第23話 想いの答え×役割を遂行する
「チッ、本当に可愛げの欠片もない奴だ。なぜここだとわかった?」
「バレないよう通信するなど、ヴァルフリート家の技術を使えばわけありません。まぁエドガー君が貴方を警戒していなければそんなものを使う事はなく、“以前の様に”完全犯罪が成立していたでしょう。彼を見くびっていた結果です」
「…殺せ。ユニークスキルだろうと構わん!あの見た目だ、処理機にもならん!!殺せっ!!!アダムス様、よろしいですね?」
「下らんことを聞くな!見ているだけで萎える。ユニークスキルしか価値のない下賤で、男みたいな見た目の女もどきが俺の前に姿を見せるな!!完全犯罪?どんな証拠を持ってるかは知らないがどうでもいい。もみ消すだけだ。さっさと消えろ!!!」
心底欲望に塗れた人間の皮を被った獣のようで。いや、獣に失礼ですね。
「噂通りのルッキズム。アナタ方のような欲望に振り回される獣以下の気色悪い人間から、どう言われようとなんとも思いません。大切な人から『可愛らしい』と言ってもらえているのでそれだけで十分です。それにそんな事よりも、よくも私の大切な人を…!その身をもって因果を食らえ!!!」
数は圧倒的に劣勢。数時間に渡り、シンギュラリティを発動しながら走り続けて、体力的には人生で経験したことがないほどに疲労が溜まっている。叶う事ならフカフカのベッドに横になりたい。状況を見ればかなり厳しい。
しかし、精神的にはこれ以上ないくらいに最高潮を迎えている。大切な人を助けられたのです。全身に力が漲ってくる。頑張るなんてわけない。
負ける気など一切しない。
「しっかり意識を持ってね!!応急処置をするから痛いだろうけど頑張って!ミラさんも来てくれたんだから!」
「ハートフィールドさん…ありがとう…」
一度寝転んでしまうと緊張の糸が切れたのか、途端に今までの疲労とダメージが押し寄せてきて立ち上がる事も、体を動かす余力もない。全てを出し切った。
雨は止み、夕陽が差し込んできても地面はずぶ濡れ。そんな場所に寝転んだのは初めてだけど、意外と悪くないかもしれない。
鎧を外され、ハートフィールドさんのヒールが始まった。少しぼんやりと暖かくなってきたと同時に、傷口が焼けるような感覚がしてくる。熱いし痛い。でもその痛みに反応するだけの力も残っていない。ボロボロだ。
数秒後、地響きが背中から伝わり、戦闘音が雷鳴の様に戦場を駆け巡る。衝撃波で空気が揺れ、風が頬を撫でていく。
首を傾けてチラッと見れば、天からの陽の光りが照らす中で戦場を駆けるミラちゃんの姿が。複数人を相手にしても一歩も引かず、互角どころか圧倒している。しかも傷ついて血を流しても瞬時に回復し、何事もなかったように突き進む。前に話してくれたユニークスキル【フォース・オブ・シンギュラリティ】の能力。
その活躍は一騎当千。戦場に舞い降りた勝利の女神、なんて少し子供っぽい表現かもしれないけど大げさではなく心底そう思ってしまう。それほどまでに動きは可憐で、その全てが美しい。世界で唯一無二の輝きを放っている。
目が離せない。
さっきまであんなに疲れていた表情は、嬉しそうに生き生きとしていて。動きもリンドヴルムの時とそう変わらない。一体どこからそんな力が湧いてくるのか。日ごろの並々ならぬ鍛錬の結果なんだろうね。
出会った時は、寂しげで今にも消えてしまいそうな程に儚げで。触れてしまえば、その瞬間に消えてしまうのではないかと思うほどだった。でも決して折れない強い意志を持っていて、その絶望に正面から戦っていた。自分の事で大変なはずなのに、俺に近づいてきて優しく包み込んでくれた。その心の強さは今も変わらない所か、もっと強くなっている。
「凄いね、ミラちゃん…どんどん強くなって。昔も今も未来でも、ずっと憧れの存在だよ」
一騎当千の活躍を見て、俺はただそう独り言を呟く事しかできない。
傷の痛みも、血の気が引いていって冷たくなっている体も、彼女を見ているだけでそんなことは全て忘れてしまうほどに些細な事に変わっていく。
「またデートに行くんでしょ!どこに行きたいとかある?少しならアドバイスができるよ」
ヒールしつつ結界魔法を張り、他のメンバーのサポートをしているのにさらには俺の意識を確認するために話しかけてきてくれるなんて。ハートフィールドさんも大概だな。強い人だ。
「ありがとう。行きたい場所…そうだね…。あぁ…『一緒に星空が見たい』。田舎から出たのは初めてだから、他の場所の星空スポットがわからなくて、悩んでたんだ…」
「星空!いいね!」
「あの日に肩を寄せって見た星空は、今でも鮮明に瞼に浮かぶくらいに綺麗で。世界がどんなに過酷でも、どんな困難な状況でも…何も変わることなく綺麗なまま。俺達にとって、特別な光景なんだ」
「それなら任せろし!スカイ国内の星空スポットならめっちゃ押さえているから、教えてあげる!少しずつ傷が塞がってきたよ!」
「本当?どっちの事もありがとう。その時はまたお世話になるよ。逆にハートフィールドさんも、なんか…ない?俺、恋愛とかはよくわからないけど、フレイ君とは同室だし、人を見る目は自信があるから多少はアドバイスできると、思うよ…?」
「べ、別に私とフレイはそんな仲じゃないし!恋愛なんて…そんな、まさか…だし!」
俺はミラちゃんから目が離せないのでハートフィールドさんの表情はわからないけど、この声色からしてあたふたしているのは間違いない。これほどまでに好意というのが分かりやすい人も早々いない。
「ていうか、スターリースカイ君こそどうなんだし。ミラさんの事、好き?」
「あぁ…好き、か。恋愛感情的なものは自分自身でもよくわからないけど─『生涯を共にする異性は彼女がいい』。それが今の俺の答え…かな」
「フフ、それも立派な愛だし。これから自覚していけばいい。今はまだそれでもいいし」
「ハハッ…マークにも、同じような事を言われたよ」
きっとこれからこの特別な感情は変化していく。その行く末がどうなろうと、大切な人という事は不変である。
「はぁ、はぁ…はぁっ!」
倒せど倒せど敵の数は減るどころか増えていくばかり。最初に恐怖を感じて消極的だった人間ですらも周りの圧に押され引き返す事ができなくなったのか、狂気じみた瞳で剣を振るい、魔法を放つ。戦いは人を壊す。体も、心も。
エドガー君をヒールしているために、他のメンバーは傷ついても治療無し、休みなしで動き続けている。皆、限界も近い。特に私と共に最前線を維持しているフリューゲルさんの負担は大きく、傷の数も見る見るうちに増えていく。体のリミッターを外して超人的な力を出せる彼ですが、当然その分の負担は常人の比ではなく。今もこうして立っていられるのも、大切な人を守りたいがための心の強さあっての事。体の限界など、とうに超えているはず。
「どうした女もどき!!カッコよく助太刀に来た割にはこのざまか!大した成果も出せないとは、ユニークスキルとやらも噂程ではないな!お前では、ここにいる誰も救うことはできない!」
疲弊していく私たちを見て、トリスタンの勢いは増す。戦いじゃなく口先ですが。
そのバカみたいな言葉に取り巻き達も頷いて馬鹿にした目で見てきますが、その声に士気を上げて無闇に突っ込んでくる人間はおらず。絶妙に頭が切れる相手ですね。
まぁその煽りも、私の役目に対して全く的外れなわけですが。
その時、ハルバードが少し震える。合図が来た。
地面に向けて思い切りハルバードを叩きつけ、衝撃波を生み出し、敵と自分たちの間に距離を作る。そのままエドガー君の近くまで全員を下げて、一団となる。エステルさんに結界魔法を張ってもらい、一息つく。
「私一人では誰一人欠ける事無く、この場から脱出するのは難しい。ですが…狙い通りです」
「あぁ?負け惜しみか!生意気な事を言ったくせに何も守れないダメ人間なんだよ!!ブスな上に性格も悪いなんて救いようがねぇな!!」
「本当に救いようがありませんね…あなた方は。私がここに来て、もうどれくらい経つでしょうか?ヴァルフリート家の付き人を務めている私が何も策を練らず、勝機もなく、単騎でこの場に来たと本気で思っているんですか?」
そう言って見せると、先ほどまで余裕だった全員の表情が凍り付く。
普通なら救援者が1人来ただけでも焦る。しかし私1人しか救援は来ず、領地の堺の監視人からは連絡も来ていない。これだけの時間が経てば、『こいつは1人で来たんだ』と“思い込みたくなる”のが、悪事を働いた人間の心理。救助任務において、そんな事は普通ならあり得ない。しかしそんな状況にさえも縋り付き、真実だと思い込む。哀れですね。
「さっきから見てもらえればわかると思いますが、私は足が速いです。ユニークスキル【フォース・オブ・シンギュラリティ】のおかげで身体能力が超人的になります。すなわち誰よりも早く、この場に駆け付ける事ができる。瞬間回復能力もあり、毒も効かず負傷する事はありません。マナ、気力、体力が尽きるまで動き続ける事ができます。誰よりも早く戦場に駆け付け、誰よりも長く戦線を維持できる。そんな私の役割は─【時間稼ぎ】ですよ」
「…戯言だ…そんなものは戯言だ!!!殺せっー!!!!!」
トリスタンの叫びを皮切りに殺傷能力の高い魔法攻撃が四方八方から飛んでくる。禁断の魔法のようなものまでも飛んできていますが、どうでもいい。
届くことはないのですから。
刹那、空から爆炎が降り注ぐ。
視界の全てが眩い光りに覆いつくされ、全ての魔法攻撃は劫火に飲み込まれた。結界魔法の中にいて、さらにはこれほどまでに距離が離れているのに熱い。汗が噴き出し、まるで真夏の太陽の下にいるかのように。
爆炎が徐々に収まり、1人と1匹の飛竜の影が写る。
燃え上がるような深紅の刀身の大剣。純白のマントのついた群青色の鎧。竜に跨るその姿は伝承に登場する『英雄』そのもの。
「みんな、待たせたね。助けに来たよ」
飛竜【サラマンダー】に跨り、晴れ晴れとした笑顔を向けてきたのは、【ニック・フリューゲル】。スカイ国を救った英雄にして、フレイ・フリューゲルさんの兄。
私の時間稼ぎは成功を収めました。
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