第44話 勇者にしてもらえたから

「マスラオ様は、元の世界に戻りたいとは思わないのですか?」


「ん?」


「その、前の世界に恋人がいたり、なんて……」


 互いに心地よい疲労感と柔らかい布団に包まれながら、キオラはマスラオの赤裸々な気持ちにも触れたがり、踏み入ったことを聞いた。


 この先魔王を倒したとして、その後もずっと一緒にいれるのか。そもそもマスラオには既に別の想い人がいたのではないか。キオラにとっては超がつくほど重要事項である。


「いや、いなかったよ。作る暇も余裕もなかった。……それに」


「それに?」


「元の世界に戻りたいとは思わないというか、思えないというか」


「?」


「その、気を使わせるかと思って言わなかったんだけど……。いや、皆にも言わなきゃな。俺、前の世界で死んでるんだよ」


「え……!?」


 マスラオのカミングアウトに、キオラは驚きを隠せないでいた。


「前の世界での最後の記憶は黒煙の中意識が遠のく所で、次に気がついたらあの大聖堂にいたんだ。キオラが召喚してくれたんだっけ」


 勇者召喚は聖女のみに許された奇跡。マスラオをこの世界に招いたのはキオラという事になる。当然、キオラからすれば無作為に招いたのがたまたまマスラオだっただけだ。


「え……あ、そうです、ね……」


 キオラも勇者召喚の仕組みについては理解していない。


 勇者となる者の魂や肉体の情報を呼び寄せ、そっくりそのままの生命を創出する、それが勇者召喚だ。招かれる対象は厳密に言えば本人ではないし、必ずしも生者とは限らない。


 聖女は勇者を送還する奇跡も使えるが、マスラオの場合は送還されることは即ち死を意味する。


 ……と、当のマスラオはそれはどうでもいいと言わんばかりに、自分が死ぬ間際の記憶について話し出す。


「俺はあの時、火事が起きた建物から妊婦さんを助けようとしたんだ。身重な体で逃げ遅れて、小さな声で苦しそうに呻く声が何とか聞こえた」


「……」


「絶対助けたい、生きて元気な子供を産んでほしい……そう思って、かなり無茶した。救命救助は時間勝負で、安全な方法を取るための余裕が無いことも多いからさ。隊の仲間の静止を無視して突っ走った」


 マスラオの声が小さく震えている。精悍な顔が、今は悲痛に見える。その様子から、キオラはこの話がどういう結末になるのか察しがついた。


「何とかその妊婦さんを担いで脱出しようとしたんだけど、その途中で妊婦さんの手から力が抜けていっていった事に気づいた。心肺蘇生をしても息を吹き返さなかった。それでも、要救助者の生死を判断するのは俺達の仕事じゃないから、とにかく脱出しようと奮闘した」


「……」


「でもダメだった……。気付けば俺のボンベの残圧も無くなってた。無理な救助で時間をかけてしまった。そのまま意識を失ったから、俺もあの妊婦さんも、お腹の子達も多分……」


 マスラオが最後まで言う前に、キオラはマスラオの右手をぎゅっと握った。マスラオは左手でキオラの頭を抱き寄せる。


「俺を指導してくれた人がよく言ってた。救助現場には三種類の命があるって。要救助者の命、自分の命、そして仲間の命……。多分、隊の皆は戻らない俺を救助しようとした筈だ。それでも助けられなくて、隊から死者を出して……色んな人から責められた筈だ。俺は助けたかった人を助けられなくて、仲間に迷惑を掛けた……」


 マスラオは体を震わせ、涙声になっている。キオラはただ手を握りながら黙って聞いた。マスラオが自分の話を黙って聞いてくれたように、自分もそうした。


「申し訳ないなんて言葉じゃ言い表せない……。でももう、謝ることも出来ない……っ。母さんも残して、俺は死んでしまった……」


 この世界に来たとき、そこから何度か、マスラオは自分の姿をした影を目にした。その影、肉ヶ崎 益荒男は罪を、後悔を抱えていると言った。




 助けたいと思った人を助けられず、死んでしまった事。仲間に多大な迷惑をかけたこと。それが、マスラオの抱えていた罪の正体である。




 溢れる涙を何とか抑え、鼻を啜り、目を拭う。それでも涙は収まらなかった。キオラの方を見ると、彼女は真っ直ぐに慈愛の目でマスラオの方を見ていた。


「だからキオラ、ありがとう……。キオラが俺をこの世界に連れてきてくれたから、俺はこの罪を償う機会を貰えたんだ。助けられず迷惑を掛けて死んだクソ野郎を……勇者にしてくれて、ありがとう」


 この感謝してもしきれない気持ちが、キオラを特別な存在にした。色々な状況が組み合わさって、恋心になった。


 しかし特別な存在なのはキオラにとってのマスラオも同じである。


「マスラオ様。貴方がくれた愛が、私を聖女にしてくれました。今の私は、この世界で人を救う貴方の力になれます。私の命も力も、マスラオ様と共にあり続けます。一緒に帝国を救いましょう。そして、魔王の事も……」


「……うん。ありがとう、キオラ。ありがとう……」


 救えなかった罪を償うために、マスラオは助けたい相手がいた。それはこの世界の人々もそうであるが……かつて自分を救ってくれた男も、今度は自分が救いたいと思った。


 マスラオは自分を理解してくれる相手がいる事、自分の味方であり続けてくれる人がいる事に、涙を流しながら感謝した。


「今も昔も、いつだって、俺の命は俺だけのものじゃない。それはこの世界の、どこの世界の誰もが同じだ。……俺、頑張るよ。頑張って、多くの命を救うんだ」


「はい。共に頑張りましょう」


 見つめあって、軽く唇を重ねる。そのまま二人は事切れたように眠りについた。




◇◇◇



昨夜ゆうべはお楽しみでしたね」


「「!?」」


 翌日、朝日に迎えられ気持ちよく起きたマスラオとキオラは、お互い裸のまま寝落ちした事に気づいてすぐに服を着て色々片付けた。


 血も匂いも含め、あらゆる痕跡は消したはず。にも関わらず勇者一行の天才錬金術師はケロッとした顔で二人にそう言い放った。


「こらアラン。茶化さないの」


「え、え、え」


「何で知ってんの、何で知ってんの、何で知ってんの!?」


「もうちょい取り繕ったら?」


 焦る二人とは対照的に、アランとルフィリオはさも知ってたかのように落ち着き払っている。


 念の為言っておくと、二人は覗きや聞き耳など野暮な事はしていない。


 むしろ二人の時間を作るために、騎士達に部屋に近づかないようそれとなく誘導していたくらいだ。


「いや、普通にカマかけただけですけど……。でも収まるところに収まったみたいで何よりです」


「昨日のキオラが積極的な感じだったし、あれで何も無しはちょっとねぇ。そもそも二人の雰囲気、分かりやすすぎるぞ? でもホント、良かった良かった。マスラオも元気になったみたいだし」


「「……」」


 祝福されてる事は喜ばしいが、見透かされている感じに凄まじい恥ずかしさを二人は覚えた。顔が真っ赤になっている。


「で、心はともかく、体はどう? もう動けそう?」


「え、ああ。まだ戦闘は出来ないだろうけど、日常生活くらいなら問題ない」


「そっか。王国領侵入作戦だけど、マスラオが問題なさそうなら一週間後の予定だってさ」


「一週間後か。分かった」


「それまでは準備期間です。ボクは薬類の量産作業があるのでこれで失礼します」


「ああ、またな」


 やるべき仕事に追われているアランの背中を見送った。疲れているのか、足取りが重そうだ。


「じゃ、私は資材の準備を手伝ってくるよ」


「それでは私は、神子の皆様の方に行ってやることがあるか聞いてきます」


「じゃあマスラオは……」


「俺は……」


 マスラオは今の自分がやるべき事をわかっている。謝らねばならない相手がいる。


「俺は、クオンと話そうと思う。どこにいるかわかるか?」


「それなら多分、司令室だろうね」


「分かった。行ってくる」


 二人と別れ、マスラオは司令室の方に向かった。道中すれ違う騎士達に快復を喜ばれたり、握手をせがまれたり、戦場で勇気をもらったと感謝されたりして、中々前に進めなかった。



◇◇◇



「ふーっ」


 司令室の扉を前に、マスラオは一つ息を吐いた。若干の気の重さ、鼓動の速さ。クオンと話すにあたって、彼は緊張している。


 しかしこういう時は手をこまねいても別に状況が良くなったりしないものである。程なくしてマスラオは司令室の扉をノックした。


「どうぞ」


「失礼します」


 扉を開けると、大きめの机を前に椅子に座るジェクト司令と、傍に控えるセシル、その他複数の騎士にクオンがいた。


「勇者殿……! もう歩けるのですね。良かったです」


「ありがとうございます。ご心配おかけしました」


「本当に、本当に良かったです」


「え、あ、あはは」


 ジェクトはわざわざ立ち上がり、マスラオの方に寄って熱い抱擁を交わした。ジェクト司令は色々と熱苦しい漢である。


 噂によると、先日のブラード達との戦闘の時、ジェクトはいの一番に戦場に駆り出そうとしていたらしい。何もなければ戦場で暴れ、ブラードや部下の魔人の戦闘で大活躍していただろう。


 しかし腹心のセシルは独断で、ジェクトを止めるための部隊を組んでいた。司令官が前線に立つなど論外中の論外だが、ジェクトはそれをやる漢だと理解していたからである。


 ジェクトがその部隊を振り払った時には、ブラードとの決着がついて魔王が来ていたのだ。


 ちなみに振り払われた騎士達は骨折して病室にいる。いくら何でも可哀想である。


「それで、今日はどうされましたか」


「あ〜、えっと、クオンと話したいことがあって……」


 チラリとクオンの方を見ると、クオンはマスラオの方を一切向いていなかった。


「ほう、分かりました」


「勝手に了承するな。僕に断りくらい入れろ」


「クオン殿、その言葉遣いはどうにかなりませんか」


「チッ、うるさい女め。……話があるんだろう。着いてこい」


「お、おう」


 尚も目を合わさないクオンの背中に着いていき、司令室を出た。その後ろでセシルが大きすぎるため息をついてたのを、マスラオは聞かなかった事にした。

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