第20話 ルフィリオの悩み

 目を覚ました里長とルフィリオが待つ家の前で、マスラオ達は……というより、ルフィリオの妹二人が立ち止まった。


「大丈夫か?」


「……大丈夫なの。とりあえず入るの。……ただいま戻りました」


 サラティアは一つ大きく息を吐き出して、玄関を叩き、扉を開いた。自分の家に入るだけとは思えない緊張感が、彼女の顔に張り付いている。


 扉を開け、里長の寝室に足を運ぶと、主要な人物は皆そろっていた。里長は布団から上体を起こし、妻(ルフィリオ達の母)に支えられている。


 肝心のルフィリオは……うな垂れるように椅子に座り、顔を俯かせている。どこからどう見ても意気消沈中だ。レッドカードを貰ってしまったサッカー選手みたいである。


 彼女の事も心配ではあるが、マスラオは里長と話をすることにした。


「里長、体調はどうですか」


「はは、無様な姿をお見せしてすみません。キオラ殿とアラン殿のおかげで、見た目より元気ですよ」


「それは何よりです」


「……」


 気丈に振る舞う里長に対し、ルフィリオはピクリとも動かない。


「……ルフィリオは大丈夫か?」


「……私はね。大ケガしたわけじゃないし」


「「「……」」」


 ルフィリオは一瞥もせず、顔を下げたまま、低く元気のない声で答えた。自責、罪悪感、苛立ち……様々なものに苛まれているのが声色から伺える。


「ルフィリオ、いつまでそうしているつもりだ。お前は勇者一行の一人として魔人を倒したんだ。胸を張りなさい」


「……でも、お父さんの事刺しちゃったもん」


((( “もん”……)))


 普段はお姉さんぶってまとめ役になるルフィリオの、親にしか見せなかったであろう子供っぽい言い方を、一行と妹達は意外に思った。


「それは魔人の能力のせいだったのだろう。それに私の不覚でもある。決して、お前だけのせいではない」


 “お前のせいではない”ではなく“お前だけのせいではない”なのは、里長なりにルフィリオを一人前と認めているから出た発言である。彼女もそれは理解している。


 ただ、今のルフィリオはそれを正しく受け止める余裕はない。


「そうかもしれないけど……あの時の私はとにかく焦ってた。早く決着をつけて皆を助けに行かなきゃって。……私の落ち度は大きいよ」


「……もう一度聞くぞ。いつまでそうしているつもりだ。悩み、反省するのは結構だが、今のお前は勇者一行の一員だ。お前が立ち止まっている間に、多くの人が憂き目を見るかもしれないぞ」


「うん……」


「……」


 ここまで一度も顔を上げないルフィリオに、今これ以上何を言っても無駄である。そう判断した里長は、目を閉じてため息をついた。


「とりあえず、里のこれからについて話させて貰いますね」


「あ、はい」




 ――里長からの話は、結論から言うとマスラオ達は里の復興に付き合う必要はないから、妖精王に謁見して旅を続けてほしいという事だった。


 エルフの里は魔人の襲撃で被害を被ったが、同じくナガミミ大森林にすむ種族、ノーム達が復興を手伝ってくれるとの事。その間、一時的にエルフ達はノームの里に住まわせてもらう事になった。


 エルフの里を守っていた大妖精の加護も、時間が経てば回復する。それまでは森の動物達から里を守る必要があるが、時間が掛かりすぎる。そのためマスラオ達はこれ以上復興に時間を使わず、気にせず旅を続けるべき、と里の大人たちが判断した。


 尚、これらの話は、里長が寝ている間に代理の者が決めた事である。事後にはなったが、里長もこれを承諾した。


「妖精王様の元まではルフィリオがいれば行けます。……頼んだぞ、ルフィリオ」


「……はい」


 話が終わるころには、ルフィリオも顔を上げていた。しかし心ここにあらず、といった表情をしている。


「とりあえず、出発はいつにする?」


「僕はいつでもいい」


「私もです」


「ボクは錬金術の素材を補充したいので、明後日以降がいいです」


 アランはここ数日、けが人治療のために大量のポーションを作っては使っていた。残っている素材はそう多くない。


 過去の経験から、準備不足の無謀な旅をするのをアランは良しとしなかった。


「そうだな。ルフィリオもそれでいいか?」


「……うん」


「じゃあ、あと数日お世話になります」


「ええ。こんな状況ですが、我々にできる事があれば言ってくださいね」


「はい」


 里長との話が終わり、一行は部屋を後にした。


 旅に出るまで時間がある。一行の面々は再び各々にできる事をするために動き出した。



◇◇◇



 マスラオはサラティアに付き添ってもらい、アランの素材採集の手伝いをしていたが、ルフィリオがふらふらと里の中を歩いているのを見て彼女についていく事にした。


「……」


 ルフィリオは話さない。ただボーっと、魔人の襲撃で変わり果てた里の様子を見ている。


 マスラオは考えがあって彼女に同行しているわけではない。当然、どんな声をかけるべきかも考えてはいない。手探りしながら、彼女に話しかけた。


「クオンも言ってたけど、エルフの里の皆は逞しいな。森の動物から里を守るのも、里の復興も、もう俺の出番はなさそうだ」


「……そうだね」


「お前の妹達も大したもんだ。あの歳で強力な魔人を討ち取ったんだから。……若い奴が優秀だし、この里も安泰だな」


「……」


 その言葉を聞いて、ルフィリオは立ち止まった。


 マスラオが振り返ると、これまで無表情だったルフィリオの顔が、悲しさ、寂しさを孕んだものに変わっていた。


「ルフィリオ……?」


「わたっ……わ、私さ。もう……必要ない、のかな……」


「……?」


 彼女の発した言葉の意味が、マスラオには分からなかった。素っ頓狂な声を出しそうになったところを必死にこらえる。


 今のルフィリオは、自分には思い至らない所で苦しんでいる。そう感じたマスラオは、驚くより、諭すより、事情を知らぬまま「そんな事ない」と否定するより、彼女が思いを吐き出す手伝いをするべきだと判断した。


「私、は……私がいないと、皆が困るんじゃないかって……思ってた」


「……うん」


「妹達は、私が面倒見てあげないと、ダメだって……」


「うん」


「で、でも……サラティアは私を守ってくれて、リリアンは魔人を倒した……。あんなに小っちゃかった二人共もう、私がいなくても……充分立派になっちゃった……」


「……!」


 そこでようやく、マスラオは彼女がなぜ苦しんでいるかを察した。


「マスラオも、いきなり……今までとは別の世界に無理やり呼び寄せられて、勝手もわからなくって大変だろうなって……助けてあげなきゃ、って……。でも私が倒せなさそうな魔人を倒すくらい、勇者として強く、立派になってた……」


「……」


「クオンも、アランも、キオラも……素直じゃないから、私が皆を上手くまとめなきゃって思ってたけど……私がいなくても、魔人とちゃんと戦えてた。……私が一番、足を引っ張ってた」


 ルフィリオ・アネーはお姉さん気質で、世話好きな性分をしている。


 誰かの為にサポートする事は彼女の生き甲斐。しかし勇者一行の面々も、幼いころから世話をしてきた妹達も、彼女の手を借りずとも立ち上がれる強さがあった。


 そしてその事実が、彼女の存在意義を揺るがしていた。


「ねえ、何でマスラオは……自分の出番が無いって言いながら笑えたの? 自分がいなくても皆は大丈夫って、そう考えるのは……怖くないの?」


「……」


 泣きそうな目で見つめてくるルフィリオから、マスラオは目をそらさずに、彼女の問いに対する答えを考えた。


 腕を組んでしばらく考えたあと、自分の素直な考えを言葉にする。


「俺は、俺がいなきゃダメになるかもって考える方が怖いな。ルフィリオの考えを聞いたら、俺はある意味甘えていたのかもと思わされた」


「……そう、なんだ」


 価値観の相違。問いかけた相手が自分の苦しみを理解してくれないと感じたルフィリオは、心を閉ざしかけた。


 しかし彼女が心の扉を閉じる前に、マスラオは続きの言葉を吐き出す。


「俺は突然この世界に来て、急に勇者としての責任を負う形になった。でも旅をして、時間が経つにつれて、その責任の大きさも意味もよく分かってきた」


「なら、勇者にしかできない事があるんだから……自分がいなくても大丈夫なんて事はないんじゃないの?」


「確かに魔王の討伐に俺の力は不可欠なんだろうな。だから俺は魔王とか、今回みたいな強い魔人の討伐に関してはちゃんと責任を持って臨んでるつもりだ。生きて、戦って、人を助けるために俺は全力を尽くすよ」


 ルフィリオも、マスラオのその言葉に異論はない。もし彼がその使命に対し無責任でいるならば、命の危険を伴う戦いなどとうに放棄しているからだ。


「でも逆に、それ以外の事も俺がいなきゃダメって状況になったら、魔王との戦いに集中できないと思う。勿論、助けを求められたら応えるけどな。……ま、だからこの里の人達とか帝国に住む人達が強く逞しいのは、勇者である俺としては凄く助かるよ」


「……!」


「そして魔王との戦いは、ルフィリオ達がいるから大丈夫だと思ってる」


「……私、私は……」


 マスラオの言葉はルフィリオにしっかり届いている。ただ彼女が立ち直るには、自分を知って強くなるには、まだもう少し言葉が必要だ。


「ルフィリオはさっき、自分は必要ないのかって言っただろ」


「……うん」


「必要だよ。……確かに俺たちはルフィリオが立ち上がれなくなっても、すぐにバラバラになったりしないと思う。クオンもアランもキオラも、皆頼りになるからな」


「……うん」


「でもさ、お前がいなくても大丈夫な俺たちは、お前がいればもっと大丈夫なんだよ。魔王を倒すために、ルフィリオ・アネーの力は必要だ」


「私がいれば、もっと大丈夫……」


 マスラオの言葉の意味を考えるルフィリオの顔は、いつもの明るい彼女のものではない。ただ、真剣な顔をしている。……少なくとも、先ほどまでの泣きそうな表情ではなくなっていた。


「出発まで時間がある。家族と過ごして、ゆっくり考えればいい」


「……うん、分かった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る