第11話 価値ある海鮮カレー
ホイール専用ワックスを注文した次の休みの日、すでに届いているワックスはガレージの高耐久ワックスと並べられ、施工の時を待っている。そんな休日が天気予報で雨であることを分かっていた彼は、いつもよりゆっくり起きると、ルーティーンであるマキネッタで淹れた珈琲とパンで朝食をすませた。
目線は自然とガレージの方へと向き、高耐久ワックスが施工され光沢を纏った愛車を幻視した彼の口元は緩み、雨の日こそ真価を見る事の出来るドライブに行くことを決めた。目的地は以前、近所にあったのだが、移転で車で1時間以上かかるようになりしばらく行っていなかった小さなレストランだ。
彼は愛車をガレージから滑り出させた。高耐久ワックスが施工されたボディは自然と水滴が纏まり重力に従い滑り落ちていく。街中を抜け、静かに雨に濡れる山道を走り始めた。彼の視界に入るフロントガラスは、撥水施工されており、水滴を勢いよく弾く。しかし、その穏やかな走行中、若干フロントガラスの撥水が落ちている気がした。それはまだ、彼の確信に至らない「気のせい」レベルの小さな違和感だ。
山間部を抜ける長いトンネルを通過し、視界が一気に開けると、広大な海が鉛色の空と一体化したような、灰色の重い大海原が広がっていた。その光景は、彼の気持ちに雨のドライブだからこそ得られる、静かで特別な充足感をもたらした。トンネルを抜け、海沿いを走り、目的の小さなレストランに到着する。
小さなレストランは、オープン前から既に数組の客が並んでいるほどの人気ぶりだ。元国際ホテルのシェフが腕を振るうその店は、海鮮カレーが有名で、普通のメニューが1,000円ほどだが、中にはシェフおすすめカレーという豪華なメニューもある。
彼が店内に足を踏み入れるとテーブル席がいくつか配置され、賑やかな雰囲気はなく。小さな声で話すのに邪魔にならないくらいの音量で、オルゴール調の静かなBGMが流れている。大人はもちろん、小さな子供までもが大人しく椅子に座り、食事を待っていた。そんな小声で話す声さえも聞こえそうなほど、整った店内だった。
そのカレーは、彼が愛用する高性能なカーシャンプーのボトル一本分に相当する3000円を超える。それでも人々が並ぶのは、その価格に見合う、いやそれ以上の価値がそこにあることを知っているからだ。(本当に良いものには、手間も時間も、そして金も惜しむべきではない。)彼は一瞬、3000円超という価格に迷いを見せる。しかし、今日は久しぶりの遠出であり、雨で洗車ができなかった特別な休日だ。彼は迷いを振り切るように、シェフおすすめカレーを注文した。ワックス選びで揺れた彼の価値観の基準が、ここにある。
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