第13話 病室に届く温もり

 病室の窓の外では、夕陽が静かに沈もうとしていた。

 ガラス越しに差し込む光がオレンジ色に染まり、白いカーテンの端を揺らしている。


 莉緒は膨らんだお腹をそっと撫でながら、窓の外を見つめた。

 「……今日も、パパ頑張ってるかな」

 五つの小さな命が、ポコポコとお腹の中で反応する。まるで「うん!」と返事をしてくれているようだった。


 枕元のスマホが小さく震える。

 画面には、短いメッセージ。


 > 『これから、パパカフェ行ってくる。日向さんも一緒だ。』

 > 『今日は二回目。前回より上手く話せるかな。』


 「ふふ……頑張って、瑛士」

 莉緒は笑いながら、小さく返信を打つ。


 > 『あんまり緊張しないでね。あなたなら大丈夫』


 送信ボタンを押した瞬間、彼女の心が少しだけ軽くなる。

 スマホが彼と自分を繋ぐ――今の彼女にとって、それは何よりの支えだった。


***


 一方その頃、街の小さなカフェでは「パパカフェ」が開催されていた。

 柔らかな照明と、コーヒーの香りが漂う空間。

 笑い声や赤ちゃんの話題が飛び交い、温かい雰囲気が広がっている。


 瑛士は、少し緊張した面持ちで入口をくぐった。

 日向がすぐに気づき、にこやかに手を振る。


 「瑛士さん、こっちこっち」

 「日向さん……すごい人数ですね」

 「ふふ、今日は特に多いよ。育休中のパパさんも増えたしね」


 席に着くと、周囲のパパたちが明るく声をかけてきた。

 「お、見ない顔だな。新顔さん?」

 「いや、今回で二回目です」

 「おお、リピーター!」


 「何人目のお子さんです?」

 「……初めてです」

 「へえ、初パパか。いいね!」

 「……ただし、五つ子です」


 「ご、いつつ……!?」

 「え、いま“五”って言った!? 五つ子!?」


 店内の空気が一瞬で沸騰した。

 「うそー! ドラマみたい!」

 「すげぇ、尊敬する!」

 「いや、もう尊敬通り越して神だろ!」


 瑛士は少し照れながらも、「いや……まだ実感がなくて」と苦笑する。

 そんな彼の肩を、日向がぽんと叩いた。


 「すごいよ、瑛士さん。僕なんて双子でヒーヒー言ってるのに」

 「日向さんは、もう立派なパパじゃないですか」

 「いやいや、のんびりしすぎて妻に毎日ケツ叩かれてるよ。

  “育児は夫婦二人三脚だぞ”ってさ」

 「……いい奥さんですね」

 「うん、怖いけどね」


 日向の朗らかな笑いにつられて、周囲にも笑顔が広がる。

 やがてカフェの奥で「パパ情報交換会」が始まった。


***


 「夜泣き、どうしてる?」

 「ミルクは分担してるよ。交代制」

 「おむつ替えは慣れるしかない!」

 「家に帰ったら即抱っこ! これ最強」


 様々な“パパあるある”が飛び交い、瑛士は熱心にメモを取っていた。


 隣の男性が話しかけてきた。

 「初めてで五つ子って……すごいね。

  でも、奥さん、安心してるだろうな」

 「いえ……まだ入院中です。切迫早産で絶対安静なんです」

 「ああ、そうか。じゃあ、パパの出番だね」

 「出番……」

 「そう。パパが安心してると、ママも安心するんだよ」


 その言葉が、瑛士の胸にじんわりと染みた。

 彼は、莉緒のことを思い出す。

 病室の窓辺で、小さく笑っていたあの表情を。


 「……そうですね。俺、ちゃんと支えます」

 「うん、その気持ちがあれば十分!」


 日向がコーヒーをすすりながら、のんびりと頷いた。

 「ねぇ、瑛士さん。今度“パパ練習会”ってのもやるんだよ。

  沐浴とか、抱っこの練習もできる。参加してみたら?」

 「……ぜひ。俺、まだまだ不器用なんで」

 「じゃあ決まり!」


***


 夜。

 病室の灯りが落ち、莉緒はスマホを手にした。

 「……瑛士、もう帰ってるかな」

 通知音が鳴り、彼からのメッセージが届いた。


 > 『パパカフェ、行ってよかった。みんなすごくいい人たちだった。』

 > 『五つ子って言ったら、どよめきが起きた。笑』

 > 『でもね、パパさんたちの話、全部心に響いた。』

 > 『“パパが安心してるとママも安心する”って言われたよ。

   だから、俺は君の安心の理由になりたい。』


 莉緒はスマホを胸に抱きしめ、静かに涙を流した。

 「……そんなこと言われたら、もう泣いちゃうよ」


 五つの命が、小さくお腹の中で動く。

 「ねぇ、パパ、頑張ってるね」

 まるで答えるように、またポコンとお腹が反応した。


 莉緒はそっと目を閉じ、幸せそうに微笑む。

 「ありがとう、瑛士。あなたがパパで、ほんとによかった」


***


 翌朝。

 出勤前の瑛士は、スマホを開いて前夜のメッセージを見返していた。

 > 『あなたが安心の理由。そう言ってくれて嬉しい。』

 > 『でも無理はしないでね。あなたの笑顔が、私と子どもたちの力だから。』


 瑛士はスマホを握りしめ、静かに微笑んだ。

 「……よし、今日も行ってくるか」


 鏡の前でネクタイを締めながら、ふと自分に言い聞かせる。

 「パパとして、夫として。ちゃんと支えられる男にならないとな」


 その声は、朝の光の中で、少し誇らしげに響いた。



【次回第14話】

・お腹の膨らみが愛おしく、命の重さを感じる二人。最初は恥ずかしがる莉緒を、瑛士が優しく励ます。

・五つ子の名前候補を笑いながら話す。撮影後、モニターに映った写真を見て、涙する莉緒。瑛士が「この瞬間が、俺の一番の宝物だ」と告げる。

・最後に胎動が動いて、命の鼓動で締める。

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