20 ごめん、私
ミライたちが会場付近に降り立った頃には、空は完全に暗闇に包まれていた。
ミライは高瀬とアスヤに礼を言い、会場へと向かった。
会場周りはしんとしていて、大会がほとんど終わったことがわかる。近くの警備員に「今何番目ですか」と聞くと、「今、最後の人が入りました」と言われた。
まずい、在本君が会場に入ったんだ。
ミライは隠し通路へと急いだ。
隠れた入り口から入って階段を駆け下り、通路を抜けようとした。
しかし。
「そこまでだ! 止まれ!」
二人の警備員がミライの行く道を塞いだ。
くそっ、やっぱりここもバレていたか。
ミライは走りを緩めた。
ここまでか――。
その時だった。
「ミライさん、目を瞑ってそのまま突っ走れ!」
ふいに声が聞こえた。
通路の隅を見ると、縄でぐるぐる巻きにされた加古川がいた。
ミライは驚いたが、すぐに加古川の言うとおりにパッと目を瞑った。
加古川は縛られた両手でゴソゴソとズボンのポケットを探り、閃光弾を取り出して破裂させた。
一瞬にして通路は光に包まれた。
「ぐあああっ! 見えない!」
うろたえる警備員の間をミライは通り抜ける。
すれ違いざま、加古川が言った。
「色々危険な目に合わせてすまなかった、ミライさん」
ミライは目を瞑ったまま答える。
「いいんですよ。加古川さんたちと冒険ができて楽しかったです」
ミライは振り返らずにそのまま通路を走り抜けていった。
走りながらゆっくりと目を開けると、少し先に扉が見えた。前も見た、会場への入り口だ。さらにその先には、アカシックレコードがある、そして在本君がいるはずの大ホール。
ミライは扉を開けて会場へと入った。そして思ったよりも中が暗いことに驚いた。並ぶ照明のうち数個が明滅し、それ以外の全てが点いていない。ミライが電源ボタンを押して急停止させた影響がまだ続いているのだろうか。
ミライは薄暗い通路を走った。半日前の記憶を辿って、大ホールまでの道のりを大急ぎで行く。
間に合ってくれ。在本君、まだ、私の秘密を調べないでいてくれ。
大ホールに繋がる扉が見えた。ミライは走り、扉に手をかけた。そして、バンッと大きく開いた。
視界に飛び込んだのはまるで星空のような空間。そして、最奥にひと際大きく輝く光源。アカシックレコード。そしてそれに照らされている後ろ姿。
在本君。
心臓がどくんと脈を打った。
在本君だ。在本君がまだ調べている。間に合ったんだ。
ミライが呼びかけようとしたその時だった。
「操作が完了しました」
アカシックレコードがそう呟き、在本君はレコードに背を向けて、ステージから降りるための階段へ向かった。
――間に合わなかった。在本君は今三回目の検索を終えたんだ。ああ、そうか。
終わりなんだ。
どの秘密を見られたとしても、もう終わりだ。私が全然完璧じゃなくて、嘘つきで自分のことばかりしか考えてなくて、在本君と対等でもなんでもない人間であることを、在本君はもう知ってしまったんだ。
じゃあ、せめて全て打ち明けて、謝ろう。そして在本君のもとから去ろう。それくらいしか、私にはできない。
「在本君っ!!」
ミライは大きな声で呼びかけた。
在本君がパッと顔を上げて、目が合った。
「ミライちゃん……?」
「在本君。ごめん、ごめん、私……」
ステージ上の在本君に向かって走りながら、ミライは息を吸って、叫んだ。
「私、本当は、在本君のことが好きなの!!」
もう一度息を吸う。
「それで、在本君に話を合わせてただけで、宇宙も歴史も本当は全然興味ないの! それに私、完璧でもなんでもない!」
もう在本君とこれきりだと思うと涙が出てくる。
「無気力で怠惰で不勉強だし、友達とよく口論になるし、嫌いな先生はたくさんいるし、私、在本君が思ってるような人じゃない。家で一人になるとよく即興のダンス踊ってるし、暇になるとすぐ在本君とのデートのシミュレーションしてるし、在本君と良い感じになる自作の恋愛小説は、この間百話を達成したの!」
ミライは半泣きでステージに駆け上がる。
「そのくらい在本君が好きなのに、優しい在本君が好きなのに、時々、在本君が愚痴をこぼしてくれたらいいのに、って思うの。在本君ともっとくだらない話ができたら、心の底から笑えるのにって」
そして在本君の元へたどり着く。
「私は、そんな自分勝手な考え方をする人間。そんな自分が嫌いだけど、でも、これが本当の私なの。今まで嘘ついててごめん!」
そう言った後、ミライはアカシックレコードに表示される文字列が目に入り、しばらく言葉を失った。
「こ、これって……」
そこには、「在本ツヅク 非公開」の文字。
ミライが在本君にパッと視線を移すと、これまでにないくらい決まりの悪そうな顔をしている。
「ごめん、ミライちゃん。俺、もし今後ミライちゃんがレコードを調べるような機会が来て、俺の秘密を調べられたらどうしようって焦ってたんだ。それで実は、ミライちゃんと加古川さんが初めて出会った時、俺、近くにいた。それで話を聞いちゃって。だから、三個目に調べたのは、俺の秘密を非公開にする方法なんだ。それが今終わったんだけど……」
自分の早とちりに気づいて絶望するミライを見ながら、在本君は続ける。
「だけど、ミライちゃんが全部打ち明けてくれたから、俺も正直に話すね」
そう言って在本君は下を向いた。
「隠しててごめん。実は俺も、全然完璧じゃないんだ。皆は優しいって言ってくれるけど、裏を返せば言う勇気がないってことで、言いたいことは溜まるばっかで、自作の愚痴ラップを書き溜めたノートがだいぶ前に三冊目に突入したんだ。
そんな時に友達と喧嘩してるミライちゃんを見て、俺もそんな風に言えたらなって思って、そこからミライちゃんのことが気になりだして、やっと話せたときは嬉しくて、でも俺と話すときはミライちゃんは凄く優しくて、それがどっか寂しかった。
でもそれは俺が取り繕ってるからで、『好きな人いないの?』って聞かれたときも慌てて『恋愛興味ない』とか言っちゃって、凄く後悔して、本当の自分を出したいって思いながら出せなくて、それは嫌われるのが怖いからで、結局自分のことしか考えてなくて、レコードに当選した時も自分のことがバレるのを一番に恐れて、俺は本当に情けない奴で、でもミライちゃんも同じことを考えてるって分かった時はなんか安心した。
結局俺はミライちゃんに憧れてて、ミライちゃんに愚痴も、なんなら愚痴ラップも聞いてほしくて、なんでもないことで笑い合いたくて、それで、それで……」
在本君はパッと顔を上げた。
「それで、俺もミライちゃんが好きだ」
この時、二人の顔はかつてないほどに紅潮していたが、それが恥ずかしさのためか恋が成就した高揚のためなのかは、流石のアカシックレコードにも分かりかねるだろう。
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