第11話 魂の叫び──失われた友を取り戻せ
黒刃が雨のように降り注ぐ。
一本一本が魂を裂く力を帯び、かすっただけで命を奪う凶器だった。
「アジュダル、頼む!」
「吠えずともやる!」
黒獣王の爪が閃き、闇の刃群を粉砕する。
衝撃で大気が裂け、森は悲鳴を上げた。
アイナが結界を張り、蓮を守るように立つ。
「蓮さん! ここは――」
「下がっていろ、アイナ!」
蓮は叫ぶが、アイナは頷かない。
気丈に杖を構え、足が震えていようとも、彼女は逃げない。
「……俺も、守りたいの」
顔を伏せたまま、アイナが呟く。
その声はか細いのに、不思議と強かった。
蓮は一瞬だけその姿を見つめ、息を吸った。
――守る。
アイナも、二宮も。
(どんな手を使ってでも、俺は……)
◆
二宮は宙に浮かび、感情の消えた目で蓮を見下ろす。
「逃げないのか……いいね。
じゃあ“本気”でいこうか」
空気が黒く染まる。
魔力ではない。
もっと深い――“魂の瘴気”。
アジュダルが低く警告する。
「蓮。あれは魂を侵す毒だ。長く吸えば、貴様も奴に堕ちる」
「分かってる……だから、早く終わらせる!!」
スマホアプリを開く。
黒い画面に文字が浮かぶ。
【召喚:契約獣を選択してください】
蓮は迷わずアジュダルを指選する。
黒い光が弾け、獣王が影を纏って巨大化した。
「――《黒獣解放(アンリーシュ)》!」
黒い稲妻が走り、アジュダルの力がさらに解放される。
大地が陥没し、木々が根こそぎ吹き飛ぶ威圧。
二宮が呟く。
「なるほど……“あの森”で契約したわけだ。
そいつは、王国が封印した魔物だからな」
「……封印?」
蓮が息をのむ。
二宮は淡々と続ける。
「王国の魂術を拒んだ化け物は、全部あそこに封じられる。
抵抗する魂を、王は嫌うんだよ」
――あの森は、魂を食われる運命に抗った者たちの墓だった。
アジュダルが鼻で笑う。
「我ら魔獣は魂に従う。
主が望むなら、世界を敵に回しても構わぬ」
蓮は強く頷いた。
「行くぞ、アジュダル!!」
黒獣王が地を蹴り、影が二宮へと迫る。
二宮は黒刃を構え、呟いた。
「――喰え」
霧が蠢き、影と影が噛み合う。
噛み合った瞬間――
アジュダルの動きが鈍った。
「……っ!」
黒い霧がアジュダルへ侵入し、魂を侵食し始める。
二宮は口角を少しだけ上げた。
「魂に直接触れる攻撃だ。
いくら化け物でも、魂を喰われれば……」
その言葉が終わる前に、蓮が動いた。
「アジュダル!!」
蓮はアプリを操作し、黒い呪紋を走らせる。
次の瞬間、アジュダルが包まれた霧が断ち切られた。
二宮の目が細まる。
「……対魂術、か。
どうしてそんなものが使える?」
「さあな。スマホに聞けよ!」
蓮は笑った。
その笑みはどこか挑発的で、そして必死だった。
二宮は短く息を吐く。
「面倒だ」
黒刃が、蓮へ向けて乱れ放たれる。
アジュダルが蓮を抱え、影へ逃がした――
だが、一本だけが蓮の肩を掠めた。
「あ……っ!」
皮膚は無事。
だが、内側――魂が裂けるような痛みが走る。
「蓮さん!!」
アイナが駆け寄る。
手を伸ばした瞬間――
アイナの手が淡く光り、蓮の肩に触れた。
すると、痛みがスッと消えていく。
「……え?」
アイナは自分の手を見た。
「私……今……」
アジュダルが目を見張る。
「――“魂癒し(ソウルヒール)”……だと?」
アイナは震えながらも立ちすくむ。
蓮の魂の傷が、確かに癒えていた。
二宮が眉をわずかに動かす。
「魂を癒せる人間……?
この世界でも、ほとんどいないはずだ」
アイナは首を振る。
「分からない……
でも、蓮さんが痛そうで……
触ったら、光って……」
蓮はアイナの手をそっと握った。
「助かった。ありがとう」
アイナの目が潤む。
二宮が、楽しげに笑った。
「面白い。
じゃあ、彼女の魂も“回収”しなきゃな」
黒い霧が、アイナへ向かって伸びる。
「――させない!!」
蓮が叫ぶ。
アプリが反応し、黒い陣が空間に浮かぶ。
「召喚――《影狼(シャドウウルフ)》!」
影から狼が飛び出し、霧へ噛み付く。
霧は断たれ、二宮が苛立たしげに舌打ちした。
蓮は叫ぶ。
「二宮!!
俺は、お前を諦めない!!
魂を喰われたって、奪われたって――
お前を取り戻す!」
二宮は微動だにしない。
だが、瞳の奥――
わずかに揺らぎが見えた。
「そんなこと……できるわけないだろ」
「できるまでやる!!」
蓮の叫びが、魂そのものを震わせる。
「俺は――友達を見捨てない!!」
二宮の刃が、わずかにぶれる。
心が揺れた証拠。
アジュダルが咆哮する。
「魂を奪われし者よ。
我が主は、貴様を見捨てぬと言っている。
――貴様の魂は、それでも“空”を望むか!」
二宮の身体が震えた。
黒い霧が渦を巻き、彼の意識を飲み込もうとする。
二宮が呻く。
「……やめろ……
俺は……もう、戻れない……!」
蓮が手を伸ばす。
「戻れる!!
まだ間に合う!!」
「――黙れッ!!」
二宮が刃を振り下ろす。
蓮も同時に手を伸ばし――
光が弾けた。
黒い霧が裂け、魂の叫びが木霊する。
二宮が苦悶の声を上げ、胸を押さえて倒れ込んだ。
蓮は駆け寄る。
「二宮!!」
二宮の瞳が――
わずかに、人の光を取り戻していた。
「れ……ん……?」
掠れた声。
確かに、あの日と同じ声。
「そうだ……俺だ!!」
蓮の声が震える。
だが――
「逃げろ……レン……
お前も喰われ……る……」
二宮の胸から、黒い霧が溢れ始めた。
その霧は、まるで何かが出ようとするかのように蠢いている。
アジュダルが唸る。
「――来るぞ。
二宮の身体を喰った“本物”が」
黒霧が渦を巻き、形を成す。
やがて、黒い角と無数の眼を持つ“異形”が姿を現した。
『■■■■■■■■――!!』
魂を食らう獣。
それは、人も魔物もない、純粋な“闇”だった。
蓮は震える手でスマホを構えた。
「絶対に……
取り戻すからな、二宮――!」
影が吼え、闇が笑う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます