それから私は、時々周子ちゃんのママを訪ねるようになった。きまって、パパが仕事でうちにいなくて、周子ちゃんも習い事で家にいない時間に。

 なんだか、恋愛ドラマで見たことのある、間男みたいだ。

 私はそんなふうに思って、自分がしていることがなんだか嫌になったりもした。でも、パパが仕事でいない夜、今日は周子ちゃんも習い事だな、と気が付くと、もう自分で自分を止められなかった。余所行きの服を着て、少しお化粧もして、そうやってちょっとでもきれいな自分を作ると、家を飛び出していた。

 もしかしたら、と、周子ちゃんの家に行く途中の道と、帰る途中の道ではいつも思った。もしかしたら、こうやって周子ちゃんの留守を狙って家に行っているのは、私だけではないのかもしれない。だって、家に来たことを周子ちゃんには黙っていてほしい、と頼んだとき、周子ちゃんのママは全く驚いた様子を見せなかった。他にも、私と同じようなことを言った誰かがいるのかもしれない。

 そう考えると、今にも泣きだしたいような気分になって、引き返せない、と、強く感じた。引き返せない。もう、引き返せない。それは、今、周子ちゃんの家に行く道のりを、ということでもあったし、もっと言えば、何度も周子ちゃんの留守を狙って周子ちゃんのママに会いに行くことを、でもあった。

 周子ちゃんのママは、いつ行ってもきれいにお化粧をして、上品なワンピースを着て、長い黒髪を端正に結い上げていた。その姿は、いつ行っても変わらない。そしていつも、周子ちゃんのママは、変わらずひとりだった。そりゃ、私がそういうときを狙って行っているのだから当たり前なのだけれど、なんというのか、周子ちゃんのママは、この世界中の誰からも切り離されてたったひとり、みたいな、そんな雰囲気をさせていた。周子ちゃんも、それから旦那さんだって、同じ家に暮らしているはずなのに、なぜだかそこはいつも、周子ちゃんのママひとりの気配だった。

 さみしくないのかな。

 いつも私は、周子ちゃんのママに対して、そんなことを感じていた。

 そしてそれは、周子ちゃんのママが私に感じていることでもあったらしい。

 いつものように紅茶を飲みながら、周子ちゃんの学校のでの様子について話していた真冬の夜、周子ちゃんのママが、静かに微笑んだまま、あなたは? と、凪いだ湖みたいに静かな声で言った。

 「私?」

 なにを訊かれているのか分からなくて、私は首を傾げた。

 

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