第5話 崖っぷち領地の危機
「魔獣が出たぞーっ!」
今日も今日とて、城下の視察をしようとしていたら、城に慌ただしい伝令が駆け込んできた。
大きく息をつく伝令から話を聞けば季節性の魔獣の小群れが出没し、領都近くを荒らし始めているという。
だと言うのに、城に集められた下位貴族たちは顔を見合わせるばかりだった。
話を聞けば、本来なら上位貴族が前に立ち、剣に魔力をまとわせて大技で一掃するところだが……。
「貴族の人数が少なすぎて……」
「我々では、せいぜい灯りを点ける程度の魔力しか……」
弱々しい声ばかりが並ぶ。
下位貴族は魔力が少なく、戦うときには剣をちょっと頑丈にするぐらいしかできないらしい。
平たく言えば、魔獣を倒すには力不足。
むしろ、魔獣に食われたらその分の魔力が栄養にされちゃうらしい。
(……なんて夢のない弱肉強食な世界でしょう)
よくあるお話ならここで、誰か覚醒したりするんだろうけど、ちょうどその覚醒しそうな年代の少年少女は王都の学院でお勉強中だ。誰もいない。
今の領地にいるのは、学院に行かないほど幼いか、歳を取っているかだ。ちょっと覚醒を期待するには、こう、心もとない。
そして、魔獣は魔力のない領民からすれば手も足も出ないのだとか。
だから、伝令からの報告を聞いて怯えた領民はただ縮こまるしかなく、誰も「出撃して領地を守ろう」とは言わなかった。
私はぐっと唇を噛んだ。
(……ああ、そうか。誰かが“やってくれる”なんて思っちゃいけないんだ)
本当は、領主一族や上位貴族が剣を取って、領民を守らなきゃならない。
でも父様は城の防衛のため、城から離れられず、正妻のマルガレータ様には武力がない。
側妻カロリーナ様は、元下位貴族な上に、まだ新婚で右も左もわからない。姉は十二歳で学院に行ってる。当然ながら、赤ん坊の弟は泣くだけ。
つまり――。
(動けるの、私しかいないじゃん……!)
どくん、と心臓が跳ねた。
怖い。目の前にいる大人でもある下位貴族が、勝てない魔獣に挑まないといけない。
でも、やらなきゃ本当にこの領地は滅ぶ。経済的……とかではなく、物理的に魔獣に潰されてしまう。
「……決めた」
小さく、でもはっきり口に出す。
「生き延びるために、この領地を立て直す。絶対に」
その言葉は、誰に聞かせるでもない誓いだった。
自分が矢面に立たなくて良いように、貴族を育てなければならない。それは自明の理だった。
ただの七歳の子どもが、領地再建を心に決めた瞬間だった。
(二度と同じ失敗はしない。一人で動かない。過労死だけは嫌だ。今度こそ、生き延びるんだ――!)
決意とともに胸の奥がじんわり熱くなる。
そうして私は、領地再建という名の書類戦場の前に、ファンタジー世界ならではとも言える魔獣戦に足を踏み入れた。
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