28話:旅行前夜は波乱の予感
――僕の日常はここ最近、めずらしく静かだった。
いつもの不運も、小さな騒動もない。
……そう、“あの誘い”が来るまでは。
時は夏休みの直前まで迫っていた。
僕は弁当を食べ終わると、机の上で突っ伏す。
「薄ー!」
弁当の余韻でだらけていた僕を、やたら元気な声が叩き起こした。
顔を上げると、チャラさ全開の茶髪が視界に入る。
第一ボタン外し、腕まくり、無駄に爽やか。
なのに顔だけはイケメンだから始末に負えない。
見た目通りの陽キャで、誰にでもグイグイ行くタイプだ。
「薄、突然だが夏休み! 旅行に行こうぜ!」
「りょこ……え……?」
本当に突然だな⁉
「なんで僕が行かなきゃならないんだよ」
「えー。いいじゃん、いないんだよ、メンバーが」
「知らないよ!」
そう断るも、相変わらずのグイグイ具合で引きそうになかった。
「夏休みといえば旅行じゃん? 海じゃん? 肝試しじゃん?」
「龍城が行きたいだけだろ!」
「そのとーりっ!」
……胸張って言うなよ。
願わくば僕を巻き込まないでほしい……この、陽キャめ!
すると龍城は眉を下げて、小さく言葉を零した。
「残念だなー。じゃ、東雲と行ってくるわ」
「行く」
反射だった。
体が勝手に反応した。脳はまだ事情を理解してない。
「ちなみに、どれくらいの旅を予定しているんだ?」
「うーん。二泊三日かなー」
龍城が一人、旅行計画について盛り上がるのを僕は傍で話半分に聞き続けた。
――悲しくも、休憩時間は丸々潰されることになった。
*
放課後。
昼休みの会話を聞いていたエールが、きゃいきゃいと騒いでいた。
「やったのですー! 旅行っておいしいものたくさん食べられるのですよね?」
「食べ物のことしか頭にないのか……!」
僕の反射的なツッコミに、エールはふんすっとふんぞり返る。
「聞いて驚けなのです! 食べ物があるところにエールあり、なのですっ!」
「強欲神め……」
呆れて言葉も出ない。
楽しそうなエールを連れて、いつものように帰宅した。
僕の家では神様が絶賛、パーティ中だ。
机に散らばったお菓子の袋に、僕は頭を抱えた。
「あら、幸ちゃんおかえりなさい!」
「ロキ! クラグノス様、ヴィール様っ! 旅行することになったのですよ!」
「旅行? なんだそれは」
クラグノスが珍しく興味深々に聞いた。
楽しそうに説明をするエールを横目に、僕はスクールバッグを下ろして一息つく。
と、休む暇もなく、エールが訊ねる。
「それで幸、エールたちはいつ出発するのです?」
「“たちは”って……お前らも来る気なの?」
「当たり前なのです! 旅行=イベント=おいしい物=しあわせ!」
「なんでイコールで全部繋がるんだよ……」
エールは胸を張っているが、隣のロキとヴィールは微妙に目を逸らしている。
クラグノスに至っては腕を組み、どこか考え込んでいるようだった。
「……いや待て。お前ら、本当に来るつもりなのか?」
「行くわよ、幸ちゃん」
ロキが当然のように微笑む。
「“お世話係”がいないと、あなた死ぬでしょう?」
「勝手に殺すなっ!」
今度はヴィールが口を開いた。
「……気づいているか、クラグノス」
そう言われて、破壊神はいつも以上に顔をしかめた。
「……日に日に気配は大きくなるばかり。だが、距離の問題ではない。
“こちらから見つけることを拒むように”姿を隠している」
「どういう、ことだよ?」
僕がそう聞き返すと、ヴィールはあくまでも冷静を保ちながら告げる。
「この人間界に来て、創造神の力が増幅してるんだ。まるで、依り代から命を搾り取るように。そうでないと、ここまでの膨れ上がり方に説明がつかない」
「その、力が膨れ上がるとどうなるんだ?」
僕の言葉に、少し言いづらそうにしていた。
……二人の会話からわかっていた。世界のタイムリミットが刻一刻と、削れているんだってこと。
「同じ世界だが、同じ世界にあらず。やつの目的は不明だが、いずれ時間を置かずに再構築されるだろうな」
ヴィールの言葉に、僕の心臓は跳ね上がった。
いままで感じた違和感を元に、思い返す。
じゃあ、誰の命を犠牲にして世界をまるごと膨らませているのか?
――もう、わかっているじゃないか、僕。
「旅行、エールとロキで行ってくるといい。私とクラグノスは単独で行動しよう」
ヴィールの言葉に、クラグノスも立て続けに言った。
「目星こそついているが、周りを巻き込むような派手な事件を起こすわけにはいかない……だろ、貴様」
僕は静かに頷いた。
楽しいはずの旅行の話から一転、しんみりとした空気が僕たちの心を締めつける。
破壊神たちは創造神を見つけるために顕現したんだよな――その事実を、忘れかけていた。
僕は息を整えて、必ず創造神から救うことを決意する。
――そうだろう、三谷。
*
翌日……終業式を終えて、学生にとって嬉しい夏休みが始まった。
それでも、僕は気が気でない。昨日の話を聞いてしまうと、余計に……。
「あっ薄!」
ぼうっとする僕を追いかけるようにして、龍城が声をかけた。
「旅行、明日な! 駅集合!」
「突然だなッ⁉」
「なんでも思いついたら即行動だぞ!」
バレないように、いつものテンションで乗っかった。
この元気さを見ていると、自然と涙が零れそうになった。
嬉しさと、楽しさと、辛さと、いろんな感情が一斉に同居してぐちゃぐちゃになりそうだ。
「ホテルはもう予約してる。メンバーは、東雲と三谷、俺と薄な!」
「そ、そうなんだ」
「じゃ、明日! 遅れるなよ!」
まるで嵐のように去っていった。
僕の感情は迷子寸前で、嫌な思考をかき消すように首を振った。
*
カンカン照りに世界を焼く日差しの元を歩きながら、僕はドラッグストアで日焼け止めを買い、スーパーでちょっとしたお菓子を買い足した。
夏旅行では、こんなのが案外役に立つ――そんな当たり前のことを考えて、“日常”を取り戻した気になろうとしていた。
そんなの、今更できるはずないのに。こうして静かにしていると、嫌な思考もふつふつと湧き上がってきて自己嫌悪のループに陥ってしまう。
家に帰ると、ロキたちは珍しく静かにしていた。
まるで、僕の胸のざわつきを察しているみたいに。
キャリーバッグを開いて、服や充電器を詰めていく。
ただの旅行前夜のはずなのに、手が少し震えた。
「……絶対、護るから」
ぼそりと呟いた声は、思っていた以上に弱かった。
東雲さんも、三谷も。
そして――あいつも。
この旅行が、すべての分岐点になる。
そう思うだけで、胸の奥がぎゅっと痛む。
それでも、行くしかない。
逃げればきっと、取り返しのつかないことになる。
キャリーバッグのファスナーを閉めた瞬間、心の奥底でひとつ覚悟が固まった気がした。
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