第1話―6
「峠の廃ホテル」はこの近辺ではもっともメジャーな心霊スポットである。
ネットの情報によると、割と安価なラブホテルとして若者に人気だったそうだが、ある時、客の男が部屋で焼身自殺を図ったのだという。痴情のもつれか、当てつけか、一方的な思い込みか、そのへんは諸説あるようだが、とにかく延焼は免れたものの、男は焼死。もともとギリギリで運営していたホテルには大きな痛手となり、結局廃業となった。土地価格の暴落などもあり、いまもそのまま残されていて、廃墟マニアにも人気だそうだ。
肝心の幽霊だが最上階3階の一番奥の部屋で焼け死んだ男の亡霊が出るのだという。面白半分でここを訪れた探索者たちのレポートが数多く残されている。
いわく気味の悪い声を聞いた。
いわく風もないのに扉が勢いよく閉まった。
いわく黒い人影に追いかけられた。
たくさんのオーブが浮かんでいたり、人影のように見えるものが写された画像も豊富に投稿されている
来歴もそこで起こる現象も、実にオーソドックスと言えるものだが、初めての場所として申し分ないと、
「⋯⋯ということで、本日はその3階奥の部屋を目指します」
円は廃ホテル駐車場入り口、厳重にチェーンを張られたその前で長々と講釈をたれていた。すでにヘルメットもかぶっている。もちろんそこには「関係者以外立ち入り禁止」の看板が掲げられていた。
「とりあえずいまのところ、人の気配はなさそうですね」少し落胆した声。
「そうだね~、よかった。いくら有明くんいても、変なのに邪魔されたくないもんね」円は省吾の気持ちに頓着しない。
チェーンをくぐって建物に近づいた。外観はそのまま、まさしく廃ホテルといった様子だ。薄汚れた外壁にはスプレーで落書きが施されている。ネットの情報によると客室数は30室以上。小さめの部屋が多く、回転率で勝負する方針だったのだろうという話だった。割安価格の理由だ。正面入り口はバリケードで塞がれているが、これもネット情報通り、ちょっと裏に回ると人ひとりがどうにかくぐれる穴が空いていた。
円は高鳴る心臓の鼓動に急かされるように、その穴をくぐった。本来ならボディガードである省吾を先行させるべきだろうが、記念すべき最初の一歩は自分が踏みたかった。
ヘッドライトの明かりに照らされた室内は思ったよりも荒れ果ててはいなかった。無数の落書きやポイ捨てされたタバコの吸い殻、空き缶空き瓶など転がってはいるが、建物そのものはしっかりしているように見えた。
遅れて穴をくぐってきた省吾も、さすがにこれは興味深そうに、あたりを見回していた。
「ああ、そうそう、有明くんはこれ――持っててね」と円は懐中電灯を手渡す。いざという時は護身にも使える、大きくて頑丈なやつだ。空手バカの省吾がそれをどう使うかはわからないが。
「なんか、すごいですね。時間の重みが感じられます」
意外にも廃虚に感動している省吾。手渡された懐中電灯をチカチカつけたり消したり確認してから、周囲をぐるりと照らす。
「じゃあ、1階から順番に見ていこうか」
円の心霊スポット探索がついに始まったのだった。
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