22 一文字間違えただけ


 夜も更ける頃、とある林で女性が一人佇んでいた。


 ガサガサという音が聞こえ、そちらを見て、誰が来たかを確認した。


「やあ、サキさん。大丈夫、今回は尾けられてないよ。とにかく無事で良かった」

 加古川が言う。


 サキはこくりと頷く。

「色々ありがとうございました、加古川さん。明日にはここを発てそうです」


「そうか、良かった」


 と、またガサガサと音が鳴った。二人はそちらの方を見つめる。


 出てきたのは加古川の妻、昔谷せきたにクルミだった。


 クルミは二人の姿を認めると、サキの方へバッと飛びかかった。


 そして、抱きしめた。


「サキちゃん! 無事だったのね、良かった!」


「クルミさん、少し苦しいです」


「あっ、ごめんごめん」


 身を引いたクルミに、加古川が言う。

「サキさん、星へ帰る準備ができたみたいだ。それにしてもずっと故障していたあの転送装置をどうやって治したんだい?」


 サキが答える。


「レコードが検索エンジンと接続した時に調べました。厳密には故障ではなく、私の星の動力源がこちらで供給できなかったために動かなかったんです。なので、電気を使って動くように改造する方法を調べました」


「はあ、なるほど」

 加古川とクルミが同時に頷く。


 加古川は約三週間前、この林で起こった出来事を思い出していた。



* * *



 その日、加古川はいつものようにカミキリムシを収集しに林に足を運んでいた。


「おっ、ウスバカミキリ! こいつはでかいなあ……ん?」


 気が付くと、加古川の目の前には見慣れない装置が出現していた。それは加古川の背より少し大きく、薄い光で暗い林の中を照らしている。


 その装置がプシュウウウと煙を出して、中から黒のスーツ姿の、銀髪の女性が飛び出てきた。


 その女性は周りを見渡して、何やら慌てている様子だった。

「ここは……アカシックレコードの場所じゃない! やっぱり座標が間違ってたんだ、どうしよう」


 加古川はウスバカミキリを片手に恐る恐る声を掛けた。

「大丈夫ですか……?」


 女性は加古川に気づき、切迫した様子で言った。

「あ、あの! 今村ミライさんという方を探しています! どこにいらっしゃるかご存知ないでしょうか!」


「いや、その方は知りませんが……」


 その時だった。

 パシャッという音と同時に、眩いフラッシュが二人を包んだ。


 加古川が慌てて振り返る。

 そこには、カメラを構えた記者がいた。記者はくるりと背を向けて足早にその場を去った。


 しまった。週刊誌か。これは面倒なことになる。


 加古川がどうしたものかと女性の方を見ると、女性は加古川よりも遥かに動揺していた。

「あれって地球の記録装置ですよね? どうしよう、大変な事になっちゃった……」





 話によると、その女性はサキさんというらしい。サキさんは、はるか離れた星から転送装置で地球に来たという。目的は、人為的ミスで地球に送られてしまったアカシックレコードを回収すること。


「私たちの星には昔からレコードが一つだけあって、それを個人個人の機械に接続して、皆で共有して使ってたんです。レコード本体は『アカシックレコード社』が所有していて、私もそこの社員の一人です。

 ある時、社員の一人がレコードを本社ビルの二階から三階へ動かそうとしました。普段はリフトのようなものに載せて運搬するのですが、その社員はレコードで『レコードを三階へ転送する方法』を調べ、楽をして動かそうとしました。ところが、入力した座標を一文字打ち間違えて、どこか違う場所に転送されてしまったんです。社内、いや、星中が大騒ぎになりました」


「もしかして、間違えて転送された場所が……」


「はい、地球です」


「一文字間違えただけでそんな遠い所に……?」


「宇宙規模で見たら誤差みたいな距離ですから」


 サキは続きを話す。


 レコード社は、大慌てでレコードを地球から取り返そうとした。しかし、これまで科学技術はレコードに頼ってきたので、肝心のレコードが無ければ地球まで行く手段も分からない。星の知を結集させてなんとか転送装置を一つ作り、地球のレコードがある場所の座標を特定した時には、既に一年が経っていた。


 問題になったのは誰がその装置に乗るかだった。レコードで調べもせずに作った装置に乗りたがる物好きは一人もいなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが、若手社員であるサキだった。


「なるほど、それで地球まで転送されたけど、案の定座標が完璧じゃなくて、ここに転送されてしまったというわけか」


「そうです。しかもこの装置、もう電源が切れちゃいました。この星の動力源では動かない様だし、どうしましょう」


「うーん、とりあえず僕の妻に相談してみよう」


 二人は週刊誌の記者がいないか注意を払いながら、加古川の家へと向かった。



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