ハルとユキ ロックなあいつとヤワな僕……って、そっちがTSするのかよ!?

真野魚尾

第1話 けだるい幼なじみ

 行きつけのカフェ、席は定位置、テーブルにはいつものカプチーノ。

 一見して何の変哲もない、僕の日曜がそこにあった。


 ドアベルを鳴らして待ち人がやって来るまでは。


「わりい、待たせちまって」


 ドクロ柄のシャツを着こなした背の高い少女が、僕の正面にどっかと座る。長い金髪をけだるげに掻き上げると、片耳に着けたイヤーカフがちらりと覗いた。


「さっきも返信したでしょ。気にしなくていいって」

「うん……はい、アーモンドミルクココアひとつ」


 注文の声に張りがない。ああ、いつもだったらもっと早く、幼なじみの不調に気づいてあげられたのに。


「それよりユキ、無理してない? 顔色悪いよ」


 僕が尋ねると、ユキはお腹をさすりながら本音を漏らす。


「いや、何っつーか……腹ん中でキ◯タマ鷲掴みにされてるみてーな感じする」


 隣の席の人が飲み物を盛大に吹き出していた。ごめんなさい。僕はユキの身体のほうが心配なので。


「それは大変だ。ちゃんと薬飲んできた?」

「んな軟弱なもんに頼れっかよ! こんぐらいの苦しみに耐えてこそ……男ってもんだろうが……!」


 ユキは語気を荒らげ、形よく整えられた眉の間に皺を作る。

 冗談で言っているわけじゃない。ユキはまだ自分のこと男だって信じているんだ。僕はその気持ちを尊重したかった。


 それはそれとして、やっぱり放ってはおけないから。


「我慢しちゃダメだよ。ユキがつらそうにしてたら僕だって楽しめないし。ユキには笑顔が一番似合ってると思う」


 頭痛持ちの僕は、携帯しているピルケースから鎮痛剤をユキに渡す。


「ハルがそう言うなら……わかったよ」


 渋々錠剤を受け取ったユキは、グラスの水と一緒にそれを飲み込んだ。意地っ張りなくせして、僕にだけは素直なんだよな。


 そんなところが、僕は――。


「ユキ、今日は無理せずに帰ろう」

「はぁ……せっかくハルと遊べるの楽しみにしてたのにな……」


 とがらせた唇のつややかさに、僕は一瞬釘づけになる。

 たった今胸の中で波立った感情に蓋をしながら、僕はユキに親友としての振る舞いをし続けた。


「また今度にすればいいよ。僕ならいつだって付き合うから」

「ごめんな、ハル。お前ってホントいい奴だよな」


 低めの声や綺麗系の顔立ちは大人びて映るけど、十七歳の少女そのものだ。

 けれど、その人懐っこい話しぶりや、ばつが悪そうに笑う目元には、僕のよく知る男友達の面影が確かに見て取れた。


 ユキの本名は氷室雪之丞(ひむろ・ゆきのじょう)。この僕、佐倉春壱(さくら・はるいち)の幼なじみで大親友だ。


 事の発端はひと月前、僕とユキ、二人きりでの夜に遡る。



  *



 高二の夏休みも半ばを過ぎようとしていた。

 人生に一度しかない季節を名残惜しむ気持ちは、もちろん僕にもあったのだけど。


「何かこう、青春っぽいイベントが欲しいよな!」


 ユキが突拍子もないことを言い出すのには慣れっこだった。何しろ、僕たちは幼稚園からの付き合いなのだ。


 気が小さくて引っ込み思案の僕にとって、ユキは親友と呼べる唯一の存在だった。

 ユキは僕とは正反対の社交的な性格だけど、仲良くなった相手にウザ絡みしがちなのが避けられるらしく、僕だけが気の置けない話し相手だった。


「イベントって言えるかわからないけど、来週に流星群が見れるらしいよ」


 僕がネットで拾った噂がユキの人生を、そして僕の心を変えるきっかけになるなんて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る