見えない相手

らぱんぴよ

第1話  始まり


「――今日の投稿は、これで終わり」

そう呟いて、ゆずはカメラをそっと閉じた。

三脚を片付けながら、パソコンのモニターに映る動画サイトのコメント欄を開く。

白い光に照らされた画面の向こうには、先週投稿したダンス動画。

再生数は悪くない。コメント欄にはたくさんの言葉が並んでいる。

「上手いですね!」

「かっこいい!」

「かわいいぃ〜!」

「次は〇〇踊って!」

見慣れた褒め言葉の数々。

ゆずの口元に、自然と笑みが浮かぶ。

中学の頃から歌とダンスが大好きだった。

大学に入り、一人暮らしを始めたのをきっかけに、思い切って動画投稿を始めた。

別にプロを目指してるわけでも、ユーチューバーになりたいわけでもない。

ただ――画面の向こうの誰かが「見てくれる」ことが嬉しかった。

それだけで十分だった。

大学生活は忙しいけれど、充実している。

バイトにも慣れたし、気の合う友達もいる。

彼氏はまだいないけど、毎日がなんとなく楽しい。

未来に不安なんて、なかった。

スクロールしていくうちに、目に入るいくつかのコメント。

「かっこつけすぎ」

「ブス」

「きもちわる」

否定的な言葉も、ほんの少し混ざっている。

でも、ゆずは気にしない。

前向きな性格だから、そういうのは気に留めずに流すようにしていた。

しかし、一つだけ、妙に心に引っかかるコメントがあった。

フフフフ

ゆずはマウスを持った手を止めた。

モニターの青白い光が、夜の部屋をぼんやりと照らしている。

気味が悪くて、ゆずはそのコメントの右端にある「削除」ボタンにカーソルを合わせた。

でも――その前に、もう一度だけ、目を走らせてしまった。

……笑ってる?

それとも、からかってる?

ゆずは無言のまま、クリックした。

コメントは消えた。

けれど、胸の奥に残ったざらついた感覚だけは、簡単には消えてくれなかった。


夜も深まり、明日の大学のことを考えると、そろそろ寝なければと思った。

けれど、あのコメントが頭を離れない。

フフフフ――と画面の向こうで笑う声が、脳内で繰り返されるようで、布団に入っても心が落ち着かない。

結局、目を閉じても眠れず、何度も寝返りを打つ。

天井に映るスマホの小さな光が、まるで誰かの目のようにじっと見つめてくる気がした。

朝。

睡眠不足で重いまぶたを擦りながら、ゆずは渋々ベッドから起き上がった。

カーテンの隙間から差し込む朝日が、いつもより眩しく感じられた。


大学の講義を終え、友達と少し笑い合いながら過ごした時間もあってか、あのコメントのことはすっかり忘れていた。

普段と変わらない一日。

そんな日常の余韻に浸りながら、自宅のマンションに帰ってきたゆず。

ポストを覗くと、いつもの広告が数枚入っている。

手に取って部屋へ持ち込み、ドアを閉めた。

ふと、広告以外の紙に目が止まる。

封筒?差出人の名前もない。

中を開けると、薄い紙が一枚だけ。

そこには、たった一言。

フフフフ

ゆずの手が一瞬止まる。

指先に伝わる紙の冷たさが、胸の奥までひんやりと届いた。

――誰が?

――どうして?

普段の平穏な日常に、唐突に入り込んだ不気味な気配。

ゆずの心臓が、少し早く打ち始める。


つづく

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