第32話 『終わり (2) 』
}用心棒の視点
少年の頭をドアに叩きつけた。動きが止まり、細い血の筋が床に落ちていく。やりすぎたか──そんな考えが一瞬よぎったが、別の自分が「頼まれたことをしただけだ」と無感情に呟いた。
「来い!」
藤村様が近づき、俺の手からぶら下がる少年を髪の毛ごとつかみ、横へと乱暴に放り投げた。床に鈍い音が響き、部屋の中央にある机のそばまで転がっていく。微動だにしない。
「来い…来いと言っているだろう!」
藤村様は荒く息を吐きながら叫んだ。
「私に、あんな口をきくなと、何度言った?!」
杖を振り上げ、そのまま頭部へ叩きつける。少年はもう防御すらしない。打撃は容赦なく頭蓋に直撃した。パキッ。頭が跳ね、髪が乱れる。
思わず目を見開いた。本気でまだ殴るつもりなのか。
「私に…私に声を荒げるなと…言ったはずだ!」
二発目。今度は肩越しに振り下ろされたが、少年はもう反応しない。
「お前は…お前なんか…」声が震える。「私を見上げる資格すらない!」
三発目が頭蓋に当たり、また跳ねた髪には、赤いものが混ざっていた。
藤村様は肩で息をしながら正面を見つめ、周囲を一瞬見回すと、再び少年に目を落とし、小さく頷いた。
「はぁ、はっ…教えてきたはずだろう。従え、と。」
止めに入ったほうがいいのか──そう思ったが、俺が動く前に杖は悲鳴を上げるように真ん中から裂けた。
藤村様は気づかない。ただ、苦しげに息を吐き続けるだけ。
「はぁっ…はっ、はぁっ!」
木の表面に血が散る。
「私が…私こそが…!」
さらに一撃。血が飛ぶ。
「はぁ…あっ、あああ!」
同じ箇所へ叩き込み、床にじわりと血が広がる。
杖が完全に折れ、片方が飛んで天井に当たり、鈍く落ちてようやく動きが止まった。
「くそ…くそっ…」
藤村様は残った破片を少年へ投げつけ、髪をかき上げながら、声をかすれさせて呟いた。
「ちくしょう…っ、はぁ…はぁ…」
荒い息を整えるように白いハンカチを取り出し、額の汗を拭う。
「…ちくしょう。」
もう一度、二度、と繰り返すたびに声が小さくなる。
天井を見上げ、目を閉じ、何か低くつぶやいたが、その言葉までは聞き取れなかった。
*********
優一の視点
スマートフォンに届いた父のメッセージを見て、僕はドアから離れた。
しばらくして父が出てくる。顔色は青白く、血の気が引いたような表情だった。
「後は任せる。」
その声には後悔の影などなく、ただ疲労だけが滲んでいた。
ちょうど良かった。第三階層に誰か戻ってくる前に、早く終わらせる必要があった。
父によれば、このフロアにいる職員はすべて、校長に命じて退去させ、次の授業が終わるまで立ち入り禁止にしたらしい。ここは行政用の部屋しかない。ほとんどの教師は授業中で、残りは校長が連れていったという。
服装を整えると、父は僕に背を向け、連れてきた作業員と共に階段のほうへ歩き出した。
だが──
「父さん。」
声をかける。「靴に、血がついてる。」
父はつま先を見るが、拭おうともしない。
「……優一。」
「はい。」
「お前まで、私を失望させるな。」
そのまま去っていった。
僕はゆっくりと部屋に入った。完全な静寂。
息遣いも、うめき声もない。もう何も残っていなかった。
部屋の一部は破損し、床には血痕が散っている。
だが最も厄介なのは、ドアの損傷だ。
海斗──いや、海斗だったものが、校長の机近くに横たわっている。
しゃがみ込み、血で固まった髪をそっと払い、顔を露わにした。
半開きの瞳に、赤が少し入り込んでいた。
「悪いな。」
小さく呟く。
「こうするしか、生き方を教えられなかったんだ。」
スマートフォンを持ち上げ、いくつか電話をかける。
最後の相手が、ようやく僕の依頼を受け入れた。
『わかったよ。ただし、大きな貸しにする。他に何か?』
僕は海斗──いや、その残骸を見つめた。
「はあ…ある。でかい袋を持ってきてくれ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます