第5話 ネットの驚き、断られた記者
【映画化スレ】
水川作品 映像化決定 1 :名無しの読者:
キャスト発表きたな……誰???って感じなんだけど
2 :名無しの舞台民:
いや、お前ら調べてみろ。野々原って海外のオーディションで老人のメイクして審査員騙した怪優だぞ
3 :名無しの芝居ヲタ:
光石さん、TVだと影薄いけど、舞台だとガチで主役食う人だから…
劇団出身の生ける伝説だよ
4 :名無しの演劇通:
えっ、光石と野々原!?
その組み合わせ、実写邦画で揃うとか信じられんレベルだぞ
これ、演技で地殻変動起きるやつ
5 :名無しの業界人:
顔だけのアイドル出したら公開処刑だろ
下手すぎて泣くやつ出てくるぞマジで
6 :名無しの古参ファン:
え、あの野々原?
1 0年前にベルリンの演劇祭で賞取ったって聞いたけど… 映像出てなさすぎて都市伝説かと思ってた
7 :名無しの読者:
名前知らんけど、全員なんか怖いレベルで芝居うまいらしいぞ。
なんで、そんなの集めたんだよ、水川さんガチすぎんか?
8 :名無しの感情迷子:
“映像作品”じゃなくて“記録映像”レベルになりそう 芝居ってここまでやるんか…
9 :名無しの舞台オタ:
光石、野々原、あとテント芝居出身の○○とか、ガチの“ 主役殺し”集めてるって何事よ
若手アイドルとか一瞬で吹き飛ぶぞ…
10 :名無しの希望:
TVで見かけないのは“実力がありすぎて起用されない”ってパターンあるからな
舞台界の“猛獣たち”を映像で見れるとか震えるわ
水川の小説は、長らく「映像化は不可能」とまで囁かれていた。
理由は明白だ、主役は“犬”――それも、グレートデン。
あの巨躯、あの空気、あの存在感をどうやって映像で表現するのか。
ファンの間でも“語るだけでいい小説”とさえ言われていた。
だが、ある日公式サイトが更新された。
たった一枚の画像がアップされた。
それは、役者二人が背中合わせに立つモノクロのシルエット――
だが、その中央にいた存在だけは違った。
犬だけが、シルエットではなく、はっきりと姿を現していた。
真っ白な地に、不規則に散る黒の斑点。
誰の目にも、ハルクインのグレートデンだとわかる姿。
ざわつくネット。
水川の小説、まさかの映画化【主演は犬?】
001:名無しの読者
アップされた画像見た?
犬、CGじゃないよな。
002:名無しの読者
ぜっっったい、CGじゃない。
毛並みの影とか、細かすぎてリアル。てか、生きてるだろ。
007:名無しの読者
あれって…白地に黒斑?
ハルクインってやつじゃね?
010:名無しの愛犬家
しかも、雌だろ?
体格的に雄よりデカく見えるの、どういうこと??
012:名無しの読者
断耳してない…
尻尾もそのまま…
あれ、ショーとかじゃなくてガチの家庭犬じゃない?
10
タレント犬って普通、耳カットされてるぞ。
まじで素のままのグレートデンかもしれん。
023:名無しの映像オタク
これ、どこで見つけてきたんだよ
029:名無しの舞台ファン
あの構図もエグいな
役者二人シルエットで、犬だけフル露出とか
あの時点で「主演こっちです」って宣言してるじゃん
037:名無しの犬フェチ
映画のプロモでTV出てくれないかな
動いてるとこ…見たい、どうしても見たい
佐川はパソコンの画面を指差しながら、水川に声をかけた。
「水川さん、ネット見ましたか? 昨日の夜からです。すごいんです」
スクロールされた画面には、数分ごとに更新されるスレッド。
タイトルは《一度でいいから“動いてる雪”が見たい》
そこには、まるで神話の獣に心奪われたような言葉が並んでいた。
「たった一枚の画像でこれです」
佐川の声には驚きと、少しの焦りが滲んでいた。
「映像どころか、ほんの一瞬の姿だけで。動いてる雪が見たいって。映画じゃ待てないって。スレッドまで立ってます」
水川は静かに頷いた。だがその表情は迷いを含んでいた。
「出演は映画だけっていう約束です。勝手なことはできません」
佐川は頷いた。
「相談だけでもしてみませんか? 雪の“今”は、今しか映せませんから」
そして、ショーコに会うことになった。
「雪を…テレビに?」
ショーコは、目を見開いた。
その反応は、むしろ水川たちの想定よりも純粋な驚きだった。
「ネットの反響がすごいんです」
水川の言葉に、ショーコは驚いたようだ。
「反響知らなかったんですか」
「いや、釣りに行ってたから」
ネットなんて釣り情報だけしか見ていなかったとショーコは笑った。
その隣で、ミサキが言った。
「週末、また出かけるんでしょ、あたし付き添うけど」
「お願い、頼むわ」
ショーコはミサキを見ると頭を下げた。
「ミサキは画面に映らなくていい、離れたところで見てるだけで」
【速報】動いてる雪、テレビ出演決定へ!?
1 :名無しさん@映像化熱望組
うそだろ……動いてる雪、見れるの!?
しかもテレビ出演ってマジかよ。
2 :名無しさん@犬派激推し
公式サイト見た。
「テレビ出演について飼い主から了承を得ました」って書いてある。
水川先生が動いてくれたらしい。
ほんと感謝しかない。
3 :泣くわ、まじで。
本当に動いてる雪見れる日が来るなんて…
4 :名無しさん@ドッグラバー
局選定中ってなってるけど、頼む、全国放送で頼む。
T〇Sの動物番組か日テレのアレか…どこでもいい、ちゃんと映してくれ。
5 :名無しさん@スレ民代表
いや、タレント犬じゃないんだよね?
なのにテレビ出るって凄くない?
この時点で伝説スタートしてる。
6 :名無しさん@演技班
俳優じゃなくて犬が番宣出る映画とか前代未聞じゃね?
それだけ“雪”って存在が映画の軸ってことなんだろうな。
7 :名無しさん@リアタイ待機
絶対リアルタイムで見る
録画もする
HDD空ける
ブルーレイも買う
8 :名無しさん@考察厨
てか、動物番組増えてるしゴールデンも夢じゃない。
映画に先駆けてTV初登場…戦略として完璧。
9 :名無しさん@舞台裏興味勢
水川さんと佐川監督のセンスに震える…
ファンの声拾って、すぐ動いて、しかも映像じゃなく“生”って。
犬の尊厳、ちゃんと守ったうえでテレビ出すとか本物だよ。
10 :名無しさん@心臓バクバク
映像でも泣いたのに、動いてる姿は無理。
推し犬に心臓持ってかれる覚悟できてない。
遠藤は、正直に言えば、少し舐めていた。
犬が出てくる映画、ネット配信が映画化?SNSで話題になっている?
情報を聞いたとき、記者としての勘は働いた。
早速、インタビューを申し込んだ。
ところが、返ってきたのは、あっさりとした拒絶だった。
「お断りいたします。取材の予定はございません」
瞬間、遠藤の心臓がわずかに跳ねた。
馬鹿な、と思った。
自分は現場を何十年も歩いてきた。名のある雑誌にも書いてきた。
今ではフリーで動き、ネットでも発信し、映像化作品のインタビューにも何度も携わってきた。
それなのに断られた?
「実はさ、インタビュー、断られたんだよ」
夜の編集部、静まり返ったオフィスで、遠藤は旧知の記者・山倉に電話を入れた。受話器越しに少し間が空き、ため息混じりの声が返ってくる。
「……ああ、俺もだよ。申し込んだけど、ダメだった」
遠藤は一瞬、言葉を失った。
自分だけではない? 山倉は業界でも顔が広く、過去に何本もスクープを抜いてきた。
そんな彼まで断られている。
「おかしくないか、何か隠してるのか、あの制作側は」
遠藤の問いに、山倉は妙に冷静な声で返した。
おかしくないよと。
「役者も個性的だ、犬は家庭犬だって噂だ。何かあったら、怖いよ」
「怖い?」
遠藤は思わず聞き返した。意味がわからなかった。
取材を断られる理由が怖い、何を言ってるんだ。
「おまえ、実物のグレートデンを見たことあるのか?」
「いや……テレビでなら。バラエティで芸人が触ってたりするだろ、ああいう――」
言いかけた瞬間、相手の顔が変わった。
笑いが消え、真剣そのものの表情だった。
「あれは見せる用に育てられた犬だ。本物は、普通の大型犬じゃない」
遠藤の背筋に、冷たいものが走った。
声のトーンが低い
冗談ではないと、すぐにわかった。
「どういう意味だ?」
「怒らせたら――怪我じゃ済まない」
記者の男は、ゆっくりと指を動かした。
「指一本、いや……片手、片足、簡単に持っていかれる」
「脅すなよ」
乾いた笑いが出た。だが相手は、微動だにしない。
「いや、真面目に言ってる」
その声は低く、重かった。
「グレートデンは、元々護衛犬の血が濃い。臆病でもなく、吠えて威嚇するタイプでもない、動く時は、一瞬だ」
遠藤は言葉を失った。
頭の中で大型犬という言葉が、まるで別の意味に変わっていくのを感じた。
「飼い主が特別なんだろう」
その言葉が、妙に引っかかった。
「普通じゃないかもしれない」
山倉はコーヒーを啜りながら、ぽつりと呟いた。
遠藤は一瞬、眉をひそめた。
「特別?なんだよそれ、どういう意味だ」
「そのままの意味さ」
山倉は目を細めて、まるで何かを探るように遠藤の表情を見た。
「お前さ、グレートデンを家庭犬として育ててる人間を、何人見たことある?」
遠藤は肩をすくめた。
珍しいというより扱いづらいって聞くんだと山倉は言葉を続けた。
「そんな犬を現場に連れて来て、カメラの前に立たせる。タレント犬でもない。完全に家庭犬、普通ならありえない、どう考えても」
「じゃあ何だ、ただの無謀ってことか?」
「違う」
山倉の声は低かった。
「無謀じゃない。やれるとわかってるからやってる、確信がある」
遠藤は息を呑んだ。
「……誰に、その確信が?」
「飼い主に、だよ。犬を知り尽くしてて限界も性格も、完全に把握してる、でないとこんな真似できない」
山倉の言葉に遠藤は無言になった。
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