第6話 砂オークを追って。

 大鐘より僅か1時間後──。

 北部街道を第3歩兵大隊500余名の兵士たちが行軍していた。

 レオンハルト、マチルダ、そして大隊長のフランツが、馬の背に揺られて先頭を進んでいる。


「君らは」


 長らく沈黙を保っていたが、唐突にレオンハルトが口を開いた。


「人と砂オークが最初に接触したのがいつか知っているか?」

「え? いえ、知りませんが……」

「は、はいっ?」


 マチルダは首を振り、フランツは慌てた様子で左右を見回した。

 幕僚本部で開かれた会議より──会議の顛末については後段で語る──今に至るまで、フランツは心ここにあらずといった様子である。

 

「およそ300年前──オルタナが大公国だった頃になる」

「連邦王国の成立以前ですね」

「そうだ。発掘大公の異名を持つアルフォンソ3世による調査隊が、西方砂漠で最大規模のラ・カテドラルを発見してな──」


 各国がラ・カテドラル発掘を進める動機は学術探求やロマンではない。

 現在より遥かに進んだ科学文明の残滓──いわゆるロストテクノロジーを手に入れることが目的だ。


「ところが、深部に辿り着いた際に奴らと遭遇してしまった。当初、生存者の一人は南方人と勘違いしていたそうだが……」


 被害は調査隊だけに留まらなかった。

 ラ・カテドラル深部から次から次へと大量の砂オークが現れたのである。

 連中はオルタナ大公国全土へ襲い掛かった。


「オルタナ人が異種と必死に戦っている間、誇り高き我らがロマニア王国は実に手堅い選択をしたな?」

「ソロモン・ウォールを──」

「いや、あれは大衆に対する壮大な欺瞞に過ぎない。コケ脅しみたいなものだ」

「そ、そうですかね」


 ロマニアの誇る壮大な防壁を否定され、マチルダは少しばかり気分を害した。

 自称ロマニア紳士たるフランツも同様である。


「我らが先祖の深謀は海溝よりも深遠かつ悪辣。──有り体に言えば、何もしなかった、だ。オルタナの肉壁が削られるていくのをジッと見守っていた」


 そして──、


「満身創痍で砂オークを砂漠へ押し戻したオルタナ人たちに、もはやロマニア王国からの圧力を押し返す余力など残っていない。つまり、ご先祖は鼻を鳴らすだけでご馳走にありつけたわけだ」


 連邦王国軍が我が物で駐留する黒鷲砦とて、元はオルタナ人たちが祖国防衛のために建設した城塞である。


「さて、マチルダ中尉。この話の要点は何だと思う?」


 ◇


 少しばかり時を遡ろう。大鐘が鳴った直後のことだ。


 黒鷲砦北塔の連隊幕僚本部に、ビル、マチルダ、第1及び第3歩兵大隊の大隊長と各中隊長、並びに騎兵隊長、軽騎兵隊長が顔を揃えていた。

 第2歩兵大隊はポート・メデジン駐留のため不在である。


「レオンハルト・ロゼだ」


 ほとんどが初顔合わせなのだが、レオンハルトは直ぐに本題に入った。

 

「状況を」


 と、彼が短く指示すると、ビル・ドギィが入口付近に立っていた若者を手招いた。

 黒髪で小柄なオルタナ人が緊張した面持ちで進み出る。


「はっ。連隊長殿にご報告申し上げます。私は軽騎兵隊の──」

「チコ曹長──だな」

「あいっ! いえ、はっ!」


 既に自分の名前を知っていたことに驚き、チコは思わず生家で叩き込まれた返事をしてしまう。

 レオンハルトは一瞬だけ訝しげに瞳を細めたが、本題を急ぐことにした。


「要点を言え」

「はっ! 北部街道にて中隊規模の砂オークが目撃され、現在も北進中です」


 中隊規模、つまりは100匹程度ということだ。


「ふむ」


 卓上に広げられた地図を見ながらレオンハルトは一つ頷いた。


「軽騎兵に追尾させているのだな?」

「はっ」

「ならば──」

「連隊長殿」


 と、割り込んできたのは、ビル・ドギィだった。


「僭越ながら申し上げたいのですが──宜しいか?」

「言え」

「私めが愚考しますに砂オークどもはカルタヘナで略奪するつもりでしょう」

「だろうな」


 地図を見れば一目瞭然の話である。

 砂オークが進む街道を北へ13マイル辿っていくと、カルタヘナという大きな街に続いていた。

 さらに言えば馭者から聞いた話とも符合する。


「実は数か月ほど前から定期的に行われておりまして」

「連中の侵攻経路はいつも同じなのか?」

「左様です」

「チコ曹長からは交戦報告がなかったが、せめても要所に土塁と哨兵は配しているのだろうな?」

「いえ」


 レオンハルトの瞳に侮蔑の色が宿った。


「連隊長殿、これには事情があるのです。否、義務と申しましょうか」

「聞こう」

「カルタヘナは北部最大の街ですが、問題はこの街の市長──市長代理が山岳ファミリアを支援しているという証拠があるのです」


 山岳ファミリアとはオルタナの自主独立を主張するパルチザンである。


「連邦王国に逆らうパルチザンに関わる街など砂オークに痛めつけさせれば良い、と言う前連隊長時代からの方針だったのです。とはいえ、さすがにそろそろ放置できないかもしれませんな。嗚呼、神よ。私の右足が往年のように動いてくれたなら矢も楯も──」


 ビルとしては是が非もレオンハルトに一戦交えて欲しかった。

  

「御託は良いのだ。副連隊長」


 自称オルフェウスの弁舌を振るう必要がない、とビルは即座に勘付いた。


「私は砂オークどもを殲滅するために来た。同じことを何度言わせるつもりだ?」


 士官の大半を占めるロマニア人たちは一斉に不満気な表情を浮かべた。

 砂オークとの戦いは少なければ少ないほど都合が良い。


「フランツ中尉」


 と、指名を受けた第3歩兵大隊長のフランツは僅かに表情をしかめた。


「はっ! な、何でしょうか?」

「準備をさせろ。なお、第3歩兵大隊の随伴砲門は1門だったな?」

「はい、残りは──」

「全てだ。第1の随伴と合わせて5門全てを連れて行く。隷下各中隊に配備せよ」

「はい? ──あ、いえ、承知しました」

「なお、今回の指揮は私が執る」


 そう言いながらレオンハルトは席を立った。


「よろしく頼む」


 ◇


「ええと……要点ですか。やはり、敵は弱らせてから討てということでしょうか?」

「ほう! いわゆる次席らしい意見だな」

「──(むう)」


 フランツにバレない程度にマチルダは頬を膨らませた。

 東部戦線でレオンハルトから小馬鹿にされていた連隊長と同様に、彼女もまた王立士官学校の首席を目指しながら叶わなかった一人である。


「この話の要点はな──」


 そう言いながら瞳を細めたレオンハルトの視線をマチルダが追うと、前方から駆けてくる馬群の砂煙が見えた。

 偵察のため先行していた軽騎兵隊が戻って来たのだ。

 先頭を走るチコと思しき兵士が、両手を手綱から離して左右に広げた。


「敵とする相手を間違えるな、ということだ」

「どういう──」


 意味ですか、とマチルダが問おうとした瞬間、レオンハルトは馬首を巡らせて腰から抜いたサーベルを頭上に掲げた。


「敵は我々に2マイル先行している。故に急がねばならん」


 小柄な体躯から意外な大音声が乾燥した熱風に乗った。


「只今より第3歩兵大隊は解散。中隊戦闘群として動く。つまりは──」


 支給品とは異なる自前のサーベルを北方向へ勢いよく振り下ろす。


「駆けよ、兵士たち!!!」

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