15 気は紛れると思うぜ


 高瀬の発言を聞いて、アスヤは絶句した。

 少し考えて、アスヤは言った。

「……じゃ、じゃあアカシックレコードに治療法を聞けば、その病気を治せるんじゃないか?」


 高瀬が声の調子を変えずに言う。

「治療法は既に見つかっているんだ。でも、その治療を行うには莫大な金がいる。俺が海賊版サイトで稼いだ金でも少し足りないくらいだ。まあ、それは全部検索権を買うために使ったんだけどな」


「じゃあ、埋蔵金のありかを調べるとかして、金を集めれば……」


「そうすれば数人分の治療費くらいは賄えるだろう。だが、俺以外にもこの病気にかかり、治療費が払えなくて助からない人たちは世界中に大勢いる。そいつらを全員救うことはできない。それよりも、俺はそいつらに、見たくても見ることが叶わないカミアドの最終回を見せてやりたいんだ」


 何も言えないアスヤに、高瀬は続ける。

「この漫画の最終回を見たくても見れないやつが、この世にどれだけいると思う? 既に多くの人がそれを心残りにして死んでいった。これが長期連載の影の部分だ。

なあアスヤ、これでもお前は俺を止められるか?」


 アスヤは動くことができなかった。足を引きずりながら会場へと向かう高瀬を、ただ茫然と見ていた。




 アスヤがその場に立ち尽くしていると、高瀬が帰ってきた。どうやら、検索を終えてきたらしい。


「どうだった? やっぱりカミアドの最終回は凄いんだろうな」

 アスヤはそう言って高瀬の方を見た。そして驚愕した。

 高瀬が今までにないくらい暗い顔をしている。


「な、なにがあったんだ」

「面白くなかった」

「へっ?」

「全然面白くなかった。最終回までの道筋を知らないから面白く感じなかったとかいう次元じゃなくて、普通に面白くなかった。最終回とその前の二話分読んだけど、どれも全然面白くなかった」


 アスヤは言葉を失った。あのカミアドの最終回が面白くない? そんなわけがない。


「信じてないだろ。わかるよ、俺も信じられなかったもん。だってまさかアマテラス佐野が……」


「おおーい! 待て待て、ストップ! いくら面白くなかったと言えど最終回の早バレは絶対NGだ! いやでもマジか、最終回おもんないのかー、そうか……」


「こんなのカミアドを楽しみにしてるやつに見せられねえよ。あと、他の人たちのためとか言ってたけど、やっぱり俺もかなり楽しみにしてたんだよ、正直。だから本当に悲しくて。あー俺最後あれ見て死ぬのか。なんかもっと満足して『もう思い残すことは無い』って言いながら死ぬつもりだったんだけど。なんでこんなことに。……グスッ、グス」

 しまいには高瀬はうずくまって泣いてしまった。

 

 アスヤはどうしたものかと困惑した。声を掛けようにも状況的にいたたまれなさすぎて言葉が見つからない。苦悩した結果、アスヤはあることを思いついた。


「そうだ高瀬、俺の漫画読まないか? 最近趣味で描いてるんだ」


 高瀬はアスヤの方を向いた。目のあたりが赤く腫れている。

「まあ、読んでみるか……」

「気は紛れると思うぜ」


 アスヤが渡したノートに描いてある数十ページの漫画を、高瀬は読み始めた。



 しばらくして、高瀬はバッと顔をあげてアスヤを見た。


「どうだった? まあ、絵も拙いしカミアドの影響とかめちゃくちゃ受けてるし、見るに堪えなかったら申し訳ないんだけど……」

「これ、めちゃくちゃ面白いな」

「へっ?」

「アスヤ、これは凄いぞ。面白すぎる。賞とか応募してないのか?」

「いや、恥ずかしいからしてないけど」

「絶対するべきだって。受賞するぞ、これ。ていうか続きないのか?」


 高瀬はしきりに興奮している。

 アスヤは予想外の男に予想外に褒められ、喜びと困惑が同時に押し寄せてきて、いったいどんな顔をすれば良いか分からなかった。


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