怪盗レッド 怪盗と探偵と泥棒の合同プロジェクト☆の巻

秋木真

0 プロローグ & 1 変化の予感と、わるい予感?

       0 プロローグ



 消毒液の匂いが、鼻の奥を、ツンと刺激する。

 蛍光灯の光と、白い壁が、やけにまぶしく感じた。

 わたしが歩いているのは、病院のろう下。

 もう何度もきた道だから、目的の部屋にも、もう、まったく迷いなくいけるよ。

 ある個室のドアの前で、わたしは立ち止まる。

   コンコン

 ノックをして、それから、ドアを開けた。


 縦に長い部屋の真ん中あたりに、ベッドがおかれている。

 奥の窓のカーテンは、半分ぐらい開いていた。

 わたしは、ベッドに横になっている人と目があって、にっこりと笑った。


「こんにちはっ、アリー先輩っ!」

 わたしは、かるい足どりで、ベッドサイドまで近づく。

 アリー先輩は、横たわったまま、顔だけでわたしのほうを見て、うすくくちびるを開いた。


「……アスカ。また、きてくれたの」

「――!」

 その声は、いつもより、ずっとずっと、か細くて。

 耳をすまさないと、ききのがしてしまいそう。

 顔色は、透きとおるみたいに青白くて、血の色が感じられない。


 それでも……アリー先輩が、生きている!

 わたしを見て、うっすらと、その顔に、ほほえみをうかべているんだ!


「前より、声がしっかりしてます。よかった!」

 わたしは、さっそくイスをひっぱってきて、ベッドの横にすわる。

 見ると、2日前に持ってきたお見舞いのお菓子が、まだある。

 けど、前より2つほど数が減っているから……もしかしたら、気に入ってくれたのかもしれない。


「リハビリが、はじまった」

 アリー先輩が、よろめきながら、体をおこそうとする。

 手助けしようと、わたしはさっと動こうとしたけれど、やさしく首をふられた。

 そのままアリー先輩は、自分だけの力で、ベッドの上で座りなおす。


「もうそんなに動けるんですね!」

「でも、だいぶ時間がかかった。もう、12月」

 アリー先輩は、ほんの少し、不服そうな顔をしている。

 でも、それはしかたがないよ。

 ――あの日……アリー先輩が、銃に撃たれたときのことを、思いだして、わたしはおもわず、ぶるっと体をふるわせる。


 撃たれた直後、どんなに傷口をおさえても、止まらなくて。

 アリー先輩の細い体から、びっくりするほどの血が流れてしまった。

 なんとか病院に運ばれてからも、先輩は、ずっと集中治療室に入ったままだった。

「命は助かった」ってきかされても、安心なんて、ぜんぜんできなかった。


 時間なんか、いくらかかってもいいよ。

 いま、先輩と、こんなふうに話ができることさえ奇跡みたい。

 神様に感謝せずには、いられないよ。


「だいじょうぶですよ。どんなに時間がかかっても、先輩がもどってくるまで、いつまででも、待ってますから」

 わたしは、布団から出た先輩の右手を、両手で、そっとにぎりしめる。


「……うん。待ってて」

 アリー先輩が、かすかな力で、それでも多分、せいいっぱいに、ギュッとにぎりかえして、言ってくれる。


 そんなふうにこたえてくれるなんて、思っていなくて。

 わたしはおどろいて、目を見ひらいてしまう。

 だって、いままでのアリー先輩なら。

 未来を約束するようなことを、言ったりはしなかったから。


 いまになって思うと、それは、アリー先輩の立場では、しかたがないことだったのかもしれないけど。

 わたしはずっと、悲しかった。

 そのアリー先輩が、「待ってて」って言うなんて……!


「はいっ! 待ってます!」

 わたしは、涙ぐみそうになりながら、満面の笑みをうかべて、返事する。

 アリー先輩の右手をはなして、そっと布団の中にもどしてから、わたしは立ちあがった。


「つかれさせちゃうから、もういきますね。またすぐ、きます」

 あんまり長くいると、アリー先輩に負担がかかるからね。

 そうじゃなくても、けっこうわたし、頻繁にきてるし。

「ありがとう」

 アリー先輩の視線に見おくられて、わたしは病室を出る。



 病院を出ると、外は12月らしく、いきかう人々の、せわしない空気が伝わってくる。

 でも――どうするのかな、アリー先輩。

 病室で、ききたかったけど、きけなかったこと。

 12月。

 それは、中学3年生のアリー先輩にとっては、もうすぐ中等部の卒業の時期がせまってるってことなんだ。

 気になるのは、アリー先輩が中学を卒業したあとのこと。

 どう考えているんだろう?

 春が丘学園は私立だから、エスカレーター式で、そのまま高等部へ進学する人が多いけど、先輩は……。

 入院が長引いているから、出席日数が不安だ。

 でも、アリー先輩は成績優秀だし、きっと、ほかの方法で、学園は対応してくれると思う。

 だから、わたしが心配しているのは、そういうことじゃなくて……。


 アリー先輩の「気持ち」なんだ。

 うちの高等部にいくつもりがあるのか――って。

 もしかしたら、この街から……ううん。

 先輩の場合は、このから、いなくなってしまったって、おかしくないんだ。

 そのことを考えると、胸がギュッとくるしくなる。


 だから、ずっとききたいけど、きけない。

 いつも、病室にいく前には、今日こそきこうって思うんだけど……先輩を目の前にすると「体を治すことのほうが先だよね」なんて、自分に言い訳をして、きけないんだ。


 だって。

 もし、「いなくなるよ」なんて言われちゃったら……。

 あ~あ。

 わたしって、けっこう臆病おくびょうだ。



       1 変化の予感と、わるい予感?



 「うぅ……けっこう寒くなってきたなぁ」

 わたしは冷たい風に身をすくめてコートのえりを寄せながら、校門をくぐった。

 吐く息が白いし、足音は、校門の石畳いしだたみに乾いた音を立ててる。

 12月に入ってから、春が丘学園も、いつもよりざわつきが大きくなった気がするなあ。


 この時期の学校って、いろいろなことが入れ替わるよね。

 まず3年生は、進路のことがあるし。

 受験をするなら、勉強だってある。

 夏休みの終わりに部長が代わらなかった部活は、このタイミングで交代するし。

 生徒会長選も秋にあったし。

 学校の中の環境が、どんどん入れ替わっていく予感が、ひしひしと感じられちゃう時期なんだ。


 それに、なんたって、高等部の3年生の先輩たちが!

 全員が、この春が丘学園からいなくなっちゃうんだよ!!

 その中には、あの、理央りお先輩や、怪盗部の先輩たちもいる。


 ……怪盗部、どうなるのかな?

 はじめて知ったときはドキドキしたけど。

 部がなくなっちゃうっていうのは、ちょっと……。

 けど、理央先輩のあとを継げるような子なんて、そうそういなそうだもんね。

 しょうがないのかなあ……。


 そんなことを考えながら、とぼとぼと校舎のろう下を歩いていると、目の前のほうから、親友の実咲みさきと、詩織しおり先輩が、ならんで歩いてくるのが見えた。

 2人は、なにか真剣に話しこんでるみたいで、わたしには気づいてない。


「おはようございますっ!」

 わたしは、詩織先輩にむかって、笑顔で声をあげる。

 つづけて「おはよ、実咲」と、実咲にもあいさつする。

「おはよう、アスカ。いま登校?」

「そうだよ。2人とも早いんだね。生徒会の仕事?」

「そう。また、いそがしくなりそうよ」

 詩織先輩はそう言いながらも、どこかうれしそうだ。

 いそがしいくらいが、好きなのかも。


「そういえば、また『詩織会長』、ですね、おめでとうございます!」


 そうなんだ。

 秋の生徒会長選で、詩織先輩は、高等部の生徒会長に選ばれていた。

 ほかの立候補者を、圧倒するほどの得票数だったんだって!

 さすが中等部で「アイスクイーン」なんて呼ばれてた、詩織会長だよね。

「ありがとう。……でも、あなたからその名を呼ばれると、中等部時代を思いだして、不吉な気分になるわね」

 と、詩織会長。


「えええっ、なんでですか!」

 わたしには、すご――――く、いい思い出だよ!?

 そ、そりゃ、顔をあわせるたびに、詩織会長から、なにか注意されていたような気が……しなくもないけど……さ。


「ふふっ、冗談よ、アスカ。これからもよろしくね」

 詩織会長は、クールに言う。

「もうっ」

 わたしは、ほおをふくらませて見せたあと、詩織会長と目を合わせて、笑いあう。


 冷静沈着でまじめな「アイスクイーン」だって思ってる人も多いけど。

 本当は、けっこうお茶目なところもあるのが、詩織会長のすてきなところなんだよね!


「あの、ところで2人は、なにを話してたんですか?」

 この2人の組み合わせは、ちょっとめずらしいよね。

 学年がちがうし、実咲は中等部で、先輩は高等部だし。


「いま、『先輩』からアドバイスを受けていたのよ」

 詩織会長が、そう言いながら、実咲に目をやる。

 んんっ?

 詩織会長が、実咲のことを「先輩」と呼ぶって……???


「ちょ! 先輩だなんて、冗談はやめてくださいっ!」

 実咲があわてたように、両手をふっている。

 わたしが、首をひねっていると、詩織会長がおもしろそうに説明してくれる。


「ほら、氷室さんは、1年生のうちから生徒会長になったでしょう。でも、私は中等部では、2年生からだったから」

「なるほどー?」


 それで「先輩」か。

 たしかにそうとも言えるけど、もちろん冗談だよね?

 ……でも、まじめな詩織会長だから、そうとも言い切れないのがこわい。


「ちょっと、『なるほどー?』じゃないから、アスカ! ……いまはおたがいに、中等部と高等部の生徒会にいるでしょ。だから改めて、連携できることはしていきましょうって、話をさせてもらってたの!」

 そうそう。

 実咲も、秋の選挙戦でしっかり選ばれて、生徒会長の2期目に突入している。

 この2人が、それぞれ「生徒会長」として、こうしてならんでいる。

 たのもしいなあ。

 だって、だれよりも学校のことを考えてる人たちだって、わたしは知ってるから。


「どうしたの、アスカ。ニヤニヤして」

「わたしのよく知ってる2人が、生徒会長としてならんでるのが、うれしいなーって」

 わたしが答えると、実咲と詩織会長が、あきれたような顔を見あわせてる。


 あれ? わたし、なんか変なこと言った?


「わたしと詩織先輩をつないでくれたのは、アスカでしょ。そうじゃなければ、生徒会長っていう立場同士でしか、知り合えてなかったよ」

 実咲が、あきれたという顔をしている。

「そうね。プライベートで話すようになったのは、紅月さんがきっかけよ。あなたって、よく人と人を出会わせるから」

 詩織会長は、わたしに目をやって、ほほ笑む。

「ええっ? そうだっけ?」

 記憶は、おぼろげにあるけどさ。

 自分がきっかけだったのかは、ぜんぜん覚えてない。

 この2人を引きあわせようっ! なんて、思ったことはないはずだ。


「アスカらしいなあ」

「そうね。紅月さんは、変わらないわね」

 2人から、同時に納得されてしまう。

 む? ほめられてるん……だよね?

 ちょっと釈然としない気もするけど、そう思っておこう。


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