アカシックレコード・ラブコメディ

糸川透

1 絶対に調べないでね



 アカシックレコード。それは、過去、未来、現在のあらゆる事象が記録されている機械。これにアクセスすれば、自分の望むどんな情報でも手に入るという。



 その機械が、現実に突如出現した。場所はアメリカ合衆国ウィスコンシン州のとある森林。轟音と共に出現した大きくて黒いモノリスのようなそれは、発見者たちをひどく混乱させたが、下部にモニターとキーボードがあることに彼らは気づき、この物体がアカシックレコードであることが判明した。


 アメリカ政府はすぐにこの事実を隠蔽し、アカシックレコードを独占しようとしたが、各国の諜報機関がこれを嗅ぎつけ、世界への公開を要求。アメリカが他国の機密情報を入手して最強国家となってしまうという国際批判もあり、ついにアメリカはアカシックレコードを検索する権限を全世界に開放した。ただし、抽選に当たった者だけが閲覧できるという条件付きで。


 地球の全住民を対象としたこの壮大な抽選に、世界は熱狂した――。







 そんなヘンテコな機械のせいで私は今大ピンチだ。


 今村ミライは心の中で文句を言った。


 何がピンチなのか。それは、遡ること三日前、つまり第二回アカシックレコード検索大会の当選者発表日のことだった。





「ええっー⁉ 在本ありもと君、当選したの⁉ すっごいじゃん‼」

 ミライの隣の席が、にわかに騒がしくなった。

 人だまりができる中、在本君は照れくさそうに言う。

「そう、今朝スマホを見たら、当選しててさ。俺もびっくりしちゃったよ」

「だって世界で百人しか当たらないんでしょ? 日本でも一人出るか出ないかって感じなのに。すごくラッキーだよね、在本君」


 この特報は急速に学校中に広まった。皆がやいのやいの言う様子を、ミライは静かに眺めた。

 しかし、ミライは心中でかなり驚いていた。


 まさか、私の好きな人がアカシックレコードに当選するなんて。


 ミライは黙ったまま、皆に囲まれて笑う在本君を眺めていた。



 その日の帰り道。ミライと在本君はいつものように一緒に歩いていた。

「いやあ、まさか在本君が当選するなんて、びっくりだよ」

「俺も信じられなかったよ。学校中どころか町中大騒ぎだったね。町から当選者が出るなんて、って。ここらへんは人通りが少ないからやっと落ち着けるよ」


 皆が騒ぐのも仕方のないことだ、とミライは思う。だって、自分の知りたいことをなんでも知ることができるって、凄いことだ。自分が望めば、世界が終わる日だって知ることができるんだもん。


 一回目の検索大会が終わった後、世界の常識は大きく変わった。ピラミッドの本当の意味が国連から公表されたし、量子力学における多くの謎が解明された。


 自分が当選したら何を調べようか。ミライも日々夢想していた。


「そう言えば、何を調べるか決めたの? 確か三回まで検索できるんだよね」


「そうそう。授業中に考えてたんだけど、今のところ二つは決まったよ。一つ目は、宇宙人は存在するのか。これはやっぱり外せないね。巷ではアカシックレコードは宇宙人が作ったんじゃないかって噂されてる」


「おおー、なるほど。私も最近天文学の本を読んで、宇宙の広大さに思いを馳せていたところだよ。それはすごく気になる命題だね」

 嘘だ。私が読んだのはSFコメディだ。宇宙なんて太陽系のこと以外あまり知らない。


「二つ目は、邪馬台国の場所はどこなのか。これはずっと議論されている謎で、大きく畿内説と九州説の二つがあるんだ。本当はどこにあったのかを知るまで死ねないね」


「おお~、在本君、歴史好きだもんね。邪馬台国は凄い国だよね。私もそれに関する文献読んだことあるよ。興味深いよね」

 嘘だ。そんな本は読んだことがないし、そもそも邪馬台国の場所が分かっていないことなんて知らなかったし、言ってしまえば一切興味がない。


 私はいつもこんな調子で見栄を張ってしまう。

 本当の私は、無気力で怠惰で不勉強でちゃらんぽらんだし、一人になるとよく即興の創作ダンスを踊るし、行く場所行く場所ではもっぱら、もし在本君とのデートだったらどう立ち回るかをシミュレーションしている。これは氷山の一角で、在本君に知られたら終わることは挙げ出したらキリがない。

 だけど、そんな素振りは在本君には全く見せず、おしとやかで博識な女性を演じている。


 なぜか。在本君に見合う女性でいるためだ。

 在本君は何でもできて優しくてかっこよくて完璧だ。本当の私を知られたら、もう一緒には居られないだろう。私は本当の私を隠し通さなければならない。もちろん、この恋心も。


「だけど、あと一つを何にするか決められないなあ。意外と身近なことを調べるのもアリかもしれないね。担任の若木先生の本当の年齢とか」

 在本君は冗談っぽく言う。


 しかしミライは、それを聞いてある可能性に思い当たり、焦り始めた。それは急速に大きな不安の塊となってミライにのしかかった。


 もし、私の秘密を検索されたら? まずい。それはまずすぎる。絶対に避けるべき事態だ。いや、でも私の事なんか検索しないか。友達としか思われてないだろうし。いや、でもやっぱり不安になってきた。


 少し考えたのち、ミライは今後の二人の運命を左右する重大な一言を放ったのである。


「在本君、流石の流石に、私が抱えてる秘密とかを調べたりはしないよね?」


 ミライがそう言った後、在本君は「その手があったか」と言わんばかりに大きく口を開けて唖然とした。そして、その後「その手があったか」と実際に口に出した。


 あ、これ絶対に調べられる。

 ミライはそう確信して、絶望した。


「だ、だめだよ在本君! 別に隠し事とかしてないけど、絶対に調べないでね‼」


 ミライが強く説得するも、在本君は「あー、いやー、しないよ」とあらぬ方を見ていて完全に上の空である。


 ミライは、アカシックレコードに関しては個人情報が一切保護されないことを激しく恨んだ。





 こういった経緯で、私は今大ピンチだ。


 ミライはその日からずっと解決法を考えている。

 どうすれば在本君に私の秘密を知られるのを阻止できるか。直接言ってみても、「調べないから大丈夫だよ」と宥められるだけ。だけど、私が在本君の立場だったら絶対に調べる。在本君の検索をバレないように妨害するしかない。しかしどうすれば。



 放課後、体育館裏の掃除をしていると、急に声を掛けられた。

「君が今村ミライさんだね?」


 ミライが驚いて振り返ると、サングラスにマスクをして、全身黒いジャージ姿の男が立っていた。

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