夢喰いの残響

無咲 油圧

プロローグ ―闇に差す声―

その夜、世界は軋むような音を立てて歪んだ。


夢だった。

そう――最初はただの夢のはずだった。


黒い霧が足元を這い、月のない空の下で、少年は立ち尽くしていた。

どこまでも続く闇。足音ひとつ立てれば、波紋のように影が揺れる。

その向こうに、“何か”がいた。


ぬるりとした音。

ずるり、ずるりと、這うようにそれは近づいてくる。

形は曖昧で、人のようでもあり、獣のようでもある。だが、確かに「人ではない」と、心が告げていた。


――見てはいけない。


そう思った瞬間、身体が動かなくなった。

影が顔を上げる。

そこにあったのは、穴のような目と、無数の口だった。

無秩序に笑い、泣き、怒り、叫ぶ声が、頭の中を引き裂くように響く。


「……やっと、見つけた」


耳元で、誰かが囁いた。

その声は少女のものだった。

振り向くと、そこに立っていたのは一人の少女――血に濡れた白いワンピース、瞳は夜の闇を映していた。


「逃げて……! そいつは――!」


叫びと同時に、世界が裂けた。

光と影が交錯し、少年の意識は奈落へと落ちていく。


目を覚ますと、天井の木目が見えた。

汗に濡れた制服。心臓はまだ早鐘を打っている。

夢のはずなのに、指先には確かに血の匂いが残っていた。


――その日を境に、平凡だった日常は終わった。

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