第33話 決着

ソレは呻いた。


何故、何故何故何故っ!?


こんな筈では無かった。圧倒しているはずだった。勝てる筈だった。


どうしてこんな事になっている?


炎に焼かれる体を蔓ではたくことで無理矢理消火しながら、思考する。


『学び』は成功していたのだ。


まさかあれ程の力を隠していたと言うのか。


あり得ない。


確かに追い詰めていた。息の根を止めるまであと一手だった。あの女の横槍さえなければ、捕獲を優先しなければ、勝利は確実だったのだ。


不測の事態に怒りを覚えながらも、極めて冷静に判断する。


あの男に勝てるか否か。


迷いなく判断する。答えは否だ。


あの速度と力は対処不可能だ。仮に対処できたとしても相手の能力がそれだけとも限らない。隠していたのか、それとも成長したのか、どちらにしろ他にも新たな力を持っているかもしれない。


ここは安全を期すべきだ。


自らの異能で支配した魔物達には繋がりが出来る。その繋がりはを使い、配下の魔物達に意識を接続する。


いや、接続しようとして気付く。


実力だけならば自らを凌ぐ三匹の異能持ちと赤竜の配下、事を。


───ガァ?


配下の魔物達との繋がりは魔物が死なない限り基本的に切れる事は無い。そして、配下達は此処に招き入れた他の探索者達の対処を任せていた。


つまり───


全て、倒された……?馬鹿な、あり得ない……。


それは先程受けた反撃よりも衝撃的だった。


個々が並みの魔物と比べ物にならない程の能力を秘めていた。地上侵略の要だったのだ。


それが、これ程容易く……!


動揺し動きが止まる。


そして配下を奪われ、孤独の王となったソレの眼前に一人の男が現れた。


揺れる黒髪に半顔を覆う血の仮面、右腕を切り飛ばされ隻腕となり、全身を血で赤く染めながら力強く大地に立つ男。


「終わりだ」




上位個体ハイ・エネミー』は叫ぶ。


ここで終わる筈が無いと、まだ戦えると。


俺は動く。その速度は最早『上位個体ハイ・エネミー』にすら捉えられるものでは無かった。


認識されるよりも早く、『多衝棍』を振り抜く。


速度と力の合わさり腹部を打つ一撃は『上位個体ハイ・エネミー』の体をくの字に曲げて吹き飛ばす。


木々を薙ぎ払いながら空を飛んだ『上位個体ハイ・エネミー』致命傷とはいかないまでも、かなりのダメージが入っただろう。


何度も地面をバウンドしてようやく態勢を立て直した『上位個体ハイ・エネミー』へと向かい地面がひび割れる勢いで蹴って飛ぶ。


対して『上位個体ハイ・エネミー』は迷いなく行動する。


来るか。


今は優位とは言え決して油断できる相手ではない。


どんな攻撃が来ようとも反撃するつもり『上位個体ハイ・エネミー』を睨み付ける。


だが、


「ガガァ!」


逃げた。


何の躊躇いも無く、いっそ清々しい程に素早く体を反転させて『上位個体ハイ・エネミー』は俺から逃げ出した。


一瞬思考が止まる。


まさかここまで暴れておいて、何の迷いも無く闘争を選択するとは思わなかった。


しかし直後に、俺は『上位個体ハイ・エネミー』へと追い縋る。


逃がさない、逃がす訳が無い。ここで全てを終わらせる。


駆ける速度は『上位個体ハイ・エネミー』よりも早く、距離がどんどん縮まっていく。


このままいけば数秒と経たずに追いつく。それは『上位個体ハイ・エネミー』も理解している。


故に対策を打ってくる。


「ガァァァッッ!」


その叫びは異能を使う合図だった。


叫びと共に全身から赤い液体をまき散らす。それは血液だ。魔物の物では無く、人間から搾り取った血。


それが足元の草木に被り、動き出す。


動き出した植物が絡み合い人の形を作る。


それは防衛の際に現れた植物人形。それが三体。


俺と『上位個体ハイ・エネミー』の間に立ち塞がる。


「ふッ!」


一閃。


『多衝棍』を振る。


直撃した植物人形は一体だけだが、その一撃で吹き飛んだ植物人間が他の二体を巻き込んで吹き飛ぶ。


あれ程強力だった植物人形ですら、今の俺の前には時間稼ぎすら出来ない。


障害はもう無い。


───星の一撃。


全てを終わらせる為に『恩寵ギフト』を行使する。


淡い光が『多衝棍』を包む。


上位個体ハイ・エネミー』の距離は一足の間合い。


俺は『多衝棍』を─────




嫌だ嫌だ嫌だ。


死にたくない死にたくない死にたくない。


こんな所で終われない。まだ『学び』足りない。


こんな馬鹿げたことが許さるのか。


勝っていた。勝っているはずだった。


納得できない理解できない許容できない。


男が迫る。全てを終わらせる為に握る武器に光を宿す。


違う。違う違う違う違う違うッ!!


怒り、悲しみ、憎しみ。


負の感情が身体中を駆け巡りそして、


偶然か必然か。


まるで競い合うかのように、呼応するかのように『上位個体ハイ・エネミー』の異能は覚醒する。


───『怪物達の支配者モンスター・ドミヌス』〈眷属竜模倣ドラコ・エンド


蔓の肉体が作り替わる。ぐじゅりと音を立てて、鱗を、爪を、牙を、尾を形作る。


それは支配していた怪物の中で最も強力で空の覇者と呼ばれる魔物、ドラゴンと呼ばれるものに酷似していた。


上位個体ハイ・エネミー』は既に理解している。新たに手に入れた異能が、どのようなものかを。


顎が開き、炎が漏れる。


その直後に訪れる閃光、爆撃。


迫る男を飲み込み、その先の森林すらも薙ぎ払う業火が放たれた。


それこそは『竜の息吹ドラゴンブレス』。窮地を打開する破滅の吐息だった。


圧倒的な破壊。塵一つ許さぬ覇者の息吹により、目の前は灰燼と化した。


後に残るのは黒い煙のみ。


どれだけ凄まじい肉体を持とうとも、人間では耐えられるはずも無かった。


「ガ───ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!」


嗤う嗤う。


余りにも強烈な『竜の息吹ドラゴンブレス』により、吐き出した自らの顎を炭化させながらも、嗤いが止まらなかった。


勝った勝った勝ったっ!


追い詰められ、死の間際に立ちながらも勝利した。


たとえそれが運に恵まれただけの物だったとしても、あの忌まわしき男を葬れた事には違いない。


抱えていた負の感情を反転させたような、溢れんばかりの悦楽に浸る。


───故に気付いた時には手遅れだった。


黒煙の中に小さな影があった。


それはビカビカと光りながら、液晶と板に釘が突き刺さった奇怪な機械。


それは人間が熱中し、狂ったように動かす馬鹿げた機械。


上位個体ハイ・エネミー』は知らなかった。こんなものが、今まで得てきた『学び』の中にある筈が無かった。



それは、それは───パチンコだった。



パチンコ台の影から何かが飛び出る。


星の如き極光を放つ、一人の男。


「ガっ───」


呆けた声が漏れる。


それが『上位個体ハイ・エネミー』に出来た唯一の行動だった。


極光を纏う『多衝棍』が振り下ろされる。


万感の思いと、怒りと、命を込めた一撃。


『学び─────


それこそが肉体も思考も全てを吹き飛ばす、最後の一撃だった。






「ああ……」


『星の一撃』が込められた『多衝棍』をぶち当て、半身を消し飛ばした『上位個体ハイ・エネミー』体が崩れていく。


終わった。


ぐらりと体が揺れる。


まず、い……。


溢れていた力が嘘のように消えていく。体を支えていた『恩寵ギフト』が上手く働かない。


まだ、倒れる訳にはいかない。せめて祈凛を治療するまでは動かなければならない。


「ぁ……」


しかし、意思を無視してがくがくと膝が震え体が崩れ落ちる。


明滅する視界の中、誰かが俺の体を支えた。


「全く、無茶をしますね」


「あま、お……」


支えたのは何処からか現れた中性的な容姿を持つ雨尾だった。


「祈凛が、向こうに……」


震える手を上げ、祈凛のいる方向に指を指す。


そこが限界だった。


意識が強制的にブラックアウトする。


深い深い、眠りの中に落ちていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る