絶望値:Eの魔法少女
なにもない
第1話 プロローグ
うだるような夏の夕方。
焼けたアスファルトの上を、一人の少女がとぼとぼと歩いていた。
「今日も学校で上手くできなかったな……」
今にも消え入りそうな声で、小さく呟く少女
――月城るな。
家までの足取りは、いつものように重かった。
玄関の扉を開けた瞬間、母親の怒鳴り声が飛んできた。
「あんた、また学校で迷惑かけたみたいね。先生から全部聞いたわよ」
その声が終わるか終わらないかのうちに、
――パチン。
甲高い音が玄関に響いた。
頬をはたかれ、るなの顔が真っ赤に染まる。
熱が広がっていくのに、何も言えなかった。
「ごめんなさい……」
小さく漏れたその言葉は、空気に飲まれて消えた。
母親は何も言わず、リビングへと戻っていく。
しばらく痛みに耐えながら頬を押さえ、
るなはようやく靴を脱いで家に上がった。
玄関から自室までの廊下には、
いつものようにゴミや物が乱雑に散らばっている。
部屋に戻ると、るなは学校のカバンを椅子に置き、
部屋の端に丸まって座り込んだ。
「ぐすっ……ぐす……」
声を出して泣くと、また怒られる。
だから、部屋に響くのは小さな鼻をすする音だけ。
どれくらい泣いたのか、いつのまにか眠っていた。
――そして。
「おい、るな!」
突然、体に衝撃が走る。
激しい痛みで目を覚ますと、母親が立っていた。
「わたし、出かけてくるから」
短くそう言うと、母親は乱暴にドアを閉めて出ていった。
この時間になると、いつも外に出かける。
帰ってくるのは深夜か、朝方。
男を連れて帰ることも珍しくない。
「……いってらっしゃい」
その声は、母親には届かない。
るなは小さく息をつき、
蹴られた脇腹をさすりながら呟いた。
「痛いなぁ……」
けれど、その痛みよりも
静かな家の中が、少しだけ安心に感じてしまう自分が、何よりも怖かった。
リビングの明かりは点かず、
防災用の小さなライトだけを手に台所を探る。
「今日も……食べるもの、ないか」
冷蔵庫の中は、ほとんど空。
ポットに入った水と、賞味期限の切れたパンの袋。
るなはその袋を持って部屋に戻り、
パンを袋から取り出し口に運んだ。
「……固いけど、食べられる」
パンを食べ終えると、コップに水を注いで一息つく。
冷たい水が喉を通るたび、少しだけ 生きている 気がした。
「もう寝よ……」
鏡を見ると、頬の赤みがまだ残っていた。
乱れた髪を手ぐしで整え、布団の上に座る。
窓の外では、夏の虫が鳴いている。
どこか遠くの世界から聞こえるようなその音に、
るなは目を細めた。
「……こんな世界、早く終わっちゃえばいいのに」
小さな呟き。
誰にも届かない声。
そのまま横になり、暗闇に包まれていく。
まぶたの裏がじんわり熱くなり、涙が滲む。
「せめて、夢の中だけは……」
静かに、るなは眠りに落ちた。
次の瞬間。
耳の奥で、風のような声がした。
「月城るな……あなたは、選ばれた」
白い光が視界を包み込み、息を呑む間もなく世界が反転する。
重かった体がふっと軽くなり、何かに引きずり込まれるような感覚。
「なに……これ……っ!」
まぶたを開けたとき、
そこにはドス黒い空と、辺り一面草原の世界が広がっていた。
「夢」のはずなのに、風が肌を撫で、地面の冷たさが伝わる。
息を呑んで立ち尽くするな。
そして、遠くから聞こえてくる――何かの鳴き声。
「ここ……どこ?」
誰もいないはずの場所で、
るなは確かに 生きている と感じた。
それが、「現実」から逃げ出した最初の夜だった。
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初めまして、なにもないです。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
小説投稿が初めての為、誤字脱字がありましたらすみません。次話ですが近日中には上げたいと思います。
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