第8話 なぜなら私は勇者だから
崖から落ちた三毛は、気絶していた。しばらくし、目が覚めた。
「あ……あれ……」
下を見ると、かなり低い所に川が見えた。周囲を見回し、自分が今どんな所にいるか確認をした。三毛は今、ちょうど横になれるほどの大きさの岩場にいる。しかし、少しでも動いたら、下の皮へ落っこちてしまう。安全のため、動かない方が身のためだと、三毛は察した。
「そうだ……スマホを……」
と、スマホを取ろうとしたが、腕を動かした瞬間、痛みが走った。無理にでも動かそうとしたが、動くたびに痛みは強くなった。
どうしよう。
心の中で、三毛は困っていた。泣き叫ぼうとも、上まで声が届くはずもない。痛みが治まるまで、ここでじっとしていても、夜は冷え、そんな中で長時間いれば確実に体調を崩す。
私はここで死ぬのか……。
死ぬ恐怖と、情けない感情が、三毛の心を支配した。
「すみません……会長……」
小さく一言、三毛は呟いた。
三毛はあまり目立たなく、影のような少女だった。
そんなある日、三毛は普通に廊下を歩いていた。その時、誰かとぶつかった。
「ごめんなさい!」
「すみません!」
ぶつかった相手と、三毛はすぐに謝った。
「まさか、そこに人がいるとは思いませんでした……」
その相手は、何かを思いつき、三毛にこう言った。
「そうだ! ねぇあなた、生徒会の力になってくれない?」
そのぶつかった相手こそ、御代だった。その後、三毛は御代のために生徒会の影として働き続けた。働き終え、御代から褒められることが、三毛にとってうれしかった。そのことがあったため、三毛は御代と生徒会のために頑張ろうと思ったのだ。
「三毛、大丈夫かしら……」
三毛から返事がないため、御代は慌て始めた。そんな中、弓彦が走って戻ってきた。それを見た御代はすぐに弓彦に近付き、問いただした。
「ねぇ、三毛はどうしたの?」
「崖に落ちたかもしれませんが、アルスが助けに行きました。会長、先生はどこですか? 包帯と薬が欲しいんですが」
弓彦はこう言った。だが、慌ててもいない弓彦を見て、御代は叫んだ。
「あんた! 三毛のことが心配じゃないの? どーしてそんなに冷静でいられるのよ⁉」
「大丈夫ですよ。アルスが絶対に助けますので」
その頃、崖から降りたアルスは、周囲を見回し、三毛を探し始めた。
「意外と深くてでかい崖だな……よし。やってみるか」
アルスは目をつぶり、魔力を使って周囲を調べ始めた。
今アルスは、植物や動物の生命エネルギーを察知する魔法を使っている。その魔法を使えば、どこに何があるのか分かるのだ。
「よし……見つけた」
アルスは目を開き、空を飛び始めた。
「おーい、三毛! 私の声が聞こえるなら言うことを聞け! そこで待っていろ、今行くからなー‼」
大声を出しながら、アルスは空を飛んでいた。その声は、横になっている三毛の耳に入った。
「アルス? どこにいるの?」
起き上がり、周囲を見回したが、アルスの姿は見えなかった。しかし、声は聞こえている。声に従い、三毛はその場で動かず待った。すると、三毛の目には、空を飛んでこちらに向かってくるアルスの姿が見えた。
「え……空を……飛んでる⁉」
「よかった。無事のようだな」
アルスは三毛に近付き、体を見た。
「傷があるようだな……治癒魔法をかけるから動くなよ」
アルスは両手を前に出し、オーラを発した。
「なんなの、その緑色のもやもや?」
「治癒魔法のキューアだ。この位の傷ならすぐに治る。まぁ怪我した部位に触るから、少し痛いかもしれないが」
そう言うと、アルスは三毛の怪我した部分に手を触れた。アルスの言うとおり、少し痛かったが、痛みは徐々に和らいでいった。
「すごい……痛みが引いていく……」
「これで一安心だな」
治療を終えると、アルスは三毛をお姫様抱っこし、浮上した。
「うわわわわ!」
「慌てるな、また落ちる」
その後、アルスは崖から浮上すると、そのまま弓彦の元へ向かった。
向かう途中、三毛はアルスにこう聞いた。
「何故助けた? 私はずっとお前を監視していたのに……」
「私は勇者だ。魔王の討伐と、困っている人を見つけたら助けるのが役目だ」
「お前を監視していてもか?」
「お前は悪い奴じゃない。いい奴だ」
アルスにこう言われ、三毛は小声でつぶやいた。
「勘違いしてた。すまん」
数分後、三毛を抱えたアルスが、飛んでやってきた。その姿を見た部員や生徒会は驚いたが、弓彦は見慣れているため、驚きはしなかった。
「アルス、お疲れさん」
「うむ。生徒会長、三毛は無事だったぞ」
三毛は降りた後、御代の元に駆け寄った。
「生徒会長!」
三毛は御代に抱きつき、泣き始めた。
「怖かったでしょ、不安だったでしょ。もう大丈夫よ、あなたは無事に戻ってこれたんだから」
「ふェェェェェん!」
大声で泣き始めた三毛を、御代は優しくなでた。それを見た日枝が、羨ましそうにこう言った。
「いいな……私も会長に撫でられたい……」
「こんな状況で何言ってるんですかあんたは?」
弓彦は冷たい目で、日枝にこう言った。そんな中、未だにかかしに括り付けられた雍也が、こう言った。
「ごめん、こんな状況で言える言葉じゃないと思うけど、マジで助けて」
「しばらくそうしてなさい」
日枝はそう言うと、三毛に近付いた。
「無事でよかったです。見たところ、怪我もしてないし」
「アルスが治療をしてくれた」
そうですかと、日枝は返事をした後、アルスに頭を下げた。
「三毛を助けていただき、ありがとうございます」
「いや、頭を下げなくてもいい。私は勇者として当たり前のことをしただけだ」
頭を下げている日枝に対し、アルスはそう言った。
数分後、アルス達はロッジに戻っていた。
「あー……疲れた」
いろいろあってか、精神的にも肉体的にも披露した弓彦は、すぐに横になった。
「いろいろあったが、無事でよかったじゃないか。ほれ、おやつのチョコだ」
アルスは横になった弓彦の口に、チョコレートを入れた。
「ムガッ……無理やり押し込むなよ……」
「疲れたら何か食っておけ、母上殿が言ってたぞ、疲れた時には甘いものを食えと」
「自分で食えるからいいってのに」
「遠慮するな、もう一枚食わしてやる」
アルスは笑いながら、チョコを弓彦の口に入れた。それを見ていた世界は、急に殺意を発し、アルスに襲い掛かった。
「キィィィィィィィィィ‼ 弓彦君にチョコをあーんだなんて羨ましい‼ お前の立場をこっちによこせェェェェェェェェェェ‼」
飛びかかってきた世界に対し、アルスは背負い投げで世界を投げた。しかし、投げられている途中で世界は態勢を直し、着地した。
「何と」
「あなたを倒すため、私は修行をしたのよ。ああ、思い出すわ。つらく過酷な修行の日々を」
「お前一体どこ行ってたんだよ」
「界○星や尸○界、そして自分の腕を試すために暗○武術会に出場したわ」
「訴えられるからそれ以上言うな!」
弓彦はアルスに世界を黙らしてくれと頼んだ。その光景を見た世界は、嫉妬に狂い始めた。
「何で? どうして弓彦君は私を応援してくれないの? 何で? 何で何でナンデナンデナンデナンデ?」
「お前のそういうところが嫌いなんだよ。ちったぁその性格を直すように努力しろ」
弓彦は頭を抱えながら叫んだ。そんな中、三毛が部屋に入ってきた。
「二人とも、戦ってる暇があったら夕食の準備を手伝ってくれ」
その後、アルスと弓彦は夕食の材料を貰いに下にある洗い場へ向かった。
「何だ、自分たちで作れというのか」
「そのようだな。確か、キッチンに料理の作り方が書いてあったから、それを参考にしてやってみるか」
「弓彦、お前料理できるのか?」
「できない。アルスは?」
「無理だ」
少しの間、二人は黙った。
「仕方ない、世界か三毛が料理できるのを祈ろう……」
「だな」
二人はそう言うと、ロッジへ向かって行った。
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