第1話「目覚めた世界」
まぶしい光が、瞼の裏を照らした。
理奈はゆっくりと目を開けた。
そこにあったのは――見知らぬ天井だった。
白い天蓋、淡いクリーム色のカーテン。
ふわりと揺れる布の向こうで、朝の風が香りを運んでくる。
(……ここは、どこ?)
起き上がろうとした瞬間、胸の奥がざわついた。
怖いような、寂しいような、でもどこか懐かしいような――
説明のつかない感覚がせり上がる。
そのときだった。
ふと、頭の中にかすかな“ことば”が浮かんだ。
――『……ディア……? ……聖……?』
まるで霧の向こうから聞こえる誰かの声。
(……これ……誰の声? 私? それとも……)
思い出そうとしても、記憶は白紙のまま。
名前も、昨日のことも、すべて霧に覆われている。
胸がズキリと痛んだ。
「……私……どうして、何も……」
そのとき、部屋の隅に置かれた鏡が目に入った。
ゆっくりと近づき、鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは――
自分とは思えないほど整った少女の姿。
淡い金糸のようなブロンド。
空のように澄んだ青い瞳。
白いローブが光を受けて絹のように揺れている。
「……これが、私……?」
鏡の縁には古い文字で名前が刻まれていた。
――『リディア』
その名を見た瞬間、胸が跳ねた。
懐かしいような
悲しいような
温かいような
説明のできない感情が、胸の奥に波紋を広げていく。
(どうして……知らない名前なのに……涙が出そうになるの……)
こぼれそうになった涙を拭ったそのとき。
コンコン、と扉がノックされた。
「リディア様。大司教様がお目覚めの確認を、とのことです」
柔らかい声の少女――
修道服を着た侍女、マリアが姿を見せた。
「……私……リディア?」
思わず問い返すと、
マリアは少し驚いたように瞬きをし、それから優しく微笑んだ。
「記憶が混乱されているのかもしれません。
でも大丈夫――あなたは女神に選ばれた“聖女リディア”です」
聖女。
その響きに、理奈の胸がまたざわめいた。
(聖女……? 私が……?)
「大司教様がお待ちです。どうかご安心を」
マリアに導かれるまま、理奈は部屋を出た。
けれど、歩き出しても胸の痛みは消えない。
――誰かを、思い出しそうな気がする。
――でも、その“誰か”の顔がどうしても浮かばない。
(どうして……こんなに苦しいの……
誰……誰を忘れているの……?)
理奈は胸元を押さえながら、静かな廊下を進んだ。
この痛みが
遠い場所で同じ朝を迎えている“黒髪の少女”と
確かに繋がっていることを――
このときの理奈は、まだ知らなかった。
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