第28話 灯台下暗し

みちるは、甲板に立っていた。

溢れる涙を拭うこともせず、ただ前を見据えている。

香織は、そんな息子の背を黙って見つめていた。

手すりを握る指先は白く、震えていた。


そのとき


眩い光が、みちるの手を照らした。


昼間だというのに、灯台の明かりが強く輝き、ゆっくりと回転しているのだ。



「お、おい、あれ……!」


賢治が遠くを指差した。

徹と綾子が駆け寄り、視線の先を追う。

昼の空に、不自然なほど明るく光る灯台の光。

その光はぐるぐると回り、やがて速度を増していった。


「……誰かいるぞ!」


徹が目を凝らす。

灯台の縁に、ひとりの人影が見えた。

その影が、風を切って身を乗り出す。ツンツンと尖った無造作な髪を靡かせ、真っ赤なTシャツが日を受けて輝いている。


「あっ…あっ…………あきらぁ!!」


綾子の叫びが、港に響いた。


『ええっ!?』


全員が一斉に灯台を見上げた。

そこには確かに、高松暁の姿があった。


「なんだよアイツ! とっくに先回りしてたのかよ!」

賢治は呆れ半分、笑い半分で言う。

「でも、何やってんだ? あれ……」


徹が目を細めた瞬間


ヒュ~~~……! パパパパパァーーーン!!


「うわっ!?」


「は、花火??!」


灯台の周囲に、無数の火花が走った。

ロケット花火だ。

コーラ瓶をずらりと並べた即席の発射台から、花火が次々と夜空へ打ち上がっていく。


暁は、煙にまみれながらも笑っていた。

必死に火をつけ、ぐるぐると灯台の周囲を駆け回っている。


みちるは、甲板から身を乗り出した。

目を細め、彼の姿を追う。


「……あきらくん……!」


やがて暁は、灯台の縁から大きく身を乗り出し、両手を口に添えた。


「みちるーーーー!!」


大声が、港中に響き渡る。


「みちるーーー!! 頑張れよぉーーーー!!」


潮風も波音も、汽笛の轟きも、その声を掻き消せなかった。

暁の声は、真っ直ぐにみちるの胸へ届いた。


「みちるーーー!お前と居られて、楽しかったぜぇーーーーー!!!」


「…………っ!」


みちるは、手すりを掴んだまま膝をついた。

堪えきれない涙が、甲板を濡らす。


「……ごめんなさい、あきらくん。

 みちるは、嘘をつきました……」


「みちる……」

香織が、そっと肩に手を置いた。

「後悔のないようにおし」


「……お母さん……」


「まったく。最初からそうすれば良いものを。意地っ張りは、私譲りだねぇ」


香織の笑みは優しかった。

みちるは、震える手で涙を拭い、母を見上げる。


「慎介に義理立てしたんだろう? 子供のくせに、変な気ぃ使うんじゃないよ。

 いいんだよ。自分の心に素直におなり」


「みちるーー!!」

灯台の上で、暁がまだ叫んでいる。

「お前が迎えに来るまで、ガチャ子に花嫁修業させとくからなーーー!!」


香織は吹き出した。

「ほら、まだあんなこと言ってるよ。……早く、誤解を解いてきな。」


みちるは母と暁を交互に見つめた。

やがて、眉をきりりと上げ、スーツの上着を脱ぎ捨て、ヘアゴムを外した。


「お母さん! 慎介さん! ごめんなさい!!」


次の瞬間――

みちるは手すりに足をかけ、海へと飛び込んだ。


「ぼ、ぼん!? おい、救命ボートを……!」


慎介が叫ぶが、香織が静かに手を上げて止めた。

「おやめ。見てごらん。」


指差す先には、力強く海を掻くみちるの姿があった。

白い泡を立てながら、灯台へ向かって真っ直ぐに泳いでいく。


「姐さん……良いんですかい?」


慎介が問う。

香織は、ふっと笑って顎を上げた。


「組は、あたしが仕切るよ。それとも、このあたしじゃ不満だってのかい?」


鋭い眼光に、ヤクザたちは一斉に跪いた。ずらりと並んで、頭を垂れる。


「滅相もございやせん!!」

「誠心誠意、お仕え申し上げやす、姉御!!」


船は汽笛を上げ、波の彼方へと消えて行った。

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