LAUGH

蟹谷梅次

第1話 不幸/orphanage

〈マゼイ塾〉というところにひとりの少年がいる。

 少年は真面目な性格をしているが友人は少ない。

 いつもひとりで図書館に籠もっていて、時折空だけ眺めている。

 色々な本を読んで、色々なことを知っている。

 人はそんな少年のことを〈雑学眼鏡〉と呼んでいた。


 ある日、〈マゼイ塾〉に新たな仲間がやって来た。

 この塾にやってくるのはみんな孤児ばかりなので、新たな仲間というのもやはり孤児なのだろうが、雰囲気が全然そういう感じではない。

 とてつもなく陽気で、いつも喋っていて、喋っていない時はたいてい笑っているような子供だった。

 雑学眼鏡の少年はその陽気な少年を苦手に思っていた。

 明るい奴は何処か薄暗いものだから怖くて仕方ない。


 性格も正反対だった二人が絡むことはなかった。

 基本的に陽気な少年は陽気な連中とつるみ、そういう連中は図書館には授業以外で近寄ってこないから、雑学眼鏡の少年とは接点がない。

 それはとても安心できる事実だった。


 そうして日々を過ごしていくと、なんの退屈もなんの面白みもない時代が素晴らしいと思うこともなく、ただ生きていくだけになる。

 赤い実がなっていても、それは変わらなかった。


 そんな少年たちにも、変化の日は訪れる。

〈マゼイ塾〉に不思議な生き物が現れた。

 不思議な生き物は不定形で半透明のゲル状の生き物で、〈マゼイ塾〉の子ども達を次々に取り込んでいく。

 血肉で赤みを増していく肉体に恐怖を覚える。

 雑学眼鏡の少年は普段ろくに運動もしていなかったので逃げ遅れてしまった。図書館には少年とその不思議な生き物だけ。

 だいぶ赤くなったその生き物は嘲笑うようにぷるぷると震える。


 助けを呼んでもきっともう誰も来ない。

 少年の人生は十歳で幕を下ろすのだろうか。

 そう考えると、案外悪くないように思えてしまう。

 死んでしまっても良いような気がする。

 ろくでもない人生で、誰かを幸せにすることもなく、ただ生きているだけの非生産的な人生なのだから死んでしまったところで損失はない。

 そういう様に思うと、心が段々と落ち着いていく。

 いままさにゲル状生物は目と鼻の先。


 というところで、窓ガラスの割れる音。

 ハッとしてそちらを向いてみれば、右手に松明を持った少年がいる。

 左手を見れば斧がある。右目を溶かされたらしく、怒りに満ちた左目で、笑っているように口角が上がっている。


「お前か……罪人は……」


 陽気な少年──ロジャー・セントロは有名な死刑執行人の息子であった。数多くの罪人を自らの手で始末する光景を幼い頃から見せられて、十五歳まで育つ。

 しかし、ゲル状生物により家族を殺された。

 その恨みが蓄積し、笑顔に似た怒りの表情をつくる。

 本棚に乱暴に斧を叩きつけると、左手を内側に丸め、手の甲を頬に押し付けて手首をボキッと鳴らしてから「ハァ」とため息をつく。


「避難先で……君の姿がないって皆が騒ぐものだから……ハァ……迎えに来た。……ここは俺が相手をするから……君はもう逃げろ」

「たっ、立てない……」

「…………じゃあァ……そこにいろ……」

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