが、今日は貴様の手伝いをしてやろう」


 アルスは腕まくりをし、ムーンにこう聞いた。


「で、私は何をすればいいんだ?」


 この時、ムーンはアルスの料理の腕を思い出した。


「お姉様は何もせず、そこで見守っていてください!」


「いいのかー? それでも料理の腕は上がったと思うのに……まぁいいや」


 アルスは近くにあった椅子に座り、二人の様子を見た。


 アルスは世界が変なことをするだろうと思っている。だが、ムーンに教えられながらチョコを作る世界の目は、かなり真剣だった。いつも変なことをしている世界だったが、今はその面影がない。


「お前も真剣になればいい表情をするのに」


「それどういう意味?」


 ボウルを抱えながら、世界はアルスにこう聞いた。


「もう少し真面目だったらお前の思いは弓彦にも届くだろうに……」


「少し変われってこと?」


「お前の場合は全体的に変わった方がいい」


 と、アルスはあくびをし、こう言った。




 それからしばらくし、弓彦が家に帰ってきた。


「ただいまー」


「あ、あなたー。お帰りなさーい!」


 と、エプロン姿の世界がキッチンから現れた。


「おわ! 世界⁉ 何でここに⁉」


「私が呼んだんです。もう少しまともなチョコを作るためにね」


 ムーンがキッチンから顔を出し、弓彦にこう言った。


「まともなチョコ?」


「そう。そうすればあなたも世界さんが作ったチョコを食べるでしょ?」


「ああ……確かに」


 弓彦が返事をすると、ムーンがキッチンにくるように促した。


「はい。これ」


 世界は弓彦に、手作りのチョコを渡した。弓彦は恐る恐るチョコを手にし、世界にこう聞いた。


「何も入ってないよな?」


「私が確認した。大丈夫だ」


 アルスの言葉を聞き、弓彦は覚悟を決めてチョコを口に入れた。


「ん……うまい」


 弓彦の言葉を聞き、世界は声を上げ、喜んだ。


「うわーい! 弓彦君がやっとチョコを食べてくれたァァァァァ‼ イヤッフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‼ ホッホォォォォォォォォォウ‼」


 テンションが上がった世界は、そのまま飛び跳ねながら家から出てしまった。


「あいつが喜んでいるからそれでいいか」


「ですね」


 アルスとムーンは外で奇声を上げて喜ぶ世界を見て、こう言った。




 その日の夜。弓彦は夕食を食べた後、アルスに呼び出された。


「どうした?」


「チョコをやる」


 と、アルスは手にしたチョコを弓彦に渡した。茫然とした弓彦だが、アルスが声を出してこう言った。


「何ボケーとしてる?」


 アルスは弓彦にチョコを渡し、こう言った。


「恋とかそんな気持ちは分からないが……いろいろと世話になってるから、そのお礼として受け取ってくれ」


「あ……ああ。ありがとな」


 弓彦はアルスから渡されたチョコを手にし、食べようと思ってリビングへ向かった。だが、そこにいたムーンが弓彦を睨んだ。


「何お姉様からチョコを受け取ってるんですか?」


「何だよ……世話になったお礼だから貰っただけだよ」


「そうですかぁ?」


「そうだぞムーン。私は恋とか知らないぞ」


 このアルスの言葉を聞き、ムーンはそうですかと返事をし、弓彦を睨むのを止めた。




 その後、ムーンはいつも通りアルスが眠る部屋に来ていた。


「今日もお姉様と寝れるなんて最高ですぅ」


「そうか……」


 だが、当のアルスは何故か元気がない。不安に思ったムーンはアルスにこう聞いた。


「気分が変なんですか?」


「体は元気だが、気持ちというか、なんか世界が弓彦のために真剣にチョコを作ってた頃からもやもやしている」


「もやもや?」


「ああ。なんか嫉妬とかそんな気持ちみたいなのがわいてきてる感じ……かな?」


「そうですか……」


 ムーンは真剣に考えた。そして、導き出した答えをアルスに伝えた。


「すみません。私も分からないです」


「そうか……明日三毛か御代会長に相談してみよう……それじゃあムーン、お休み」


「お休みなさい」


 そう言って、アルスとムーンは布団の中に入った。


 ムーンは布団の中で、頭を抱えて悩んでいた。それは、アルスの悩みである。実はムーンはこの答えを導き出していた。導き出していたからこそ、アルスに伝えるのが嫌だったのだ。




 こんなこと、お姉様に伝えられない!この気持ちが恋だなんて……お姉様があの男に好意を抱いているなんて!


 私もそうだった。お姉様が他の人と仲良くしていると、もやもやしていた。この感情が好意というのをしばらくして知った。お姉様はいつも戦ってきたから、こんな感情は今まで抱いていなかった。だが今は普通の女の子! ちょっと癖があるけれど……。


 でも考えるのよ。お姉様もいつかは恋をして、誰かと結ばれるでしょう。私はその時を考えていなかった。


 少し落ち着こう……お姉様はこの気持ちが恋ということを気付いていない。気付いていないけど……いつの日か、お姉様はこの気持ちを知ることになるだろう。その時、私は一体どうしたらいいんだろう?

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