第15話 配信事故発生! 絶体絶命:前門の獣、後門の錯乱者

【RankLive配信画面】

観覧者:1160人/コメント:緊張で吐きそう

[カメラ:ドローン自動追尾/常時配信ON]


 俺は、坑道の広場に立っていた。


 天井は高く、天然のドームのように広がっている。周囲には複数の坑道が通じていて、各通路からは銀騎隊の兵たちが錯乱者を追い立ててきていた。


 その光景は、まるで生け簀に魚を追い込むようだった。反乱軍兵たちは、武器を振り回しながら逃げ、視線を彷徨わせている。すでに正気を失った者も多く、その叫び声が坑道に反響していた。


 俺の左右には、黒鎧の護衛兵が一人ずつ控えていた。見た目はいかついが、俺よりもこの場に緊張しているように見える。武器を構えてはいるが、その手はほんのわずかに震えていた。


(……よし、範囲30メートル。全員、ギリギリ収まる)


 息を整えて──そっと呟いた。


「……感情鎮静、発動」


 淡い波紋が足元から静かに広がる。空気が揺らぎ、錯乱者たちの呼吸がゆっくりと整っていく。ひとり、またひとりと目に焦点が戻り、荒れていた表情に安堵の色が浮かんだ。


(効いてる……本当に、俺の【平凡】が)


【コメント】

「範囲広っ」

「まじで効いてる」

「凡神すげえ……」

「今、俺の鼓動も落ち着いてきた」

>「さすがにそれはないだろ」

「感情鎮静って、こういう感じなんだ……」


 そのときだった。


 空気が一瞬、凍った気がした。


 坑道の奥──暗がりの中で、何かが蠢いている。


 ザク、ザク──


 聞こえたのは、地を踏みしめる重い音。浮かび上がってきたのは、銀白の毛並み、そして──角。


 咄嗟に端末でステータスを確認しようとした。けれど、そこにはエラーの文字が浮かんだ。


(……ステータスが、表示されない?)

(嘘だろ……レベル判定不能? そんなの、聞いたことない……)


 冷たい汗が背中を伝う。身体が、勝手に震えていた。


(こいつ……俺がどうこうできる相手じゃない)

(……なんだ、あの化け物……!?)


 レイナ隊長が叫ぶ声が、遠くに聞こえた。


「幻角獣だ! 感情鎮静が効いてない、気をつけろ!」


 次の瞬間、何かが風を切った。避ける暇なんてなかった。


「──ぐっ!」


 視界が大きく揺れて、地面が急に遠ざかる。

誰かが悲鳴を上げた。俺は、何かに掴まれて、坑道の天井近くへ、風に巻かれるように運ばれていった。


(これ──やばい、マジで攫われてる!?)


 遠ざかる視界の中、フレイアが叫んでるのが見えた。隊長が何かを指示している。でももう、聞こえなかった。


 そして──視界が、真っ暗になった。


***


 気がついたとき、俺は岩壁にもたれかかっていた。

俺の隣には、端末がふわふわとホバリングしていた。


【RankLive配信画面】 観覧者:1460人/コメント:―

[カメラ:ドローン自動追尾/映像乱れから復旧中]


【コメント】

「配信復活した!」

「何があった?」

「凡神大丈夫か!?」

「誰か……誰か何か言って!」

「一人?うそだろ……」

「さらわれた? 獣いたよね」

「配信事故?」


 薄暗くて、どこか分からない。たぶん……鉱山のさらに奥だ。湿った空気。遠くでポタリ、ポタリと水の音がしている。


 腕が重い。身体がだるい。口の中が乾いていて、頭が回らない。


 そして──


 いた。


 目の前に、獣が立っていた。真っ白な毛並みと、月光みたいに光る二本の角。その目は、どこにも焦点を合わせていない。ただ、こちらを見下ろしている。


【コメント】

「やば、なにこれ」

「幻角獣ってレイナ隊長言ってたね」

「感情鎮静効かんの」

「推奨レベル200ぐらいだね」

「感情鎮静は効かんけど、なんか情動的なものが効くらしいね?」

>「情動的なものってなんだよ」


(こいつが……攫ったのか)

(は……? 200? そんなの……無理だろ……)


 そのときだった。

 幻角獣の鼻先が、俺の足元に触れた。


 ──ミーナの、革靴。

 クン、と一度匂いを嗅ぎ、それから鼻先で小さくつつく。


(……なんで? あ……情動的なものってこと?)


 幻角獣の目に、ほんの一瞬、揺らぎが走った。


 ゾワリ、と背筋を何かが這った。

 怖い──とっさにそう思った瞬間、息が詰まり、指先が冷たくなる。足の裏からじわじわと血が引いていくような感覚。胸の奥がきゅっと収縮して、心臓の音が自分でもうるさい。その場から動けない。いや、動いたら──殺される。


 ふと思いついて、俺は、そっとポケットに手を伸ばした。

 布の擦れる感触──取り出したのは、小さな袋。

 ミーナがくれたクッキーだ。


 タグには、ミーナの筆跡で── 『応援してます。ミーナ』


(フレイアさんの革靴に反応した)

(情動的なものって……心がこもったものなら、通じるかも──)

(……なら、これでどうだ)


 手が震える。


 そのときだった。

 岩の裂け目の向こうから、ざり……と何かを引きずるような音がした。


 ──声だ。


 嗚咽とも、笑いともつかない声が、反響してくる。


「……あは……ああ、あ……」

「……なんで、あいつが……っ」


 次いで、ぐしゃ、と濡れたような足音。

 ひとつ、またひとつ。

 ──誰かが、いや、複数の足音が、こっちに近づいてくる。


 錯乱者たちだ。

 顔も、足取りもまともじゃない。

 でも──明らかに、こっちを目指している。


 俺は、手の中のクッキーを見下ろして──


(前門の獣、後門の錯乱者ってか……)

(絶対絶命じゃね?)


 喉の奥がカラカラに乾く。


 幻角獣が、ぐわっと口を開けた。


 ──でかい。喉の奥まで、真っ暗で……

 俺は一瞬、息を呑んだ。


(だめか)

(──く、くわ、喰われ──)


 そのときだった。

 幻角獣の口が、俺の手の上にゆっくりと下りてくる。


 ──クッキー、だ。


 ぱく。


 音もなく、そっと、クッキーだけが、奪われた。

 その巨体が、ふいに前脚を折り、俺の前に、そっと──背を差し出してきた。


【コメント】

「今、食われたかと思った……!!」

「心臓止まったわ」

「クッキー!? クッキー食った!!」

「ミーナちゃんのクッキーよね、これ」

「背中差し出してる……え、これ乗れるやつ?」

「神回確定」


(……乗れってことか?)


 俺は一歩踏み出しかけて、足を止めた。

 背に跨るかどうか──迷う。

 毛並みは柔らかそうだが、次の瞬間に牙が来るかもしれない。


【コメント】

「凡神いけ!」

「いや罠かも」

「早くしないとやばい!」


 その時、遠くからざり……と湿った足音。

 錯乱者たちが、坑道の闇から現れた。

 顔も足取りもまともじゃない。

 赤い瞳がこちらを捉え、ゆらりと近づいてくる。


【コメント】

「うわあ来た!」

「凡神早く乗れ!!」


(くそ、どうしたら)

(もう知らん──)


***


カクヨムコン11に参加しています。

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その分、ひとつでも心に残る物語を紡げるよう、最後まで全力で書きます。

どうぞよろしくお願いいたします。



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