第12話 図書館フェスティバル
鳴滝町立図書館では、毎年11月の第2週の金曜日から日曜日までの3日間、図書館フェスティバルというイベントを行う。ほぼ1か月前から、図書館職員はこのイベントの準備を始める。
去年までこのイベントの責任者をしていた野口さんが、役場の政策推進室に異動したので、今年から僕が責任者をする事になった。
10月8日の午後の休憩時間、僕は吉岡さんと昼食を食べながら話をしていた。
「田中副館長がさ、今年は自分の紙芝居をメインステージでやりたいって言ってたよ」
吉岡さんは、自分で作ってきた弁当を食べながら言った。
「うん、こないだも今年で定年だから錦を飾らせてくれって言われたよ」
「とか何とか言って、嘱託でしばらくいるつもりでしょ」
「――しっ、声が大きいよ」
僕が小声で言うと、彼女は周りを見渡して「へへっ、ごめん」と謝った。
「でも、今回はメインステージでお願いするつもり。桃山幼稚園の園児にも『オバケのおじさん』って言われて、人気あるからね」
「あははっ、そうだね」
「でも今年はなんと言っても、鳴滝町出身の声優の大城優さんの朗読がメインだからね。三船町長が直接お願いしてるし」
「あ……っ、そうだったね」
吉岡さんは、そう言って水筒のお茶をコップに注いだ。
「そういえば、大城優って長谷川さんと同じ中学だよね?」
「うん、坂田中の時の1年先輩。部活もバスケットボール部で一緒だったんだ」
「へえ……」
すると、横田さんがコンビニの袋を持って休憩室に入ってきた。
「で、どうだったの? その頃の大城優は」
横田さんは、コンビニの袋からいつもの甘そうな菓子パンを出しながら訊いてきた。
「モテましたよ。背も高くて、イケメンですから」
「そうだね。彼の場合、声だけじゃなくて、容姿もいいからね」
「横田さんと真逆ですね」
吉岡さんが言うと、横田さんは不貞腐れたように言った。
「声には、少し自信があるんだよ」
そして、開催1か月前の10月13日、生涯学習部からの助っ人3名が加わり、フェスティバル実行委員会の会議が役場の会議室で行われていた。
「……それで、日曜の午後3時からの大城優さんの朗読会及びミニコンサートがあります。それが終わるとフィナーレで三船町長のお話となります。町長のお話の間も大城さんには残ってもらって、三船町長のご友人ということで紹介されます」
「これは選挙対策だな」
田中副館長がぽつりと言った。
「大城さんって、今若い女の子の人気が凄いらしいね」
僕の隣に座っていた横田さんが言った。
「多分、町内以外からもたくさんのファンが来るので、今警備会社とも相談しています」
「それで紙芝居ですが……」
「――ほい、きた」
田中副館長が、元気よく手を上げて身を乗り出した。
「初日、2日目は朝10時から1時間。最終日の3日目は大城さんの前の午後2時から1時間でお願いします」
「おいおい、そんなにやらされるのかよ」
そう言いつつ、嬉しさを隠せない田中副館長を横目で見ながら、横田さんが薄笑いしている。
桃山保育園の園児が、初日と3日目は全員来るそうなので場所の確保をお願いします。
「なんか、園児の追っかけもいて芸能人みたいですね、副館長」
横田さんが、調子よく田中副館長にそう言うと「かなわないなあ、大城君と張り合っちゃおうかな」と言って 彼はとても気分が良さそうだった。
「あと、毎年の事ですが確認事項です。図書館の駐車場には、ステージとゲームをするテントを二つ用意するので駐車できません。車で来た方は、役場にある第3駐車場に案内してください。そちらに誘導する案内サインは図書館の第2倉庫にあります。案内係の横田さんのグループは、当日の朝に準備お願いします」
「了解」
「あと大城さんの控室を用意するように言われてますので、図書館の作業室を仮の控室にします」
「あんな汚いテーブルとイスでいいの?」
吉岡さんが、心配そうに訊いてきた。
「助役室から、応接セットを借りて持ってきます」
「え……っ、わざわざ持ってくるの? さすが大物だな」
田中副館長がそう言って驚いた表情をした。
「では各班の班長を中心に準備の方進めてください。1か月間よろしくお願いします」
こうして、図書館フェスティバルの準備は大きな問題も無く開幕当日を迎えた。
開幕式の始まる直前までは、僕は専用のスマホで落ち着く間もなく各班に指示を出していたが、いざ開幕してしまうと、平日の日中なので幼児を連れた母親や老人以外はあまり利用者も来ないので、特に混雑もなく落ち着いていた。
そんな時、思いがけない訪問者が来てくれた。
僕が外のステージで立っていると、図書館の隣に特別に設けた身障者用の駐車場に車が停まった。
「にい……ちゃ」
開いた後部座席の窓から、女の子が顔を出した。
「あっ、弓子ちゃん」
そして、両親に車椅子へと移されると、弓子は父親に押されながらやってきた。
「長谷川さん、弓子がお世話になってありがとうございます」
弓子の父親は、そう言って僕に頭を下げた。
「いえ、友達ですから。ねっ、弓子ちゃん」
「うん」
弓子は嬉しそうに頷いた。
「あっ、もうすぐ紙芝居が始まるよ」
「えっ、やった」
弓子は嬉しそうに両手を上げた。
そして、弓子は田中副館長が演じる紙芝居を楽しそうに見ていた。
僕は、そんな弓子を微笑ましく見ている父親の隣で言った。
「図書館の改修をしたので、車椅子でも入り易くなったんです」
「ああ、それは良かったです。それが心配だったので……」
紙芝居が終わると僕は弓子に図書館を案内した。今回のイベント用に飾られた図書館の中を見ながら、弓子は目を輝かせていた。
「本当に色々していただいて、弓子もとっても喜んでます。有難うございました」
図書館を出ると、弓子の母親がそう言って頭を下げた。
「いえいえ。じゃあ弓子ちゃん、また来てね」
僕はそう言って、今回のイベントの景品を袋に詰めて弓子に手渡すと、大喜びで帰っていった。
夕方になって学校が終わる時間になると、屋外のゲーム目当ての小学生や、ブックカバーの制作教室などに申し込みをした中学生らがやってきて、にわかに活気が出てきた。
さらに地元の人気ウェブ小説家の岸万作先生を招いて行われているウェブ小説講座を聞きにきた高校生や大学生等が予想以上の人気になっていた。定員オーバーになったと、吉岡さんから連絡が入ったので、僕は空いたスペースに役場の会議室にあるパイプ椅子を並べてもらうように指示を出して事なきを得た。
そして、特に大きな問題も無く図書館フェスティバルは初日を終えた。
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