第11話 映画のような現実、ファンと子役の焦り

【衝撃】“雪(ゆき)”の首輪、やっぱり本物の宝石だった!?【公式が動いた】


1: 名無しさん@お腹いっぱい。

なあ、あの犬…雪って言ったっけ? でかいし静かすぎだろ。

てか、あの首輪、ただの飾りじゃないよな?


2: 名無しさん@お腹いっぱい。

あれ絶対宝石。光の反射おかしかったもん。スタジオ照明じゃ出ない光。


3: 名無しさん@お腹いっぱい。

役者二人(神崎&丸川)の衣装も気になった。

海外ブランドじゃないのに、ラインが完璧すぎた。


4: 名無しさん@お腹いっぱい。

ロゴなし、タグなし。既製品じゃない。

まさかのオートクチュール?


5: 名無しさん@お腹いっぱい。

「雪のビジョンブラッド、本物だと思います。家族が宝石関係です」

って投稿見た。これ信じていい?


6: 名無しさん@お腹いっぱい。

公式、さっき写真アップしてる……!

神崎と雪が黒の外車で宝石店に行ってるやつ!


7: 名無しさん@お腹いっぱい。

待って、店員と店長が外まで出迎えてる!?

あれ、芸能人でもなかなかやられない対応だぞ。


8: 名無しさん@お腹いっぱい。

しかも案内されたの「特別室」って書いてある……

なにその待遇……。


9: 名無しさん@お腹いっぱい。

公式、追記きた。

『ご相談を受け本店に確認し、一点もの、ビジョンブラッドを寄贈させていただくことになりました』


【速報】犬に宝石“寄贈”?外車で来店?宝石店の店長コメントが意味深すぎる【マドモアゼル雪考察】


1: 名無しさん@お腹いっぱい。

寄贈!?って書いてあるんだけど公式……

これ、冗談じゃなくてマジ?????


2: 名無しさん@お腹いっぱい。


1

公式コメントスクショしたけど

「一点もの、ビジョンブラッドを寄贈させていただくことになりました」って……ガチやん……


3: 名無しさん@お腹いっぱい。

いやいやいや、寄贈って何!?犬に!?

しかもテレビ出たの今回が初じゃなかった?


4: 名無しさん@お腹いっぱい。

嘘だろ……

あの犬が外車で宝石店に来て、特別室に案内されて、宝石寄贈されて帰っていったってこと???


5: 名無しさん@お腹いっぱい。

しかも店長のコメント見た?

『本店はマドモアゼルのことをご存知です』って……


6: 名無しさん@お腹いっぱい。

マドモアゼルって……雪のこと!?

宝石店の本店が犬を“ご存知”ってどういう状況だよ……


 番組の影響力は凄まじかった。

 映画の存在は一夜にして拡散し、業界内外の空気も一変した。

 役者の衣裳や小物は海外ハイブランドのものかとSNSが騒ぐ。だが、一番火がついたのは――子役の親たちだ。


 「息子が出たら、一生の箔がつくわ」

 「うちの娘の方が“映える”に決まってる」

 「犬と並べて自然な演技ができるのは、うちの子くらい」

 子役親のグループチャットは、静かな戦場と化した。

 誰もが「うちの子こそ」と譲らず、他人の実績には目もくれない。

 話題は演技力でも、脚本でもない。

**“雪と共演する”**というただ一点に、全ての価値が収斂していく。

 「あんな大きな犬なのに、まるで家庭犬みたいだった」

 「落ち着いてるし、子供と絡ませても安全よね」

 「SNS映えもするし、絶対話題になる」

 彼らが見ていたのは“作品”ではなく、自分の子をどこまで“売れる”存在にできるかだけだ。

 芸能界で生き抜くための焦り、他人に先を越されたくないという妬み。

 雪の優雅さが引き立てるのは、彼らの打算と浅ましさだった。

 制作会社への問い合わせも過熱した。

 すべては“我が子”が“雪”と同じフレームに収まる、その一瞬のため。


 その裏で、実力も覚悟もない子役をねじ込みたい親同士のマウント合戦が続く。

 「まだ決まってないって情報が回ってる」

 「コネを使えば滑り込めるかも」

 「断られても何度でも食い下がればいい」

 人間の欲の泥臭さ――それが今、雪の“静寂”と鮮烈に対照をなしていた。


 遠藤は、あの時の光景をどうしても忘れられなかった。

 番組収録のあと、写真を撮るつもりで手にしていたカメラ。

 だが、犬――雪が現れ、その隣に静かに立つ外国人紳士を目にした瞬間、自然と指が止まった。

 周囲を見渡すと、他の記者たちも同じだ。

 誰もシャッターを押していない。

 日本人同士なら強引に写真を撮っても「仕事だから」と割り切れる。

 だが、相手は違う文化圏の人間。

 勝手に写真を撮ったら、法的措置を取られるかもしれない。

 そんな警戒心と不安が場の空気を支配していた。

 プロとして、撮るべきだった。

 だが――身体が言うことをきかなかった。

 その晩、公式サイトを開いた遠藤は、さらに息を詰まらせることになる。

 母犬の写真がUPされていた。

 素人目にも、日本犬のような静けさと威厳を湛えた母犬― ―明らかに普通ではない。

 遠藤の目は、その佇まいに吸い寄せられた。

 “何かが違う”という直感だけが胸に残った。

 さらに、高級宝石店での写真。

 雪と役者の神崎が外車で乗りつけ、特別室に案内されている。

 そして、店員だけでなく店主までもが外で出迎えていた。

 そんなはずはない。

 ただの犬――そのはずだった。



 


 その日、記者からの電話は、不意にかかってきた。

 ゲスト出演した専門家のあなたに、直接会って話が聞きたいと言われて槇原は驚いた。

 自宅への訪問を提案すると遠藤は即座に了承した。


 「犬について、僕の意見を聞きたいんですよね」

 応接間の椅子に腰を下ろすなり、遠藤は口を開いた。

 その声には、戸惑いと、わずかな焦りがにじんでいた。

 「専門家の白鳥さんや、芸人の方、だが、あなたのほうが専門家として」

 槇原は黙って先を促した。

 「白鳥さんは、若い女性で、優秀ですが……あなたのほうが信用できると思ったんです」

 槇原は小さく笑った。

 だが、笑みの奥に潜むものは、決して軽いものではなかった。


 遠藤は、あの日、スタジオの入り口で自分が見た光景を語り始めた。

 「カメラを構えていたんです。あの犬を――撮るつもりでした」

 遠藤の顔には、うまく説明できないものを抱えた者の影があった。

 「実は……」

 声を落とし、遠藤は続けた。

 「送迎の車から、外国人の男が二人、降りてきたんです。長身で無駄のない動き、まるで“警護”の専門のような印象でした」

 槇原は口を開いた。

「その外国人ですが、スタジオに現れたとき氷室さんを叱責しました」

 遠藤は驚いた。

 「後でわかりましたが、フランス語でした」

 「どんなことを言ったんです」

 「頭の中にはくだらない好奇心が詰まっているのか、そんな意味だったと思います」

 遠藤は驚いた。

「一般人ではないのかもしれません」

 槇村は迷ったが、番組が始まる前に弁護士か連絡があった事を話した。

 「公式で発表されていること以外、犬の事を聞くなと」

 「それって普通は」

 「氷室さんの対応次第では訴えられたかもしれません」

遠藤は言葉を失った。


 「あの犬の育ちは母犬の影響もあるんでしょう」

 槇原の声は低く、まるで独り言のようだった。

 母犬――その一言に、遠藤の心が一瞬止まる。

 「母犬の影響?」

 予想もしていなかった言葉に、思考がうまく追いつかない。

 「母犬を見て、人に対する態度、接し方、覚えたのかもしれません」

 槇原は視線を落としたまま、穏やかに続けた。

 その静けさが、かえって不気味だった。

 「静かにしている、怒りを表すのも前足で床を叩く。人が覚えさせようとしても、簡単にはいかないですよ」

 槇原の口調は変わらない。

 「特殊な仕事をしている犬を、ご存知ですか」

 槇原は、ゆっくりと遠藤を見た。

 「麻薬探知、セラピードッグ。吠えたりしません。人間を驚かせたら大変ですから」

 その言葉に、遠藤は息を呑んだ。

 確かに――あの犬は、どんな音にも、どんな人にも動じなかった。

 「あの犬が本気で怒って飛びかかったら、怪我ではすみません」

 槇原の声が重く響き、遠藤は言葉を失った。


 記憶の断片が鮮やかによみがえった。

 車のドアが開く音、無言で立っていた警護の男。その横顔に向かって、あの外国人が何か小さく言葉を投げかけていた。

 そのときは意味が分からず、特に気にも留めなかった。

 だが後になって、誰かがぽつりと漏らした。

 「不愉快な質問をされたよ、マドモアゼルは」

 マドモアゼル?

 まさか、遠藤の心臓がドクンと跳ねる。

 犬のこと、なのか――?

 そんなはずない、思いながらも、全身の血が一瞬で冷えた。


 「なあ、すごかったよな、あの犬」

 「役者もだよ、神埼と丸川の迫力、若手には無理だろ」

 教室の片隅。

 休み時間のざわめきの中で、修司は自分の机に肘をつき、じっと黙っていた。

 聞くつもりはなかったが、耳が勝手に会話を拾っていた。

 “あの犬”――

 映画の話だ、テレビでもSNSでも大きく取り上げられていた。

 「雌犬なのに、でかいし、落ち着いてる」

 「ビジョンブラッド、宝石店から寄贈だぞ」

 「あり得ないだろ」

 目の前に広がるのは、楽しげに盛り上がる同級生たち。

 誰も修司には目を向けない。

 ほんの少し前まで違っていた。

 修司の名前が出るだけで、みんなが振り返った。

 “次のドラマに出るらしい”“演技うまいよね”“親も元俳優なんでしょ”

 教室の中心は、間違いなく自分だった。

 だが今、彼らの目は完全に別の場所を見ていた。

 

 「澤村くん、あれ演出とかじゃなくて、本物なの?」

 女子の声が驚いたように響く。

 一瞬、修司は顔を上げかけた。

 「公式、宝石店の店主がメッセージ出してたぞ。演出ならありえないってさ」

 スマホを見せ合いながら皆が驚いていた。

 小さな輪ができて、修司の席はその外側にある。

 静かに、だが確実に、胸の奥が重く沈んでいく。

 爪がノートの端を引っかいた。破けた紙の感触が指先に残る。 それでも誰もこちらに気づかない。

 

 俺のドラマは?

 俺の名前は?

 誰も話してくれない。

 自分の存在が“話題にならない”という現実が、修司を深く刺していた。


修司の様子がおかしいと気づいたのは、ここ数日のことだった。

 食卓で口数が減り、スマホを見つめたまま、ため息をつくことが増えた。

 「どうしたの?と聞いても曖昧な返事だ。

 母親の勘はごまかせない。

 夜、洗い物をしていたとき、ふいに背後から声がした。

 「俺のドラマ、全然話題になってない」

 恵梨香は手を止めた。

 いつもなら軽口で返すが、その声はどこか切実だった。

 気まずい沈黙が落ちた。

 

 その夜、恵梨香はベッドの上でスマホを開いた。

 息子の名前を検索しても、ほとんど話題は上がっていない。

 代わりに目についたのは、「犬が主演の映画」の記事だった。

――犬?

 そんなもの、最初は目にも留めなかった。

 主演が犬で、俳優陣は中堅ばかりだ、華のある作品には見えなかったからだ。


 だが、ふと開いたインタビュー映像に、恵梨香の目が釘付けになった。

 出演者たちが身につけているのは、有名海外ブランドのオートクチュール。

 しかも、映画のために無償提供されたという噂が添えられていた。

 耳慣れたブランド名が次々に並び、恵梨香の心がざわめく。

 「……嘘でしょ」

 小さく漏れた声が震えていた。

 さらに画面をスクロールすると、記事の見出しが目に入る。

――“犬に一点もののジュエリーを寄贈 ビジョンブラッドが制作”

 一瞬、息を呑んだ。

 画面には、犬の首元に光る深紅の宝石。

 それは、恵梨香が長年憧れてきたブランドの、世界にひとつだけの品だった。

 「犬に……?」

 指先がスマホを強く握る。

 胸の奥に、息子の悔しさと、自分の羨望がないまぜになって膨らんでいく。

 修司のドラマより、あの犬が注目されている。

 それがどうしても、納得できなかった。


 その夜、恵梨香は眠れなかった。

 スマホの光が消えるまで、同じ記事を何度も読み返していた。

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