第2話「残り11時間――違約金 vs 世界の危機」

1

 午前3時14分。

 私は、破壊された部屋の真ん中で、膝を抱えて座っていた。

 ケンジは壁の穴から自分の部屋に戻り、応急処置用のガムテープと段ボールを持ってきてくれた。今、彼は割れた窓を塞いでいる。

「……とりあえず、風は防げるな」

「ありがとう……」

 私の声は、力がない。

 スマホの画面を見つめる。

 フリマアプリの通知は、まだ増え続けている。

 メッセージ、2347件。

「全部、神器が欲しいって内容なんだろうな……」

 呟いた瞬間、スマホがブルッと震えた。

 でも今度は、フリマアプリじゃない。

 メール。

 差出人:田中大家。

 件名:【重要】明日の退去について。

「……最悪」

 私は、恐る恐るメールを開いた。


『新城さん

夜分遅くに失礼します。先ほどは電話でお騒がせしました。

念のため、明日の退去について再度確認させていただきます。

・点検時刻:午前9時

・室内の私物:完全撤去必須

・破損箇所:報告義務あり

万が一、私物が残っている場合や、故意・過失による破損が確認された場合、契約書第12条に基づき、以下の費用を請求させていただきます。

・違約金:30,000円

・修繕費:実費(見積もり後請求)

よろしくお願いいたします。』


 三万円。

 そして、修繕費。

 私は、部屋を見回した。

 壁に空いた大穴。直径2メートルはある。

 蝶番から外れたドア。

 粉々になった窓ガラス。

 真っ二つに割れたテーブル。

 剣が突き刺さったままの冷蔵庫。

「……修繕費、いくらになるの……」

「最低でも、20万は超えるな」

 ケンジが、冷静に見積もった。

「壁の穴だけで10万以上。ドアが5万。窓が3万。家具は……まあ、お前の私物だから知らんけど」

「二十万……」

 私の月収は、手取りで22万。

 つまり、一ヶ月分の給料が吹っ飛ぶ。

「……やだ」

 私は、スマホを握りしめた。

「絶対、ヤダ」

「いや、でももう壊れてるじゃん。どうしようもなくね?」

「どうにかする」

 私は立ち上がった。

「まず、部屋を片付ける。私物を全部撤去する。そうすれば、少なくとも違約金の3万は回避できる」

「破損は?」

「……知らない。『最初からあった』って言う」

「無理あるだろ、壁の穴」

「じゃあ、『地震』!昨日地震あったでしょ!震度3!」

「この破壊規模で震度3は——」

 その時、玄関のドア枠(ドアはもうない)から、人影が現れた。

「失礼いたします」

 私たちは、同時に振り返った。

2

 そこに立っていたのは、三人組だった。

 一人目——深紅のローブを纏った、長身の男性。

 二人目——白銀の鎧を着た、厳格そうな女性騎士。

 三人目——黒いスーツ姿の、眼鏡をかけた青年。

 三人とも、人間に見える。

 でも、纏っている雰囲気が、明らかに「普通じゃない」。

「新城ミナト様ですね」

 黒スーツの青年が、丁寧に頭を下げた。

「我々は、それぞれ異なる国家の使者として参りました」

「……はあ」

 私は、もう驚く気力もなかった。

「私は、炎の帝国・ブラザムドの外交官、リヒト・フレイムと申します」

 深紅のローブの男性が名乗る。

「私は、聖騎士国・パラディスより参りました、ユリア・セイントと申します」

 女性騎士が続く。

「私は、魔導連邦の交渉担当、クロウ・シャドウです」

 黒スーツの青年が、眼鏡を押し上げた。

「我々は、ミナト様が所持している『呪いの人形』について、譲渡の交渉に参りました」

「呪いの……人形?」

 私は、記憶を辿った。

 確かに、段ボールの中に古い木彫りの人形があった。気味が悪かったから、最後まで残しておいたやつだ。

「ああ、あれ……まだ持ってますよ。あげます」

「本当ですか!?」

 三人が、同時に前のめりになった。

 私は、部屋の隅に残っていた段ボールから、人形を取り出した。

 高さ20センチくらい。黒い木で彫られた、人の形。

 顔の部分は、布で覆われている。

 不気味だ。

 人形を持った瞬間、手のひらに冷たい感触が走った。

「うっ……」

「ミナト様!それは危険です!素手で触れては——」

 ユリアが慌てて駆け寄る。

 でも、私はもう慣れた。

「大丈夫です。で、これ、欲しいんですよね?」

「はい!」

 三人が、再びユニゾン。

 私は、人形を彼らの前に置いた。

「じゃあ、誰にあげればいいんですか?三人とも欲しいんですよね?」

「それは——」

 リヒトが言いかけて、他の二人を見た。

 三人の間に、微妙な緊張が走る。

「……あー、なるほど」

 ケンジが、状況を理解した。

「取り合いになるわけか」

「その通りです」

 クロウが、冷静に答えた。

「『呪いの人形』は、かつて大陸戦争の引き金となった伝説の神器。これを所持する国家は、絶対的な防衛力を得ると言われています」

「つまり、戦争に勝てる、ってこと?」

「簡単に言えば、そうです」

 ユリアが頷いた。

「だからこそ、我々は平和のために、この人形を——」

「いいえ、我が国こそが、この人形を正しく管理できます」

 リヒトが割り込む。

「何を言う。魔導連邦の封印技術こそが——」

 クロウも続く。

 三人の言い争いが始まった。

 私は、その様子を眺めながら、思った。

(……これ、面倒くさい)

 そして、ふと、ある考えが浮かんだ。

「あの」

 私の声に、三人が黙った。

「じゃあ、競りにしません?」

3

 一瞬の沈黙。

 三人の使者が、私を見た。

 そして——ケンジも、私を見た。

「……おい」

「何?」

「お前、今、何て言った?」

「だから、競り。オークション。一番高い金額を提示した人に渡すって」

 ケンジは、頭を抱えた。

「お前……マジで言ってるのか?」

「マジですけど」

 私は、三人の使者を見た。

「だって、三人とも欲しいんでしょ?じゃあ、公平に金額で決めればいいじゃないですか」

 リヒトが、困惑した表情で言った。

「ミナト様……神器を、金銭で取引するということですか?」

「そうですけど。ダメなんですか?」

「いえ、ダメということでは……ありませんが……」

 ユリアが、眉をひそめた。

「しかし、神器は神聖なもの。それを金銭で——」

「じゃあ、タダでいいですよ。でも、誰か一人にしか渡せません。どうやって決めます?」

「それは……」

 三人は、顔を見合わせた。

 クロウが、眼鏡を外して拭きながら言った。

「……分かりました。では、我々の中で最も高い金額を提示した者が、人形を譲り受けるということで」

「あ、ちなみに」

 私は、スマホを取り出した。

「即金で、今すぐ振り込める金額でお願いします。電子マネーでもいいです」

「即金……」

 三人は、再び顔を見合わせた。

 そして、それぞれが何やら通信を始めた。

 リヒトは、指輪から炎を出して、空中に文字を描いている。

 ユリアは、胸の十字架に祈りを捧げている。

 クロウは、スマホ(異世界にもあるらしい)で誰かと通話している。

 数分後。

「では、提示させていただきます」

 リヒトが、紙を取り出した。

「炎の帝国・ブラザムドは——金貨3000枚を提示いたします」

「金貨……」

 私は、困った。

「えっと、日本円だといくらですか?」

「金貨1枚が、だいたい10万円相当です」

「3000枚で、3億円……!?」

 ケンジが、叫んだ。

 私も、目を見開いた。

 3億。

 一生遊んで暮らせる。

「ちょ、ちょっと待ってください」

 私は、深呼吸した。

(落ち着け。落ち着け。でも、3億……)

 ユリアが、次に提示した。

「聖騎士国・パラディスは——金貨5000枚です」

「5億……!?」

 さらに上がった。

 私の手が、震える。

 最後に、クロウが冷静に言った。

「魔導連邦は——金貨10000枚を提示します」

「じゅ、10億……!?」

 私の声が、裏返った。

 10億。

 想像もできない金額。

 でも——。

「あの、本当に振り込めるんですか?今すぐ?」

「はい」

 クロウが頷いた。

「我が連邦の転送魔法を使えば、5分以内に金貨を物理的にお届けできます。あるいは、この世界の銀行口座に直接——」

「銀行口座で!」

 私は即答した。

 そして、口座番号を伝えようとして——。

 ケンジが、私の肩を掴んだ。

「おい、ちょっと待て」

「何?」

「お前、本気か?」

「本気ですけど」

 ケンジは、私の目を見た。

「……お前、分かってるのか?その人形、『戦争の引き金』って言ってたぞ」

「聞いてました」

「つまり、それを渡したら——」

「戦争が起きるかもしれない。分かってますよ」

 私は、ケンジの手を振り払った。

「でも、私には関係ないです。異世界のことは、異世界の人たちが決めることでしょ」

「お前……」

 ケンジの表情が、曇った。

 でも、私は続けた。

「それに、今の私には、その10億が必要なんです」

「10億もいらないだろ!修繕費なんて——」

「いるんです!」

 私は、声を荒げた。

「だって——この先、まだ何が起きるか分からないんですよ!?さっきだって、空が割れて触手が出てきたんですよ!?次は何が来るか分からない!だったら、少しでもお金を——」

 言葉を続けようとして、私は気づいた。

 ケンジが、悲しそうな目で私を見ていることに。

「……お前、変わったな」

「え?」

「いや、元からこういう奴だったのかもしれないけど……」

 ケンジは、壁の穴から自分の部屋に戻ろうとした。

「俺、もう寝るわ。好きにしろよ」

「ケンジさん!」

 でも、彼は振り返らなかった。

4

 ケンジが去った後、私は三人の使者に向き直った。

「では、魔導連邦のクロウさんに、10億円で——」

「お待ちください」

 リヒトが手を上げた。

「我々も、金額を上乗せします。金貨12000枚——12億円です」

「では、15億です」

 ユリアが続く。

「20億」

 クロウが、即座に返す。

 金額が、どんどん上がっていく。

 私は、その様子を呆然と見ていた。

(これ……本当にいいのかな)

 心のどこかで、疑問が湧く。

 でも、スマホの画面に表示された、大家からのメールを思い出す。

『違約金:30,000円』

『修繕費:実費』

 そして、カウントダウン。

 残り10時間47分。

「……仕方ない」

 私は、呟いた。

「私だって、生きていかなきゃいけないんだから」

 その時。

 部屋の隅に置いてあった、もう一つの段ボールから——光が漏れた。

「え?」

 私は、そちらに駆け寄った。

 段ボールを開けると、中から古いブラウン管テレビが出てきた。

 いや、テレビ?これも神器?

 画面が、勝手に点いた。

 そこに映ったのは——戦場。

 燃え盛る城。逃げ惑う人々。そして、空を飛ぶ巨大な竜。

「これは……」

 クロウが、画面を見て息を呑んだ。

「『天翔の羽根飾り』を手に入れた、エルドランドの進軍映像です」

「え?」

「昨夜、あなたが譲渡した神器を使って——エルドランドは、隣国に侵攻を開始しました」

 画面の中で、竜が炎を吐く。

 街が、崩壊していく。

「嘘……」

 私の声が、震えた。

「あの、羽根飾り……そんな力が……」

「神器とは、そういうものです」

 ユリアが、静かに言った。

「だからこそ、慎重に扱わなければならない」

 画面の中で、子供が泣いている。

 母親が、その子を抱きしめて逃げている。

 私は、目を逸らした。

「……私のせいじゃない」

「え?」

「私のせいじゃないです。私は、ただ要望に応えただけ。使い方を決めたのは、向こうの人たちでしょ」

 ユリアは、何も言わなかった。

 ただ、悲しそうに私を見ていた。

 その視線が、胸に刺さる。

「……私、悪くない」

 もう一度、呟く。

 でも、声が震えている。

 その時、テレビの画面が切り替わった。

 今度は、ニュース番組のようなもの。

 アナウンサー(異世界の)が、真剣な表情で喋っている。

 字幕が表示される。

『速報:エルドランドの侵攻により、北方連邦が壊滅。死者、推定10万人』

 10万人。

 私の手から、リモコン(そんなものは持っていない)が落ちた。

「じゅう、まん……」

「これが、神器の力です」

 クロウが、淡々と続けた。

「そして、『呪いの人形』は、その比ではありません。もし誤った使い方をすれば——大陸全土が、消滅します」

 私は、人形を見た。

 黒い木の、不気味な人形。

 これが、大陸を消す?

「……嘘でしょ」

「本当です」

 リヒトが頷いた。

「だからこそ、我々は——」

 彼の言葉を遮るように。

 ケンジの部屋から、声が聞こえた。

「おっしゃあああ!登録者、1万人超えたああああ!」

 私たちは、一斉にそちらを見た。

5

 壁の穴から、ケンジが顔を出した。

 彼の手には、スマホ。

「やべぇ、マジでバズってる!」

「……何が?」

 私が聞くと、ケンジはニヤニヤしながらスマホを見せてきた。

 画面には——YouTubeのライブ配信。

 タイトル:『【緊急生配信】隣の部屋に異世界人が来た件【リアルタイム】』

 視聴者数:12,384人。

「……え?」

「いやー、さっきから配信してたんだよ。そしたらめっちゃ伸びて——」

「配信って……」

 私は、画面をスクロールした。

 コメント欄が、猛スピードで流れている。

『これマジ?CG?』

『甲冑の作り込みヤバい』

『10億とか言ってるけど詐欺では?』

『隣の女、顔出しNGなの?』

 そして、画面の中には——。

 私と、三人の使者が映っている。

「ちょっと!勝手に撮らないでよ!」

「いいじゃん、別に。どうせ誰もお前の顔知らないし」

「そういう問題じゃなくて!」

 私が怒鳴ろうとした瞬間。

 コメント欄に、異変が起きた。

『あれ?今の言語、古代エルドラ語じゃね?』

『マジだ、俺も聞き取れる』

『ってことは、本物?』

『異世界人、実在するの?』

 そして——。

 画面に、新しいコメントが流れた。

 ただし、それは日本語ではなかった。

『我は、遠き海の国・オセアノスの王なり。その『呪いの人形』、我が国に譲られよ』

 え?

 私は、画面を二度見した。

 さらに、コメントが続く。

『天空の国・アエリアより。金貨50000枚を提示する』

『砂漠の国・サハラード。金貨60000枚だ』

「……嘘でしょ」

 異世界からの、コメント。

 いや、正確には——オファー。

 リヒトが、青ざめた。

「まずい……情報が、世界中に拡散されている……」

「これでは、交渉どころでは——」

 ユリアの言葉を遮るように。

 窓の外から、轟音が響いた。

 私たちは、一斉に外を見た。

 そこには——。

 10隻以上の飛空艇。

 そして、空を埋め尽くす、飛竜の群れ。

「……来ちゃった」

 ケンジが、呟いた。

「全世界から」

 私は、人形を抱きしめた。

 そして、カウントダウンを確認する。

 残り10時間20分。

「……どうしよう」

 答えは、誰も持っていなかった。

 ただ、外からは——無数の転移魔法陣の光が、駐車場を照らし始めていた。

 そして、その中の一つから降り立った、金色の甲冑の騎士——昨夜の、ドラグーンの将軍が、拡声魔法で叫んだ。

「新城ミナト殿!我々は、『呪いの人形』の譲渡を——いや、購入を希望する!金額は、交渉次第で——」

 その言葉に、他の勢力も反応した。

「我が国が先だ!」

「いいや、我々の方が——」

「金額なら、いくらでも!」

 怒号。

 罵声。

 そして——剣を抜く音。

「……戦争、始まっちゃう」

 私の呟きに、ケンジが答えた。

「始まるも何も——もう始まってんじゃね?」

 彼は、ライブ配信のコメント欄を見せた。

『エルドランド、さらに2カ国に宣戦布告』

『北方同盟、緊急会議招集』

『各国、神器争奪のため軍を動員』

 世界が——動き始めている。

 私の、たった一つの行動で。

「……私、どうすれば……」

 その時。

 スマホが、震えた。

 大家からの、新しいメール。

『新城さん、また騒音の苦情が来ています。このままでは、警察を呼びます』

 私は——。

 笑った。

「あはは……警察……」

 ケンジが、心配そうに私を見た。

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないですよ」

 私は、人形を床に置いた。

「でも、もう、どうでもいいや」

「どうでもって——」

「だって、分かんないもん。何が正しいのか」

 私は、窓の外を見た。

 無数の勢力が、今にも戦いを始めそうだ。

「私、ただ……ゴミを片付けたかっただけなのに」

 涙が、出そうになる。

 でも、泣いてる場合じゃない。

 カウントダウンは、容赦なく進む。

 残り10時間18分。

「……決めなきゃ」

 私は、深呼吸した。

「ケンジさん、視聴者に聞いて」

「え?」

「私、どうすればいいか。アンケート取って」

6

 ケンジは、戸惑いながらもライブ配信のカメラを私に向けた。

「えっと……視聴者の皆さん、聞こえますか?」

 私は、カメラに向かって話し始めた。

「私、新城ミナトです。今、すごく困ってます」

 コメント欄が、反応する。

『主、顔出しキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』

『美人じゃん』

『いや、それどころじゃないだろ』

「この人形を、誰に渡せばいいか——いや、渡すべきかどうかも含めて、分かりません」

 私は、人形を持ち上げた。

「選択肢を出すので、コメントで教えてください」

 ケンジが、画面にテロップを出した。


【アンケート】

A. 一番高い金額を出した国に売る

B. 一番平和そうな国に無償で渡す

C. 複数の国に「レンタル」して様子を見る

D. 誰にも渡さず、自分で持っておく

E. 本当にゴミとして捨てる


 コメントが、殺到した。

『A!金もらっとけ!』

『Bだろ、常識的に考えて』

『Cが面白そう』

『Eは危険すぎるwww』

 票は、割れた。

 でも、徐々に——一つの選択肢に集まり始める。

 C. 複数の国に「レンタル」して様子を見る。

 私は、その結果を見て——考えた。

「レンタル……」

「貸すってこと?」

 ケンジが聞く。

「期限付きで貸して、返してもらう。その間に、どう使うか見る……」

 確かに、一理ある。

 いきなり売ってしまうより、安全かもしれない。

 私は、窓から外の勢力に向かって叫んだ。

「皆さーん!」

 全員が、こちらを向いた。

「この人形、レンタルにします!」

 ざわめき。

「期限は、24時間!その間に使ってみて、問題なければ——正式に購入を検討します!」

 私は、続けた。

「ただし、条件があります。絶対に、人を殺さないこと。あと、必ず返すこと。破ったら——もう二度と、神器は渡しません」

 金色の将軍が、前に出た。

「分かりました!では、我が竜騎士帝国が——」

「いいえ、複数の国に貸します」

 私は、人形を見た。

(これ、一つしかないけど……どうする?)

 その時、クロウが提案した。

「分割しましょう」

「分割?」

「神器の力を、複数の『鍵』に分けるのです。我々魔導連邦の技術なら可能です」

 彼は、人形に手をかざした。

 黒い光が、人形を包む。

 そして——人形が、三つに分かれた。

 頭、胴体、足。

「これで、三つの国に——」

「ダメです」

 ユリアが遮った。

「分割すれば、力は弱まりますが——逆に、制御も難しくなります。暴走の危険性が——」

「でも、他に方法が——」

 リヒトが言いかけた瞬間。

 人形が——光った。

 いや、暴走した。

 三つのパーツが、それぞれ異なる色に発光する。

 赤、青、緑。

 そして——。

 部屋中に、冷気が広がった。

「まずい!分割に失敗した!」

 クロウが叫ぶ。

「人形が、それぞれの『呪い』を解放し始めています!このままでは——」

 その言葉の続きを聞く前に。

 赤く光るパーツ——頭が、浮き上がった。

 そして、笑った。

 声なき笑い。

 だけど、確かに笑っている。

「……やば」

 私は、本能的に後ずさった。

 頭が、窓の外へ飛んでいく。

 駐車場の騎士たちが、それを追いかける。

「神器だ!確保しろ!」

 青く光るパーツ——胴体も、浮き上がる。

 こちらは、クロウが素早く回収した。

「これは、我々が——」

 でも、リヒトがそれを奪い取る。

「いいや、我々だ!」

 二人が揉み合う。

 そして、残された緑のパーツ——足。

 これは、床に転がったまま。

 私は、それを拾い上げた。

 冷たい。

 そして——重い。

 まるで、鉛のように。

「これ……どうすれば……」

 その時、足のパーツから——声が聞こえた。

『還せ』

「え?」

『元に、還せ』

 誰の声?

 いや、これは——。

「おばあちゃん……?」

 私の呟きに、ケンジが振り返った。

「何?」

「いや、今——」

 説明しようとした瞬間。

 外から、爆発音。

 窓の外を見ると、騎士たちが人形の頭を巡って戦闘を開始していた。

「……始まっちゃった」

 戦争が。

 私のせいで。

「どうしよう……どうしよう……」

 パニックになりかけた、その時。

 スマホが、また震えた。

 でも、今度は——大家からじゃない。

 フリマアプリの、システムメッセージ。

『【緊急】あなたの出品した商品に関して、異常なアクセスが検出されました。アカウントを一時停止します』

「……最悪」

 私は、その場に座り込んだ。

 カウントダウン。

 残り10時間12分。

 外では、戦闘が激化している。

 部屋は、さらに破壊されていく。

 そして、私の手には——人形の足。

「……もう、ヤダ」

 涙が、溢れた。

 ケンジが、隣に座った。

「……泣くなよ」

「だって……」

「分かってる。お前のせいじゃない」

 彼は、私の肩に手を置いた。

「でも——もう、逃げられないぞ」

「……うん」

 私は、涙を拭いた。

 そして、立ち上がった。

「……決めた」

「何を?」

「全部、取り返す」

 私は、窓の外を見た。

「人形のパーツ、全部。そして——配った神器も、全部」

「無理だろ、そんなの」

「無理でもやる」

 私は、人形の足を握りしめた。

「だって——これ以上、誰も死なせたくないから」

 ケンジは、驚いた顔で私を見た。

 そして——笑った。

「……やっと、人間らしいこと言ったな」

「うるさい」

 私は、ケンジに背を向けた。

「手伝ってくれる?」

「……仕方ねぇな」

 彼は、立ち上がった。

「でも、どうやって取り返すんだ?」

「分かんない」

 私は、正直に答えた。

「でも——」

 その時。

 人形の足から、再び声が聞こえた。

『時間を、巻き戻せ』

「時間……?」

『私の力を使え。そうすれば、全てをやり直せる』

「おばあちゃん……本当に、あなたなの?」

 返事はなかった。

 でも、足のパーツが——微かに、温かくなった気がした。

 私は、決意した。

「ケンジさん。配信、続けて」

「え?」

「全世界に見せるの。私が、どうやってこれを解決するか」

 私は、カメラに向かって宣言した。

「私、新城ミナトは——今から、神器を全て回収します」

 コメント欄が、沸いた。

『マジか』

『無理ゲーwww』

『応援するぞ!』

 私は、人形の足を胸に抱いた。

 そして——窓から、飛び降りた。

「おおおおい!?」

 ケンジの叫びが、遠くなる。

 でも、私は——落ちなかった。

 足のパーツが、緑色に光る。

 そして、私の体が——ゆっくりと、地面に降り立った。

「……飛べる?」

 いや、浮遊?

 とにかく、神器の力だ。

 私は、戦闘中の騎士たちに向かって走った。

「返してもらうよ!全部!」


カウント表示:残り10時間08分


第2話 了

次回:第3話「残り9時間――時間稼ぎの取引」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る