第20話 平凡にしてただけなのに…… 気づいたら屋台が物理的に炎上してた件

 夜、ギルドの自室に戻った。

 窓際の椅子に座り、RankLive端末の通知を開く。


 すぐに──仲間たちからのメッセージが届いていることに気づいた。


【リナ】

「見たわよ、今日の配信。対決を避けても、あいつは絡んでくる。油断しないで」


【サラ】

「エグゼに絡まれてたわね、大丈夫? 勝手にライバル扱いして、相手が逃げても潰すから。マジで警戒して」


【レオ】

「サラから聞いたか? あいつは、戦わない相手にこそ執着するタイプだ」


【バージル】

「エグゼには注意しろ」


 言葉の一つひとつが、胸に刺さった。


 みんな、俺を心配してくれている。


 ──でも、そこに滲む緊張が、かえって現実味を増していた。


(対決なんて、しないのに──いや、しないから、か)


 静まり返った部屋の中で、俺はそっと息を吐いた。

 平凡を守るって、けっこう、大変なんだな。


***


 ──朝。


 目が覚めると、端末がやけに騒がしかった。


 RankLiveのコメント通知が、止まらない。

 ぼんやりとした頭で画面を開いて、異変に気づいた。


【コメント】

「おい、マジで草って何だよ」

「これってやばくない?」

「毒草混入ってマジ?」

「でも、ユウマさんを信じてる」

「証拠は?どこにあるの?」

「平凡でも、人を騙したら終わり」

「信じてるよ……けど心配」


 ──なにこれ。


 脳が、ゆっくりと現実に引き戻される。

 寝起きのぼんやりした思考が、警鐘のようにざわついた。


 まさか、と思ってスレッドを遡る。


 あった。


 「毒草入りクッキー」というスレタイの匿名投稿。

 画質の悪い動画で、俺たちの屋台の商品を撮りながら、誰かがぼそっと言っている。


 「これ……草、入ってね?」


 それだけの短い動画。それだけの、ただの一言。

 でも、それが──燃え始めた火種だった。


 しかも投稿主のアカウントは、今日作られたばかり。フォローゼロ、投稿ゼロ。

 完全に、捨てアカだ。


(狙われた……?)


 悪意の正体が見えないぶん、背筋がじわじわと冷える。


 ──そして、追い打ちがきた。


「……っ!」


 ホーム画面のトレンド欄に、「エグゼ」の名前がある。

 急いで開くと、案の定だった。


 炎上系トップ配信者、煽神エグゼが、この件を取り上げていた。


『【話題】毒草入りクッキーって……マジ?』

『平凡スキルって、そういう意味だったのか~』


 いつもの、嘲笑まじりの調子。

 タグには《#平凡毒物事件》《#RankLive規約違反?》など、悪意を煽るワードが並び、

 視聴者はコメント欄で大喜びしていた。


【コメント】

「やっぱりな~」

「平凡って、品質が低いってか?」

「やべぇww」

「本人コメントまだ?」


(ふざけんな……)


 胃のあたりがきゅうっと締めつけられる。


 そのとき、宿のドアがノックされた。

 開けると、ミーナが心配そうに立っていた。


「ユウマさん……なんか、屋台に、人が集まってきてます」


 言葉より先に、体が動いた。

 屋台の前には、すでに人だかりができていた。


 中には、明らかに「冷やかし」目的の視線も混じっていた。

 カメラを向ける者、囁き合う者──中には、動画を配信しながら実況している者までいる。


「これが、例の草入りクッキーか~。ぱっと見、普通だよね~」

「もしかして、ガチで毒草? ヤバくない?」


 ミーナが、俯いたままクッキーの箱を守っていた。


「これ、昨日の夜、ちゃんと選んで……兵士の人たちに、疲れがとれればって……」


 リラクサ草。

 魔導薬草の一種で、疲労回復や安眠に効果がある。

 正規流通していて、もちろん違法な成分なんかじゃない。


 でも、そんな説明をしても──

 誰も、聞こうとしなかった。


(これは……もう、だめかもしれない)


 そんな弱音が、喉の奥まで上がってきて──けど、思い出した。


(空腹は心を弱らせるって、ばあちゃんが言ってたっけ)


 今のこれは、そういうことかもしれない。

 視界の端で、ミーナがこちらを見ていた。

黙ったまま、少しだけ心配そうな顔で。


「いったん、休憩しよ。……ご飯食べたら、また考えよう」


 俺がそう言うと、ミーナはちょっと驚いた顔をした。

 でもすぐに、ふっと柔らかく笑って、こくんとうなずいた。


「うん。ご飯、大事だもんね」


 俺たちは、屋台からそっと離れた。

 ……その判断が、後悔の引き金になるとは思ってもいなかった。


***


 ──戻ったときには、もう遅かった。


 屋台は、燃えていた。


 火はもうほとんど収まっていたが、立ち昇る煙と、黒く焦げた木枠の残骸が、すべてを物語っていた。客足どころか、屋台そのものが──この世から消えていた。


「……う、そ」


 ミーナの声が、震えていた。

 地面に崩れ落ちそうになる彼女の肩を支えながら、俺はただ、焼けた布の端を見つめていた。


(やられた)


 確信した。


 ──エグゼの信者か、それとも、あいつ自身か。

 証拠は、ない。

 でも、意図だけは……はっきり伝わった。


 消えろってことだ。


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。


 感情が、形になる前に、もう手が震えていた。

 胸の奥が、焼けるように熱い。


 ──笑えよ、煽神。


 お前の望み通り、平凡は、火だるまだ。


 けどな。


(……ここで、引いてたまるか)


***


カクヨムコン11に参加しています。

読者選考では、皆さまからいただく「★」が大きな力になりますので、応援いただければうれしいです!


転生したら【平凡】スキルで、女神に雑に送り出されたけど、気づいたら異世界トレンド2位になりました(本作)

https://kakuyomu.jp/works/822139838989360870


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その分、ひとつでも心に残る物語を紡げるよう、最後まで全力で書きます。

どうぞよろしくお願いいたします。

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