第46話 王国領攻略に向けて

 マスラオとクオンが司令室に戻ると、いつのまにかキオラやルフィリオ、アランもいた。勇者一行全員とガンジョウ長城の幹部が揃った形である。


 マスラオはキオラと目があった後、そっぽを向いた。しかし彼の口角が小さく上がってるのを見て、キオラは微笑む。


「クオン〜。仲直りできた? もうへそ曲げてない?」


「うるさい黙れ」


「おお、元気になってますね」


「良かった良かった」


「チッ、なんなんだ貴様らは」


(あの二人の察しの良さ、凄いけど見透かされると恥ずかしいんだよな……)


 一歩引いて物事を見るアランと、お姉さん気質のルフィリオ。二人の洞察力にマスラオは感心と畏怖の念を抱いていた。


「ちょうど良かった。お二人にも聞いて欲しい話があります」


「何か分かったのか?」


「ええ」


 クオンはセシルの話そうとしてる事が何となく分かっているみたいだが、マスラオはピンと来なかった。


「すみません、俺、何の話してたか知らなくって」


「そうですよね。ある程度噛み砕いて説明させていただきます。私達は魔王がこの地に現れた事が気になって、過去の記録を調べていたんです」


「過去の記録……俺よりも前の代の勇者や魔王の話って事ですか?」


「はい。というのも、魔王と勇者様の戦いの逸話は、勇者様一行が魔王城に乗り込み討伐する話がほとんど……いえ、全部そうだという認識を誰もが持っています」


(まあ、前の世界のゲームとか漫画アニメでもそんな感じだな)


「なので、部下の魔人ではなく、魔王自身が城を離れて攻撃を仕掛ける、という話に前例があったのかを部下に調べさせていました」


 セシルの言葉に、マスラオは一つ疑問を持った。


「……えっと、それってそんな重要な事なんですか? 魔王に限らず、敵国に攻め込むってこと自体は別に変じゃなさそうですが」


「無論重要だ。僕らが魔王城に乗り込んで、もぬけの殻だったらどうする。その間に帝国が魔王に攻められ、陥落したらどうする。僕達はこれから王国領に侵入し、魔王城に向かうんだ。魔王は魔王城にいる、と言う前提が崩れては旅ができん」


「……なるほど。超重要だな」


 クオンの言葉は、マスラオの頭の中にスッと入った。勇者一行の旅の前提を覆しかねない問題であるということを、この場にいた誰もが理解した。


「話を戻しますね。結論から言うと、そのような前例は一件もありませんでした。今回が初めてのケースです」


「異例の出来事……か」


「はい。そこで疑問が何点か出てきます。まずはなぜ今回、魔王が攻め込んできたか。ただこれは考える意味が薄いかもしれません。さっき勇者様が仰った通り、敵国に攻め込むこと自体は変な事ではないですので」


「細かい狙いはあったにせよ、マスラオやキオラの命を狙った、もしくは国防最重要拠点の長城を落としたかった……他諸々考えるとキリがないもんね」


「はい。なので次に、過去の代の魔王はなぜ攻め込んで来なかったか。これに関しては想像の域を出ませんが、いくつか予想できます。そのヒントになる事が、魔王が途中で撤退した事、それと魔王が移動した方法です」


「移動した方法? ……あ、転移術の話か」


 ブラードが倒れた後、突如として魔王があの場に現れた。現れた途端、その凄まじい殺気や威圧感で背筋が凍る思いをした。


 瞬間的な出来事だったため、普通に移動してきたわけないという事は自明である。


 それに、急に現れたのは魔王だけではない。ミノタウロスも、オルカリアも、ブラード達だってそうだ。彼らは転移により移動してきたという予想をすでに立てていた。


「そうですね。本当に、本当に何故だかわかりませんがあの場にいた司令の話によると、魔王の傍に控えていた魔人がそれらしき術を使ったと」


「……うむ」


 ジェクトは気まずそうにそっぽを向いている。司令であるジェクトが前線に立った事にご立腹なセシルに対し、返す言葉がないのだろう。


「今までの魔王が攻め込んで来なかったのは、この転移する術が存在しなかったからなのではないかと考えています。魔物や魔人が転移してくるといった事例も、今回が初めてなので」


「今までの魔王が持たなかった移動方法があったから、その魔人が転移術を使えたから、今回の魔王は攻めてきたって事か」


「少しだけだが、僕もこの魔眼でその魔人を見た。あの魔力量、奴も七冥人と見て間違い無いだろう」


 この世界の中でも最高クラスの存在である、妖精王を凌ぐ転移術を持つ魔人。これが最高位魔人じゃない方がおかしい話だ。少なくとも彼らの目線ではそう考えるのが自然である。


「――……」


 キオラは転移術の魔人に関して、神が何か気になる発言をしていた気がして考えていたが、思い出す事ができなかった。


「転移の術を使う奴、やっぱりいたんですね。面倒だなぁ」


「クソったれな事にな。僕達はいつ背後に刺客を送り込まれるか分かったもんじゃない」


「帝都付近にも魔物を送り込んでたから、厄介だよな」


「でもさ、それこそ魔王を帝都付近に転移させなかったのは何でなんだろうね」


「「「……」」」


 考えるとゾッとする事態である。それが可能なら、一気に負けに直結する一手となる。


「都合よく考えるしかないだろう。今までそんな事態になってないのだから、できないと見るしかない。ミノタウロス程度の魔物なら遠くまで転移できるが、魔王クラスの存在は無理、とかな」


「そうですね。とにかくこの魔人のせいで、王国領に攻め込む際に帝国が持つ武力を全て動員するわけにはいかなくなりました。魔物や魔人の転移に備えて、防衛にも人数を割く必要が出ましたので」


「作戦にも影響が出たんですね」


「いえ。術者の存在は皆様よりすでに報告を受けていたので、影響はそう大きくありません。実在するかもという疑念が確信になった分、プラスだと思っています。それより考えるべきは、なぜ先日の戦いで魔王は撤退したか、という点です」


 攻め込んできておいて、神の介入があったとはいえ勇者一行の命を奪えず撤退した。魔王のこの行動は、冷静に考えれば何がしたかったか分からず、不自然である。


「キオラに勝てなかったから、じゃないんですか?」


「えっとですね……申し上げにくいのですが、聖女様曰く、あの時は魔王の方が若干優っていたと」


「セシル様、私に対する遠慮は不要です。神はあの時、私の体では魔王を倒す事はできないと判断していました。私の体が攻撃の奇跡を使うのに適していなく、魔力量の差もありましたので」


 神がキオラの身体に憑依し魔王と対峙したのは、ジェクトやセシルら幹部級の騎士には共有済みである。


 話を末端の騎士まで広げないのは、神への信仰による帝国の勢力図の変化を考慮したいというキオラの提案があったからだ。


「つまり魔王は、あの場にいた最高戦力の勇者や聖女を倒せたのに、それをせず帰ったという事か」


「妙ですよね。なので、勇者様や聖女様の命よりも高い優先事項が魔王側にはあるのだと推測できます。そして撤退した先が魔王城なのだとすると、その優先するべきものは魔王城にある“何か”なのでは、と考えています」


「……なるほどな。過去の魔王が魔王城を離れなかったのも、その“何か”から離れられなかったと見ることもできるな」


「でも、今回は離れたんだよな」


「そうですね。その“何か”は一定時間なら離れても問題ないのかもしれません。転移術の魔人がいることで短時間で勇者様達に強襲し、帰る事ができると判断したのでしょう」


「でもあの時はキオラ、もとい神の奮戦によってその限りある時間を使ってしまった。だから帰ったって事か」


「あり得ますね。ジェクト様も聞いていたかもしれませんが、転移術の魔人が確かに“時間です”と言って魔王を止めて、その後すぐに転移していました」


「覚えています。魔王側が時間に追われていたのは間違いないでしょうね」


 撤退した、と言う事実で魔王の内情をぼんやりとだけ掴むことができた。これは大きな前進である。魔王が無制限に帝国領に出向いて攻撃する事態を憂慮しなくてもいいからだ。


「あ……――」


「……? キオラ、どうかしたか?」


「あ、いえ。そういえばあの時、魔王が妙な事を言っていたなと思いまして」


「妙な事って?」


「……言葉の綾という可能性もありますが、私、というより神に向かって“この場でも俺を殺せないようだな”と言っていました」


「この場でも、か」


「はい。何となくですが、気になる表現だなと思いまして」


「解釈の余地がありそうですね……。例えば、場所によって魔王の強さが変動する、とか」


「……ホーム戦とアウェイ戦、みたいな?」


「何? それ。マスラオの故郷の話?」


 マスラオが出した単語に、全員がピンときていなかった。スポーツ、特に地域に根ざしたチームなどは当然この世界には存在しないので、マスラオもざっくりとした説明しかできない。


「えっと、何て言えばいいかな。慣れ親しんだ環境で戦うのと、よく知らない環境で戦うのだと勝手が変わるというか」


 サポーターの動員量などは今回関係ないので、マスラオはその説明を省いた。


「……ふむ。まあニュアンスは伝わった。それで言えば、魔王にとってよく知らない環境である長城付近では、魔王の本領が発揮できなかった可能性があると言う事だな。神を持ってしても、その状況で倒せなかった……」


「「「……」」」


 その場にいた全員が、クオンの言葉を聞いて気が重くなった。


 クオンの言った通りだとすると、神でも勝てなかった状態の魔王より、さらに上があると言う事になる。そんな強い魔王を、果たして倒すことができるのか。


「はあ〜。クオンさん、気が滅入ること言わないでくださいよ」


「アラン様。クオン様に空気を読むといった芸当を求めるのは酷です」


「僕のせいにするなバカ二人。勇者の話を整理しただけだろうが」


「もし今の考えが当たってたとして、魔王が本領を発揮できる場所と言われて思い当たるのは、やはり……」


「――魔王城、だよな」


 マスラオの言葉に全員が頷く。それ以外の場所など考えつかない。


 今回魔王が攻めてきたのは、相応のリスクを負ってのこと。長時間離れられない”何か”の側にいる事ができて、しかも自身の本領を発揮できる魔王城に籠っているのが魔王にとって最良である。


「色々と話したが、要するに魔王は基本的に魔王城から離れない、ないしは離れるメリットが薄いと考えられるから、これまで通り旅を続けるって事でいいんだな」


「はい。結果的には今までと変わらないため、話すまでもない事だったかも知れません。ですが、状況を知った上でそう判断したという事をご理解いただければと」


 全員の中で、これからの旅の中で考えるべき共通認識が固まった。集団の意思統一は大事をなすのに不可欠である。


「よっし。じゃあ改めて、魔王城ないし王国領攻略に向けて準備しよう!」


「「「おお!」」」


「まあ、寝てた貴様以外は準備を始めてるけどな」


「「「……」」」


 マスラオが締めた空気をクオンの一言が台無しにした。マスラオとジェクト以外の全員が責めるような目でクオンを睨む。セシルは大きなため息をついていた。


「うぅ〜っわ、クオンさん野暮すぎ。言わなくてもいいじゃないですか」


「さすがクオン様ですね。本当に、狙ってもできませんよ」


「クオン、士気を下げること言うのやめな?」


 非難轟轟、雨あられ。流石にクオンもしくじったと思ったのか、気まずそうな顔になった。


「………………………僕が悪いのか。いや、そうか」


「ま、まあクオンの言う通りだ。俺が一番気合い入れて準備するよ」


「やはりマスラオ様、お優しいですね」


「こらこら、二人の世界に入るのは解散してからにしてよね」


「クオンさん、集団でのコミュニケーションはこれから学んで行きましょうね」


「貴様、心の底から僕の事をバカにしてるだろ」


「いやいやまさか、そんな事は決して……。面白いとは思ってますけど」


「死ね」


 イジられたクオンも含め、全員が笑って一礼し、司令室から出た。


 魔王という恐怖に立ち向かう彼らの後ろ姿はやけに眩しく見える。彼らこそ希望なのだとジェクト達は思った。

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