9話:異質な出会い 前編

「幸、幸! 七さんと仲良くなったからって、油断しちゃダメなのですー!」

「わ、わかってるよ」

「本気で大好きなら、びしっとカッコいいところを見せるのです! もたもたしてたら、誰かに取られちゃいますよー!」


 休み明け。

 その日は、エールのアドバイスに従って東雲さんを探していた。

 エールに出会う前の僕なら、きっとまだ話しかけることもできずに遠くから見つめるだけの生活を続けていたに違いない。

 ……いろいろあったけど、今では心の底から感謝している。


 とはいえ――告白なんて、まだ早いよなぁ。

 そんなことを考えながら登校していた今朝のことだった。



 そんなこんなで、エールの作戦はこうだ。

 東雲さんが不良に絡まれているところを、僕が助ける。

 そうすれば、感謝の気持ちと一緒に僕のことをさらに好きになってくれるはず! 


 ……なんて単純な作戦なんだッ!

 どこかで見たぞ、それ!


「不良さんは雇えばいいのですー」


 そこが問題じゃないのだけど。


「あっ、東雲さ……」


 エールの言葉を半ば無視し、東雲さんの姿を目に映した。

 わざわざ校舎裏にいるなんて、一体どうしたんだろう? 珍しいこともあるもんだ。

 ぴょん、と飛び跳ねるように僕が顔を覗かせる。すると何やら不穏な光景が目に飛び込んできた。


「いいじゃん、今日くらいはさ。俺とサボってどっか行こうぜ」

「やめてください……」


 僕と同学年の生徒だ。校内でも特にひどいサボり魔で有名な不良が東雲さんに迷惑をかけている。

 不良のしつこい誘いに、彼女は顔を引きつてらせて涙を浮かべていた。

 これはマズい。けれどある意味、非常に助かる展開だ。

 本物の不良を追い返せる、演技などいらない最高のシチュエーションとして。


「エール、東雲さんのピンチだ!」

「はっはい! 了解なのです!」


 僕の言葉に対してエールは敬礼ポーズで返すと、神能人離を行うための呪文を唱えた。


「人を離れて神よ――」

「おい。お前」


 エールの詠唱よりも先に、静寂を具現化でもしたような、暗く深い声が空気を切り裂いた。

 その声は、ピリリと皮膚を伝って冷や汗へと変えた。


 現れた男が不良と東雲さんとの間に割り込む。

 背は標準よりも高く、俗に言うモデル体型というやつか。

 いいや、足が長くてスタイルはいいが、どうもひょろりとしていて、もやしと呼ぶに相応しき体つきだ。

 不良を恐れず東雲さんのピンチを救ってくれるなんて、いいやつもいるもんだなあ。

 しかし突如として現れた男には問題点があった。


 ……なんなんだこいつ!

 うちの学校では防犯上の理由で、帽子の着用は禁止されている。

 ……にもかかわらず、男は黒い帽子を目深に被っていた。

 あからさまに校則を破っているその男は、最初の一言のみを残してじっと不良を見続けていた。

 睨むわけでもなく、ただじいっと不良を凝視する。


「な、なんなんだよお前! や、やろうってーのか? お?」


 押しつぶされそうな威圧感に、不良は虚勢を張って拳を振り上げる。

 だが、体はおろか、表情筋すらもぴくりと動かさない男。チキンな不良を震え上がらせるには十分すぎる不気味さだった。

 不良は生唾を飲み込むと、その場から一目散に逃げ出した。


 不良が消えるのを待ち、男は静かに歩き出す。

 もしかして、クールなフリをして、東雲さんに『大丈夫ですか』なんて声を掛けて好感度を上げる気じゃあ……!

 どこかの雑誌に、女性はそういうギャップ萌えが好きだって書いてあったぞ!

 ダメだ、それでは僕の恋の成就が絶望的になってしまう!


 そう思っていたのも束の間、男は東雲さんをじっと見つめると、こんなアイドルを目の前にして、踵を返す。

 何も喋らない。何もアクションを起こさない。ただ不良を払うだけ払い、彼女を無視する男に、僕は悔しくて……いつの間にか握り拳を作っていた。


「おっおい! どこに行くんだ!」


 僕はいても立ってもいられなくなって、男を後ろから引き止めた。

 男もまた、顔だけをこちらに向けて僕に目を凝らす。


「し、しっ……東雲さんを無視するなよ! 大丈夫か、とか、何か一言ないのか!」


 さっきは好感度をあげるなんて卑怯だ、なんて思ったけど。東雲さんをスルーしようとした男は、それはそれで許せない。彼女を悲しませる気かよ!

 僕の憑依は完全に解け、素の僕で男に対抗することになった。


 ……肝心の男は無言のまま、ゆっくりと僕に歩み寄った。

 そして、肩の方へと視線を滑らせる。

 ……まるで隣にいるエールを見ているようだ。


(エールを見てる……?)

 止まらない冷や汗。僕は呼吸を整えて、そいつに言った。


「もしかして、エールが……?」


 東雲さんに届かない声量で、息に紛らせて告げた。

 途端、目の前の男は帽子のつばを震える手で握り、さらに深く被ってしまった。目を合わせたくない理由でもあるのだろうか。

 エールの方を見ていた男は、さっと振り返る。

 その場で深い呼吸を二、三度繰り返し、慌てた様子で東雲さんに声を掛けた。


「東雲、怖かったろう。もう大丈夫だからな。それじゃ」


 きっちりと僕の言い分を守った男は逃げるように去って行く。

 絶対に関わっちゃいけないし、危ないやつだと思っていた。けれども、あまりの拍子抜けに、足腰から力が抜けたように地面にへばりついた。


「……な、なんなんだあいつ」

「薄くん、大丈夫!?」


 心配しながら駆けつけてくれる東雲さんに、大丈夫だよと笑い返した。

 それにしても、何でだろう。あんな生徒、うちにいたかな。

 もし僕が気づいていないだけで、うちの生徒だったとしても。あの格好で学校をうろついた日にゃ、先生に激怒されて校則違反で取り締まられて、それなりに有名になるはずだけど。


「東雲さん、あいつ、誰か知ってる?」

「薄くん……知らないの? 一年生の時も一緒のクラスだったじゃない」


 うっ。東雲さんの疑問が、僕の心を抉る。

 知って当たり前だよ、とでも言いたそうな、可哀想な目で僕を見つめる彼女。

 哀愁漂う瞳に我慢できず、咄嗟に言い訳をした。


「はっ! いやいや、知ってる。知ってる、けどー……名前、思い出せないんだよね」


 もっと最悪じゃないかあ!

 何を言ってるんだ、僕のばか……!

 これじゃあ『人の名前も覚えられないダメなやつ』のレッテルを張られてしまう!

 しかし東雲さんは、そうなんだと納得してくれた。特に問い詰めないなんて、やっぱり天使だ……。


「私達と同じクラスの、黒木くんだよ。黒木憬(くろきけい)くん」

「……くろき、けい」


 僕の記憶を探ってみる。

 ……そんな人がいたよーな、いなかったよーな。うーん、わからない。


「まあ知らないのも無理ないよね。あまり学校に来なかったし、一年の三分の二は休んでいたんじゃないかな」

「そうなの?」

「うん」


 なんだ、不登校だったのか?

 なら知らないのも無理は……なんて、この空気で開き直ることはできないよなあ。


「黒木くん、体が弱いから。その上、少し無口で人付き合いが苦手みたいなところがあるから」

「な、なるほど」


 ますます下手な言葉を並べることができなくなっていく。

 東雲さんは天使だから自分のクラスの子をちゃんと把握しているみたいだけど……。

 一体、同じクラスの何人の生徒が、黒木の存在を覚えているのだろうか。


「でも、最近は人が変わったように登校してるみたいなんだ。教室には顔を出さず、出席だけ……みたいな形らしいけど」

「どういうこと?」

「わかんない。じゅんちゃんが言ってた」


 三谷の情報か。あいつはともかく、東雲さんが言うなら間違いない。


 人が変わったように、ねえ。

 それにしたって高一の大半を休んだやつが、急に学校にこられるものだろうか?

 普通は気まずいはずだし、例え神経が図太く、学校にくるのが平気だったとしても……教室に顔を出さないのに出席扱いになるのがよくわからない。

 いや、病弱だからってひいきされている可能性もあるけど。


「あ、黒木くんにお礼、言ってないや」

「東雲さん、あいつにうかつに近づかないほうが……」

「どうして?」


 東雲さんは不思議そうに言った。

 

 あいつはエールの姿が見えている。ありえないはずの現象。

 僕がエールと出会った時点で不思議な出会いなんだ。そこに別の何かが悪さをしていたってなんらおかしくはない。

 そうなれば東雲さんに危害が及ぶかもしれないと、彼女を引き止めた。けど引き止め方が悪かったようだ。彼女はきょとんとした目でこちらを凝視している。

 このままでは僕の方が悪者になってしまう。

 仕方ない。とりあえず個人的にでも、黒木について……急に学校へ登校し始めた理由について、調べてみるか。

 僕は一呼吸のあと、東雲さんに笑って返した。


「ごめん、何でもない。聞き逃して」

「変な薄くん」


 東雲さんはにこりと微笑んだ。

 僕は誤魔化すように、情けない言い訳を口にした。


「あはは、ほっほら! 黒木ってすげーイケメンでしょ! だから嫉妬、ほら、嫉妬しちゃって。東雲さんが、黒木の東雲さんにならないか、とか!」

「ふふっ、確かに黒木くんってカッコいいよね。女の子なら誰しも、黒木くんみたいな無口な男の子に愛してもらいたいって思うかもね」


 僕の心を貫く、一本の槍。

 くそ……弁解するためとはいえ、得体のしれないやつを褒めてしまった。

 その上、東雲さんがベタ惚れじゃないか。

 僕としたことが、僕としたことが……!


「あっ休憩終わっちゃう。じゃあね、薄くん! 私、黒木くんを探さなきゃ!」

「う、うん。それじゃ……あ」


 小走りに駆けていく彼女の背を、僕はただ泣きそうになりながら見つめていた。

 人間、こんなに悲しい気持ちになることって、あるんだね。

 いつにも増して肩が軽い気がするよ。


「ねえエール」


 エールに言葉を投げる。

 しかしそこに、エールの姿はなかった。僕を置いて、どこに行ったんだあいつは。


「エール……? おいエール。わっとっと! チョコアイス!」


 僕の言葉は虚しくも空を切った。

 エールの大好物を叫んでも、戻ってこない。


「……どこに行ったんだよ」


 エールを探したいのは山々。けれど非情なチャイムは全生徒に至急、教室に戻ることをお知らせしてくる。

 黒木憬、か。あいつのことは気になるけど、とりあえず調査の方は学校が終わってからかな。

 先生に聞けば何かわかるかもしれない。


 

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