第11話 魂の叫び──失われた友を取り戻せ

 黒刃が雨のように降り注ぐ。

 一本一本が魂を裂く力を帯び、かすっただけで命を奪う凶器だった。


「アジュダル、頼む!」

「吠えずともやる!」


 黒獣王の爪が閃き、闇の刃群を粉砕する。

 衝撃で大気が裂け、森は悲鳴を上げた。

 アイナが結界を張り、蓮を守るように立つ。


「蓮さん! ここは――」

「下がっていろ、アイナ!」


 蓮は叫ぶが、アイナは頷かない。

 気丈に杖を構え、足が震えていようとも、彼女は逃げない。


「……俺も、守りたいの」


 顔を伏せたまま、アイナが呟く。

 その声はか細いのに、不思議と強かった。


 蓮は一瞬だけその姿を見つめ、息を吸った。

 ――守る。

 アイナも、二宮も。


(どんな手を使ってでも、俺は……)



 二宮は宙に浮かび、感情の消えた目で蓮を見下ろす。


「逃げないのか……いいね。

 じゃあ“本気”でいこうか」


 空気が黒く染まる。

 魔力ではない。

 もっと深い――“魂の瘴気”。


 アジュダルが低く警告する。

「蓮。あれは魂を侵す毒だ。長く吸えば、貴様も奴に堕ちる」


「分かってる……だから、早く終わらせる!!」


 スマホアプリを開く。

 黒い画面に文字が浮かぶ。


【召喚:契約獣を選択してください】


 蓮は迷わずアジュダルを指選する。

 黒い光が弾け、獣王が影を纏って巨大化した。


「――《黒獣解放(アンリーシュ)》!」


 黒い稲妻が走り、アジュダルの力がさらに解放される。

 大地が陥没し、木々が根こそぎ吹き飛ぶ威圧。


 二宮が呟く。

「なるほど……“あの森”で契約したわけだ。

 そいつは、王国が封印した魔物だからな」


「……封印?」

 蓮が息をのむ。

 二宮は淡々と続ける。


「王国の魂術を拒んだ化け物は、全部あそこに封じられる。

 抵抗する魂を、王は嫌うんだよ」


 ――あの森は、魂を食われる運命に抗った者たちの墓だった。


 アジュダルが鼻で笑う。

「我ら魔獣は魂に従う。

 主が望むなら、世界を敵に回しても構わぬ」


 蓮は強く頷いた。


「行くぞ、アジュダル!!」


 黒獣王が地を蹴り、影が二宮へと迫る。

 二宮は黒刃を構え、呟いた。


「――喰え」


 霧が蠢き、影と影が噛み合う。

 噛み合った瞬間――


 アジュダルの動きが鈍った。


「……っ!」


 黒い霧がアジュダルへ侵入し、魂を侵食し始める。

 二宮は口角を少しだけ上げた。


「魂に直接触れる攻撃だ。

 いくら化け物でも、魂を喰われれば……」


 その言葉が終わる前に、蓮が動いた。


「アジュダル!!」


 蓮はアプリを操作し、黒い呪紋を走らせる。

 次の瞬間、アジュダルが包まれた霧が断ち切られた。


 二宮の目が細まる。


「……対魂術、か。

 どうしてそんなものが使える?」


「さあな。スマホに聞けよ!」


 蓮は笑った。

 その笑みはどこか挑発的で、そして必死だった。


 二宮は短く息を吐く。


「面倒だ」


 黒刃が、蓮へ向けて乱れ放たれる。

 アジュダルが蓮を抱え、影へ逃がした――

 だが、一本だけが蓮の肩を掠めた。


「あ……っ!」


 皮膚は無事。

 だが、内側――魂が裂けるような痛みが走る。


「蓮さん!!」

 アイナが駆け寄る。

 手を伸ばした瞬間――


 アイナの手が淡く光り、蓮の肩に触れた。

 すると、痛みがスッと消えていく。


「……え?」

 アイナは自分の手を見た。


「私……今……」

 アジュダルが目を見張る。


「――“魂癒し(ソウルヒール)”……だと?」


 アイナは震えながらも立ちすくむ。

 蓮の魂の傷が、確かに癒えていた。


 二宮が眉をわずかに動かす。


「魂を癒せる人間……?

 この世界でも、ほとんどいないはずだ」


 アイナは首を振る。

「分からない……

 でも、蓮さんが痛そうで……

 触ったら、光って……」


 蓮はアイナの手をそっと握った。

「助かった。ありがとう」

 アイナの目が潤む。


 二宮が、楽しげに笑った。


「面白い。

 じゃあ、彼女の魂も“回収”しなきゃな」


 黒い霧が、アイナへ向かって伸びる。


「――させない!!」


 蓮が叫ぶ。

 アプリが反応し、黒い陣が空間に浮かぶ。


「召喚――《影狼(シャドウウルフ)》!」


 影から狼が飛び出し、霧へ噛み付く。

 霧は断たれ、二宮が苛立たしげに舌打ちした。


 蓮は叫ぶ。


「二宮!!

 俺は、お前を諦めない!!

 魂を喰われたって、奪われたって――

 お前を取り戻す!」


 二宮は微動だにしない。

 だが、瞳の奥――

 わずかに揺らぎが見えた。


「そんなこと……できるわけないだろ」


「できるまでやる!!」


 蓮の叫びが、魂そのものを震わせる。


「俺は――友達を見捨てない!!」


 二宮の刃が、わずかにぶれる。

 心が揺れた証拠。


 アジュダルが咆哮する。


「魂を奪われし者よ。

 我が主は、貴様を見捨てぬと言っている。

 ――貴様の魂は、それでも“空”を望むか!」


 二宮の身体が震えた。

 黒い霧が渦を巻き、彼の意識を飲み込もうとする。


 二宮が呻く。


「……やめろ……

 俺は……もう、戻れない……!」


 蓮が手を伸ばす。

「戻れる!!

 まだ間に合う!!」


「――黙れッ!!」


 二宮が刃を振り下ろす。

 蓮も同時に手を伸ばし――


 光が弾けた。


 黒い霧が裂け、魂の叫びが木霊する。

 二宮が苦悶の声を上げ、胸を押さえて倒れ込んだ。


 蓮は駆け寄る。

「二宮!!」


 二宮の瞳が――

 わずかに、人の光を取り戻していた。


「れ……ん……?」

 掠れた声。

 確かに、あの日と同じ声。


「そうだ……俺だ!!」

 蓮の声が震える。


 だが――


「逃げろ……レン……

 お前も喰われ……る……」


 二宮の胸から、黒い霧が溢れ始めた。

 その霧は、まるで何かが出ようとするかのように蠢いている。


 アジュダルが唸る。


「――来るぞ。

 二宮の身体を喰った“本物”が」


 黒霧が渦を巻き、形を成す。

 やがて、黒い角と無数の眼を持つ“異形”が姿を現した。


『■■■■■■■■――!!』


 魂を食らう獣。

 それは、人も魔物もない、純粋な“闇”だった。


 蓮は震える手でスマホを構えた。


「絶対に……

 取り戻すからな、二宮――!」


 影が吼え、闇が笑う。

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