第26話 死闘の前の静けさ

「そっちも片付いたか、勇者、エルフ」


「片付いたっていうか、魔物達の攻撃が落ち着いたって感じだ」


「魔物も人間と同じで、無休で戦える訳じゃないからね。またそのうち来るよ」


 勇者一行の戦闘要員三人集は、長城を挟んで王国領側の戦地に降りて、騎士団と共に魔物と戦っていた。


 各々の持ち場の戦闘が終わったわけではないが、朝日が登って魔物の侵攻が落ち着いたので拠点に戻ってきている状況だ。


 魔物の種類や生息域も大きく依存するが、夜間に活発になり、日中は休むものが多い。ガンジョウ長城に攻め込む魔物もそういった種の魔物が多いようだ。


 初日の戦闘では特に負傷もなく順調に乗り切った。敵がさほど強くないのもあったので当然と言える……が、懸念材料も見つかっていた。


「やはり魔人がいたな。怨嗟を発現しているような強い個体じゃなかったが」


「ああ……なんか、表情とか苦悶の声とか、あんまり人間と変わらないんだな、普通の魔人も」


「そうだね。……やりづらい?」


「正直な。でも倒す。俺は勇者なんだから」


「そうしてくれ」


 マスラオ達の命を脅かすほどではないが、戦った魔人も魔物も一般人が襲われたらひとたまりもない。情は湧くがそれとこれとは別の話。彼らが戦いを放棄する意味はマスラオもよく理解できている。


「――でサァ! 勇者がサァ! クオンがサァ! エルフの美女がサァ!」


 遠くで休憩している騎士達が、マスラオ達の活躍の話で盛り上がっている。マスラオとルフィリオは会話を一時中断して、身を乗り出してその話に耳を傾ける。


「お前は他人の活躍を話す時だけは本当に元気だよなぁ……」


「いやでも、勇者一行ってほんとスゲェんだなって思わされたよ」


「クオンは元から知ってたけど、勇者殿もやっぱ規格外だったよ。伝承の存在ってこんな何だなぁって、戦いを忘れて見惚れてたわ」


「いやいや、見惚れるっていったらルフィリオさんもだろ! 強さもさることながら、あのお顔だぜ?」


 ルフィリオは自身の良い方向の噂話を耳にして、思わず笑顔……というよりドヤ顔になった。


「――聞いた? マスラオ。私、美女だって! いやぁそれ程でもあるなぁ〜! たはは!」


「もう見慣れたけど、ルフィリオは綺麗だと思うぞ。喋らん方が際立つとも思うけど」


「前半だけ聞き入れとくよ。クオンはどう思ってるの〜?」


「さあな」


 心底どうでも良さそうに返事をするクオンだが、ルフィリオはニヤつきながらうんうんと頷いていた。


 しかし騎士たちの話は、ルフィリオの思った方向とは別の方に向かう。


「まあでも、ルフィリオさんは、ねえ?」


「あ~……なぁ?」


「真っ平だったな〜。どこがとは言わんけど」


「言うなって! わはは」


「エルフはペッタンコって聞いてたけどホントなんだな!」


「いや~マジでな。水平線かと思ったら胸だった」


「胸の上で野菜とか切れそう」


「それに対し聖女様はなぁ……! 顔はルフィリオさんといい勝負だけど、出る所が出てるって点では圧勝してるよな!」


「…………………………………………」


 ルフィリオの長い耳は、彼らの下卑た話を一言一句逃さず捉えていた。次第に彼女の瞳が暗く、深く、黒く染まりだす。表情筋も仕事を放棄し、先ほどまで上がっていた口角は横一文字になってしまった。


「る、ルフィリオ……落ち着け」


「アレって魔物の群れだよね? 倒しちゃっていいよね? 倒してくる」


「そ、その、アレだ。魔物じゃなくて猿なんだ。倒す必要はない」


「勇者も酷い言い草だな」


「ワタシ、サル、タオス」


「お前、どこにそんな力が眠ってたんだ!」


 マスラオが力づくで引っ張っても力強く前進するルフィリオ。そんな彼女を見てクオンは、怒髪って本当に天を衝くんだな、と思いながら呑気に、かつ興味深そうに見守っている。


 しかしお下劣騎士団員に対し、ルフィリオに変わってお灸を据える存在が現れた。ジェクト司令の懐刀、セシルである。彼女は器用にもお下劣発言をした騎士のみに狙いを定め、魔法で冷や水をぶっかけた。


 そのまま彼女はマスラオ達、というよりルフィリオの元に歩み寄り、頭を下げた。


「彼らに代わり、非礼をお詫びします。彼らはその……カスなんです」


「斬新な免罪符だな」


 カスならしょうがないかぁ、とはならないが、ルフィリオの溜飲は大分下がったようである。彼女を抑えていたマスラオは今日イチの疲労感を覚えた。


「戦場にいる騎士なんてほとんどあんな感じだ。気にしない方がいいぞ」


「へー、じゃあクオンもそうだったの?」


「何でそうなる……そんな訳ないから僕を睨むな」


「はぁ、ルフィリオのせいで疲れた。もういいから休憩しないか?」


「ああ、僕も休みたいな」


「私のせいじゃないでしょ」


「セシルさん、俺らはその辺で寝ます。緊急事態が起きたら叩き起こしてください」


「ねえ、聞いてよ。私のせいじゃないから」


「その件ですが、アラン様より魔法道具を預かっております。睡眠用のものと聞いてますが……」


 セシルは右手に持っている手さげ袋を差し出して、マスラオが受け取った。中に入っているのは、ここまでの旅を効率的に進むのにお世話になった魔法道具。


「お、激眠アイマスクだ。気力回復用ポーションもあるぞ」


「あのヤバい薬か」


「たまんねえよな、この薬」


「あの、それは大丈夫な代物なのですか……?」


「まだ違法じゃないから大丈夫」


「いずれ違法になるものにしか使えない表現ですよね、それは」


 もし仮に日本に気力回復用ポーションが存在していたなら、理系大学生が魔剤の代わりに手に取って、全国各地の大学が不夜城と化していただろう。もうなってるというツッコミは受け付けていない。


 しかしその効能は魔剤をはるかに凌駕する。寿命を前借して不眠で戦う気力を回復するこの薬は、まともな法治国家であれば規制対象になる程強力な効果がある。


 ただこれは寝る前に飲む類のものではないし、戦局が優勢なうちは無理をする必要もない。今は普通に睡眠をとって、明日以降に備える方がいい場面だ。


「……まあその薬の是非はこの場では不問としますが、勇者様達の寝床は用意していますので、あちらのテントをご利用ください」


「分かりました。ありがとうございます」


「不問も何も、貴様にその裁量はないだろ」


「……チッ」


「「え」」


 クオンの野暮とも言えるツッコミに対し、セシルが一際大きな音で舌打ちをした。どうやらクオンに忘れられていた事で好感度が地に落ちたらしい。


 礼儀正しい普段の彼女とのギャップと、あまりに露骨な感情表現に、マスラオとクオンは面食らってしまった。


「私はさっきので目が冴えちゃった。アランとキオラの様子を見てくるよ」


「あ、おお。分かった、じゃあおやすみ」


「おやすみ〜」


 ルフィリオを見送り、マスラオとクオンは休憩用のテントに向かい、寝床で横になった。戦場ではまともな寝床などほとんどないのに、ガンジョウ長城の皆は数少ないベッドを勇者一向にあてがってくれた。他の騎士たちは、藁を敷いた簡易的な寝床で横になっている。


 多くの敵を倒し、多くの味方を救う。それでしか騎士達の気持ちに応えることはできないと改めて実感し、激眠アイマスクを装着してマスラオは眠りについた。




 ――そうして二週間が経った頃、マスラオ達の協力の甲斐あって、長城付近にいる魔物の数がかなり減少した。


 ジェクト司令の指示のもと、長城を挟んで王国領側に拠点を築く準備を始め、多くの騎士が拠点の設営に動いていた時のこと。


 まだ日が高く、周辺の魔物の動きが緩慢になっている時間帯に、突如として異変が訪れる。

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