第6話 ルームシェア

引っ越してきたワンルームの部屋、家賃がやけに安かった。

 「事故物件とかじゃないですよね?」と不動産屋に聞いたら、

 「まぁ、少し“にぎやか”かもしれませんが、慣れますよ」と笑われた。で、慣れませんでした。


 夜中、テレビが勝手についた。冷蔵庫が勝手に開いた。

 寝ようとすると、耳元で「お風呂、まだ?」と知らない女の声。

 最初は心霊現象だと震えたけど、だんだん腹が立ってきた。


 「おい、勝手に冷蔵庫開けんな! 電気代誰が払ってると思ってんだ!」


 すると、空気がピタッと止まった。

 次の瞬間、壁のカレンダーがめくれ、「ごめんなさい」って書いた紙が貼ってあった。


 ……謝るタイプの幽霊だった。


 それ以来、奇妙なルームシェア生活が始まった。

 夜中に冷蔵庫を開けると、中のプリンに「1こください」と紙が貼ってある。

 食べたら、翌日ちゃんと新しいプリンが補充されてる。

 お供えか?


 しかも、部屋がやたらキレイになっていく。

 洗濯物も畳まれてるし、洗い物も消えてる。

 ……いや、助かるけど。


 ある夜、ふと思い立って「姿を見せてくれないか?」と言ってみた。

 すると、テレビの画面にノイズが走り、

 白い服の女が映った。

 幽霊だ。顔が真っ青。髪がぼさぼさ。だけど、なんか、照れてる。


 「ちょっと、怖がらないでくださいよ……人見知りなんです」


 人見知りの幽霊。聞いたことない。


 話を聞くと、この部屋で昔暮らしていた女性で、引っ越し直前に事故で亡くなったらしい。

 「でも、家賃の更新が残ってたので、なんとなくここにいまして」

 幽霊のくせに契約意識が高い。


 それから、少しずつ仲良くなった。

 俺が夜遅くまで仕事して帰ると、白い影がテレビの前で体育座りしてる。

 「おかえり。コンビニ弁当ばっか食べないでくださいね」

 「はいはい、わかってるって」


 ある日、俺が寝坊して会社に遅れそうになった時、

 目覚ましが鳴る前に、耳元で「遅刻ですよ」って囁かれた。

 びっくりして飛び起きたら、机の上にお弁当が置いてあった。

 中身は焦げた卵焼きと、炊き込みご飯。

 ……ちょっと塩辛かったけど、うまかった。


 「これ、作ってくれたの?」

 壁に貼られた紙に「はい(味見できなくてすみません)」と書かれていた。


 そして数か月後。

 ある夜、幽霊がテレビ画面に映って言った。

 「そろそろ、成仏しようと思います」

 「え、急にどうしたの?」

 「最近、あなたがちゃんと食べて、笑うようになったので……もう安心です」


 気づけば、この部屋に来たときより、心が軽くなっていた。

 いつの間にか、孤独じゃなくなってたんだ。


 「……ありがとう。元気でな」

 「はい。あなたも、いい人と出会ってください」


 その夜、テレビが静かに消えた。


 翌朝。冷蔵庫を開けると、中にメモが一枚。

 “最後のプリン、どうぞ”


 泣きながら食べた。味は少し薄かったけど、やたらうまかった。

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