第10話 秋風と小さな鼓動
11月初旬、秋の冷たい風が病院の窓をかすかに揺らしていた。外の街路樹は、赤や黄色の葉をまとい、風に舞いながら地面に落ちる。冬が近づきつつあることを感じさせる季節だった。病室の中、莉緒はベッドに腰をかけ、手をお腹に当てた。丸く膨らんだお腹の中では、五つ子の小さな命が活発に動いている。
「……お腹が、少し張ってきたみたい」
莉緒は少し不安そうに眉をひそめる。妊娠七ヶ月に入ったばかりで、胎動は日々増しているものの、張りが強まると心配になる。
「無理しないで……ゆっくり深呼吸して」瑛士は、静かに莉緒の隣に座り、手をそっと重ねる。彼の温かい手が、お腹に伝わる胎動と重なり、自然と安心感が広がる。
「うん……ありがとう」
莉緒は目を閉じ、深く息を吸い込む。小さな命の鼓動が、指先に伝わるたび、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
瑛士はお腹に手を添えながら、静かに囁くように言った。
「この秋が、俺たちの人生の季節の変わり目になるんだな」
莉緒はその言葉に微かに笑みを浮かべ、目を開ける。窓の外の落ち葉が舞い、冬の気配を感じさせる空の色が映る。
「変わり目……って、どういう意味?」
「君と、この子たちと出会ってから……俺たちの生活が、もう前とは全く違うものになったってことさ」瑛士の瞳は、普段の冷徹さとは違う、柔らかな光を帯びていた。
お腹の中の胎動が、まるで二人の会話に応えるように活発に跳ねる。莉緒は小さく笑いながら、お腹を優しく撫でた。
「五人もいるんだ……私、本当に大丈夫かな」
「大丈夫だ。俺がずっとそばにいる。君も、君たちも、絶対守る」瑛士は力強く手を握り、決意を込めて微笑む。
窓の外で風が木々の葉を揺らす音が、かすかに聞こえる。落ち葉がひらひらと舞い、地面に落ちる様子は、まるでこの季節の儚さと美しさを象徴しているかのようだ。莉緒は息を吸い込み、胸の中で小さな命たちの存在を感じる。
「生まれたら、この子たちの毎日がどれほど賑やかになるんだろう……」
「きっと、想像以上に賑やかになるさ」と瑛士は言い、指でお腹をなぞる。胎動が返ってくるたび、二人の心はさらに強く結びついていく。
莉緒は目を細め、外の景色を眺めながら、瑛士にそっと寄り添う。
「瑛士……本当にありがとう。あなたがそばにいてくれるから、私は安心できる」
「泣くな……可愛い顔が台無しだ」瑛士は少し照れくさそうに微笑み、再び手をお腹に重ねる。
五つ子の胎動は日に日に強くなり、手のひらに押す感触が確かに伝わる。長男の力強い蹴り、次男の小さな手のような動き、長女の優雅な動き、次女と三男の跳ねるような鼓動……それぞれの個性が手のひらに刻まれるようだった。
「全部、君の命の音だよ」瑛士の声は低く、温かく、まるで子どもたちに語りかけるようだった。
莉緒は思わず目を潤ませ、手を胸に当てる。
「五人とも……本当に、私のお腹にいるのね……」
瑛士は少し微笑みながら、肩に頭を寄せる。
「これからの毎日は大変だろうけど……俺たちなら乗り越えられる」
莉緒は頷き、手を握り返す。外の風が窓を揺らし、枯れ葉がひらりと床に舞い落ちた。
「瑛士……この子たちの名前、もう少し考えないとね」
「そうだな……生まれて順番を見てからでもいいかもな」
お腹の中で小さな命たちが揺れるたび、瑛士の胸にも新しい希望が芽生える。五つ子の成長と命の重みを、二人でじっくりと感じ取っていた。
「冬が来ても、私は負けない……この子たちと一緒に頑張る」
「俺もだ。お前を支えながら、この子たちを守る」瑛士は強く莉緒の手を握る。五つ子の胎動が、それに応えるように小さく跳ね、手のひらに力を伝えてくる。
病室の中で、外の風の音、五つ子の胎動、二人の呼吸が静かに重なり合う。
秋の終わりと冬の訪れを告げる風の中で、二人はまだ見ぬ未来への希望を胸に、穏やかで強い絆を育んでいた。
「この小さな鼓動を守るためなら、俺は何だってできる」瑛士は囁き、莉緒の髪をそっと耳にかけた。
「うん、私も……」
病室に差し込む秋の光が、二人と五つ子の命を優しく包み込む。小さな鼓動は確かに、静かに、力強く、二人の心を結んでいた。
冬が近づく街の風景とともに、五つ子の命は確かに生きている。
そして瑛士と莉緒は、その命を支え、守り、共に生きていく覚悟を胸に刻んだ。
【次回第11話】
両家顔合わせという人生の大切な節目でありながら、瑛士の「犬系男子」らしい緊張と誠実さ、莉緒の家族の温かさ、そして七つ子を迎える家族の“絆の芽生え”を描く感動の回です。
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