第27話 ドラグーン・バレー×進み決意と覚悟
少し時間が経ち。互いに落ち着きを取り戻した頃。俺は気になっていたことを聞いてみる事にした。
「ねぇミラちゃん。俺ってもしかして、まずい局面にいる?」
オブラートに包むことなく直接的に聞いてみたけど、途端にミラちゃんの表情は少し緊張感に包まれていた。スカイブルーの瞳に不安の色が現れる。でもその視線は俺から外れる事はなく、ただただ真っすぐ見つめられている。
この部屋は出入口が1つ。外から鍵をかけるタイプだ。窓は一つ。鉄格子がしてあって出れない。部屋全体に守護魔法がかけられていて、ちょっとやそっとじゃ壊れない。そして出入口の扉の外には人の気配。
この部屋は病室ではある。でもこれは、逃げられないような『独房』も兼ねている。俺は今、逃げられない場所に監視されている状況だ。
俺の問いに一度小さく息を吐き、覚悟を決めたように口を開いた。
「はい。非常に重要な局面です」
短くも、その言葉には底知れぬ重みがあった。
「そうだよねー」
ミラちゃんがここまで覚悟をする必要があるほどの事が、この先に待っている。
でも全く不安はない。大切な人が側にいてくれるのだから。
「不安はなさそうですね」
「フフフ、ミラちゃんがいてくれるからね。大抵の事は受け止められるから大丈夫だよ!」
「本当に…エドガー君らしい」
胸を張って答えれば少しだけ呆れたように笑ってくれた。でもこれでピリついた空気は薄れた。俺はとうに覚悟は決まっている。
「では本題に入りますね。私は、とある組織に属しています。一般にはもちろんの事、騎士団や王親衛隊、王室さえも存在すらも知られていない秘密結社。見ての通りここは病室であり、隔離された独房のような場所。アナタはこの世界の機密に触れてしまった。『ドラグーン・バレー』、そしてアルベルトという『対峙した敵』についてです。まぁアルベルトについては秘密結社どうこうの前に、エドガー君の敵でありましたが。どちらにせよ、この機密は外に漏らすわけにはいきません。選択肢は【秘密結社に入り、四六時中監視されながら命を落とすかもしれない程の危険度の高い特殊任務に当たる】、もしくは【入らない】かの2択。今すぐに決めなくとも─」
「入るよー!」
俺の即答に少し驚いたような表情を浮かべて固まるミラちゃん。大きな目をまん丸にして、ジッと俺を見つめる。どこかホッとしたようで、でも複雑な感情が入り交じった表情。なんとなくその気持ちはわかる。
「大切な人がいてくれる。それだけで危険度が高かろうが、不安も心配もなければ怖くもない。それにさ、そんな危険な任務にミラちゃんが関わっているのを知ったのに何もできずにいるのは嫌なんだ。ミラちゃんは強いよ。でも心配なんだ」
自分がいれば助けになれるとか、そんな大それたことは何も思っていない。ただこれは俺の我儘だ。大切な人が危険な目に合うかもしれないのに、じっとしていられない。
「…こんな時まで人の心配ですか。まったく、お人よしが過ぎます」
「俺はそんな良い人じゃないよ。大切な人、限定だよ」
「はぁ…私も似たようなものです。本当ならあなたをこちらの世界に関わってほしくない。ある意味ではもう関わっていたとしても、危険な目には合ってほしくない。そう思っています。でもだからこそ気持ちが理解できる。…いいんですね、本当に。覚悟がいりますよ」
「うん!大丈夫!それに自分のためでもあるんだ。宿敵を倒して家族の敵を討った、あの日の真実も知れた…でも謎は増えてばっかりで、この日のために準備してきたのに釈然としない。メチャクチャもやもやしてるんだ。だからその組織に入って、謎の答えを探し求めたい。危険だろうと関係ない。俺が前に進むためにもそうしたいんだ。覚悟はできてる。でも入団動機としては弱いかな?」
家族のために敵を討とうと思った。でも今は違う。俺自身が納得するために、答えを知るために前に進みたい。
「エドガー君らしいですね。良いと思いますよ」
そんな答えを聞いてミラちゃんは微笑んでくれた。いつものように全てを包み込む笑顔で。
しかし1つ懸念は。
「でも唯一不安なのが俺の実力不足かなー。たぶんミラちゃんとかフレイ君がアルベルトと戦ったら苦戦しつつも真っ向から倒せたかもしれないし、フリューゲルさんだったら苦戦すらせずに倒せたかもしれない」
最後にトリスタン達を相手にしている時のフリューゲルさんは、いい意味で同じ人間だとは思えなかった。ユニークスキルという特殊な力を持っている同士でもこれほどまでに実力が離れているのかと、まざまざと見せつけられた形となった。英雄という異名は伊達ではない。
真実に近づくのなら、強くならないと。
「なら私が一緒に鍛錬をしてあげますよ。ヴァルフリート家直伝の鍛錬、厳しくしてあげるので覚悟しておいてくださいね」
「アハハ…お手柔らかにお願いね~」
やる気に満ちてくれているのは良いが、果たして俺はその鍛錬に耐えきれるのだろうか。田舎村の独学と名家直伝ではレベルは雲泥の差だろう。鍛錬は嫌いではないが少しだけ怖い。
目が爛々と輝くミラちゃんは可愛くもあり、この先の事が少しだけ不安になった。頑張れ俺。
コンコンッ─
明るくなった空気の中、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ入ってください」
ミラちゃんが答えると扉は開き、そこにはフリューゲルさんがいた。なぜか知らないが凄くにこやかだ。
「フリューゲル副隊長!助けてくれてありがとうございました!」
「お礼なんていいんだ。俺達がもっと早く悪事の尻尾を掴めていれば君たちに危害が加わることはなかったし、被害者ももっと少なかっただろうから。でも君達は持ちこたえてくれたし、監禁されていた人はみんな無事に救助した。君たちが通信してくれたおかげで動くことができてた。こちらこそ、ありがとう!それに個人的には…青春の一場面を見れて満足したぞ」
「青春…?なんかありましたっけ?」
「無自覚かー。でもそれが良い」
仏のような笑顔で頷くフリューゲルさん。何だかわからないけど満足したようでよかった。ミラちゃんも首をかしげている。可愛い。
「では本題に入ろうか─秘密結社について」
空気が引き締まった。柔らかい笑顔のままだけど自然と背筋が伸びる思いだ。体が痛くて伸ばせないけど。
「盗み聞きするような形になって申し訳ないけど、話は全て聞かせてもらったよ。一応伝えておくけど俺はその秘密結社で幹部を務めてる。忙しい…正直きつい。誰か変わってくれないかな」
この人の役職多くないか?本当に辛そうなのがなんとも言えない。というか前もこんな会話をした。上の役職になるって大変なんだな。
ミラちゃんが見かねて咳払いをして話を戻す。
「ごめんごめん。じゃあまずは…君の場合は組織よりもこっちの話題だな。フレイから話したと聞いているけど俺、ロジャー、フレイ、エステルちゃんは伝承にある【ドラグーン・バレー】だ。飛竜と心を通わす事ができる民族だ。ドラグーン・バレーの一部は、カモフラージュのためにミネルバと偽って生活している。理由はまぁ、ここ数日で多少の苦労を見せてしまっているからわかるかもしれないけど」
ここ数日で飛竜関係の闇には触れてきた。たった数日だけど、人間の欲を煮詰めたような闇を目の当たりにしてきた。あれが日常になる苦悩は察するに余りある。
「色々と協定を交わす事でドラグーン・バレーとミネルバは協力関係にある。そして王室もそれに一枚噛んでいて、この協力体制を維持してるんだ。いわば密約の関係だ。そこらへんは詳しくは話せないけどね。それと、秘密結社とドラグーン・バレーは協力体制にあるというだけで、僕らの秘密を全て話すことはできない。ドラグーン・バレーの人間が全て組織に属しているというわけでもないし。ロジャーは前から組織の人間だけど、フレイとエステルちゃんは昨日から入ってもらった…っていう感じだ。まぁ他とは違って、君が知りたい飛竜関係の情報はバハムートの事だけだろうけど。前に話した内容は覚えてくれてるかい?」
「勿論です。バハムートが飛竜じゃないという見解」
「そうだ。飛竜に存在する特殊なマナ…あれは特別な機械や魔法で感じるのではなく、俺達が直接感じ取る事ができるものだ。詳細は明かせないけど、飛竜と心を通わせているからこそできる能力だと思ってくれ。その特殊なマナをバハムートからは感じなかった。前に飛竜調査隊の隊長として答えたけど、今回はドラグーン・バレーとして正式に宣言する。【バハムートは飛竜じゃない。我々は君の敵とは何も関係もないし、正体も知らない】。納得してもらえるかい?」
「はい!ありがとうございます!」
「おぉ~えらくあっさりしてるね。俺がウソをついてる可能性は考えないの?」
「ないです!この目には自信がありますので。フリューゲル副隊長程の人なら隠し通せるのでは?と思いましたけど答えは出ないので、自分の目を信じる事にしました」
疑念なんて抱こうと思えばいくらでも抱ける。でも答えを知る方法などないわけで、考えるだけ無駄。自分の目を信じて、スパッと考えを切り替えた方がいいのだ。
「なるほどね。確かに今回の件では君の目は大活躍だった。トリスタンを怪しいと君が言わなかったら捜査にもっと遅れが出ていただろう。俺や同志達、上層部も含めて誰も見抜くことのできなかった奴の邪悪さに気づけたのは君だけだ。素晴らしい目をしている。強者揃いの組織の中を見ても、並ぶ者はいないだろう」
「へへへ、いやいやそれ程でも~!」
こんなに褒められるなんて少し照れてしまう。
「だからこそ聞いてみたい。組織の戦いは今回以上に命の危険に晒され、辛い決断を迫られる。命について、いくら決意を固めようとその全てが無意味になるかもしれない。仲間や大切な人が目の前で、志半ばでその命を終わらせるかもしれない。組織はリスクを冒して戦うが、その使命のためなら見捨てる事もする。君や君の大切な人も。そうしろと命じられる事も…。今、隣にいるフライハイトさんでさえも見捨てなくてはいけない時が来るかもしれない。その覚悟はあるかい?」
世界の闇に触れる。それがどれほど危険な事かは、俺はあの日に身を持って体験した。何もできずに無力感にかられたあの日々を、また繰り返すかもしれない。
でもだからこそ、答えは決まっている。
「俺は…心が強くないので、大切な人を見捨てる事はできないと思います。もしもその時が来たら、一緒に命を燃やして秘密を守ります。それが俺なりの覚悟です」
黙って見ているだけの時は終わった。たとえそれが原則違反だとしても、もう止まらない。誰かの命の上で生き永らえる経験は、あの時だけで十分だ。
2人が俺をじっと見つめる。どういう感情なのかはさっぱりわからない。
(もしかして今ので入団お断りされたりしないよね?…しないよね?)
あんなに啖呵を切ったものの、そんな考えの人間は組織にいらん!とか言われて斬られる可能性は考えてなかった。どうしよう。急に不安になってきた。
「君らしい…良い答えだ。合格だ」
満足そうにフリューゲルは笑い、俺の手をがっつり握った。
(よかったー!合格した!!)
思わぬ緊張感から解放されて、ドッと息を吐いた。冷や汗も少しかいた。
「エドガー君、おめでとうございます。よかったですね」
「やったよ、ミラちゃ…さん!」
あまりに嬉しさと緊張の糸が切れたことで危うく人前“ちゃん”付けで呼びかけた。危ない、危ない。ちょっと頬を赤く染めたミラちゃんが睨んでくる。可愛い。
さっきまでの会話を全部聞かれていて“ちゃん”付けを知られているだろうが、その点は気にしてはいけないのだ。
「実力不足の新米ですが、何卒よろしくお願いします!」
「まぁ単騎戦闘においては自分で言っていた通り、まだまだ実力不足だけど…鎧も結界魔法も貫けるユニークスキル。高速飛行が可能な上級魔法エアライド。どんな状況でも寸分の狂いもない正確な射撃。そしてその鑑識眼。正直、組織としては喉から手が出るほどに欲しい人材だった。適材適所、君の実力を最大限に発揮できる役割を用意するよ!ただフライハイトさんからの鍛錬はしてくれよ。めっちゃキツいけど頑張って!」
「ビシバシと行きますので安心してください」
ミラちゃん、どこも安心できないよ…。もしかしてさっきの“ちゃん”付けの怒りを引きづって…?!というかフリューゲルさんでもキツい鍛錬って、果たして俺は…大丈夫なのだろうか?任務よりもそっちでダメージを負うのではないだろうか。
「それと他の5人も組織に入ることになった。今は別の場所で手続きをして、終わり次第早速任務に就いてもらう手はずになってる。イクシオンに帰れたら、すぐに会える」
「そうでしたか!よかったー!」
みんなとこれからも一緒でいられるのは嬉しい。
ライナーは何のためらいもなく入るだろうとは思っていた。最後にアルベルトが言っていた言葉。行方不明となっているライナーの親父さんを知っているような口ぶりだった。あいつも真実に近づくために、前を向いているんだ。
「正式な入団までは監視役としてフライハイトさんを付かせておくから、これからの予定は彼女を通じて連絡するよ。組織の詳しい話はまた今度ってことで。じゃあフライハイトさん、よろしく。ヴァルフリートさんには俺から伝えておく」
「はい!かしこまりました。そう言うわけですのでエドガー君、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく!ミラさんと一緒なんて嬉しいよ!」
とにかく俺は大切な人と一緒に居られる。ただそれだけで満足なんだ。
また一歩、真実に近づく旅路が始まった。
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