第2話 激闘!? チャラ男 vs オカ女 vs 空手バカ ―旧道の古トンネル編―

第2話―1

 あの初めての心霊スポット探索から、土日を挟んで月曜の昼休み。神谷かみやまどかはこの日、またしても ”初めて“ に挑戦していた。


 初めて――そう、入学してから初めて、学内のコンビニに足を踏み入れたのである。昼休みともなれば多くの学生たちで賑わうそこに、これまでの円は足を運ぶ気にはなれなかった。しかし、念願の初体験を済ませ、この日の彼女は自信に満ちていた。


 だいたいずっと前から思っていたのだ。昼食のおにぎりに付け合わせる汁物が欲しい、と。いまなら、お昼をいっしょに過ごし、心霊スポットを共に探索する仲間を得たいまなら、いけるはずだ。コンビニでみそ汁を買って、そこの給湯器でお湯を入れる。先週までの円にはたしかに困難なミッションだったろう。しかし、いまは違う。そのうえ円の準備は万端だった。ちゃんと「コンビニ カップみそ汁 お湯 もらい方」と検索してきた。


 入店して、まっすぐインスタント食品の棚へ向かう。朝から何度も繰り返したシミュレーションの通り、狙った獲物がそこにあった。学内のコンビニといえど、レイアウトは通常のものと変わらない。恐るるに足らず。円は最難関の店員とのやりとりの前に、勝利を確信した。


 棚の上段に置かれたカップ味噌汁にスッと手を伸ばす。


 その時、同時にそこへ手を伸ばしたものがいた。


 円は反射的に手を引っ込め、緊張に固まった愛想笑いを浮かべながら、相手の方を見た。そこには円にとってもっとも近寄りがたい、チャラい男子大学生が立っていた。


 明るい茶色の柔らかそうなマッシュヘアに、うねるようなパーマがかかっている。顔は濃すぎず、でも目元はパッチリとした二重まぶた。鼻筋も真っすぐに通っている。円を見て優しく微笑む口元から、美しい歯並びがのぞいていた。誰がどう見てもイケメンだった。


 これが普通の女子ならば、胸がときめく出会いの場面だったが、円にとってはそうではなかった。この思わぬエンカウントに、先ほどまでの自信は引っ込み、脇の下に嫌な汗をかいていた。どうこの場を切り抜けるか、円のスーパーポンコツコンピューターが幾度も計算を繰り返す。その結果はじき出したその答えは――回れ右して退散する、だった。


 さっと向きを変え、歩き出す円。不審な動きではあるが、しょせんは知らない他人である。こんなおかしな女子のことなどすぐに記憶から消え去るだろう。老兵は死なず、ただ消え去るのみ。今日はこのくらいにしといてやろう。


 しかし、やはりイケメンというのは違うものである。「あの」と円に声をかけ、振り向いた彼女に、「はい、これ」とさっきのみそ汁を手渡してくれた。そして戸惑う円に、爽やかな笑顔を見せる。


「ごめんね、びっくりさせちゃって」とそれだけ言い残すと、さっさと会計を済ませて店を出ていった。


 ああ、もったいないもったいない、自分のようなものにあのような笑顔など。円は衝撃のあまり混乱したままレジへと向かった。そのまま会計し、小声で「お湯もらいます」と声をかけ、流れるようにみそ汁にお湯を入れた。


 円が最も危惧していた部分を、さながら自動機械のように無意識のまま通過したのだった。


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